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恋の橋渡し

 途中途中に点在する宿場町に立ち寄り休憩を繰り返しながらのんびりしたペースでロズウェルを目指す馬車の車列は進んでいく。


 社交界に出てから連日宣伝を頑張った成果か、街道沿いでも宿場町でも、同じ方向を目指す旅客が多い。


「これが成果、だと思うと渋滞も楽しめるわね。まあそれは私だけかもしれないし、混んでたり待たされたりのストレスで次は別の場所をと思われるのも困るから、お父様に改善案を考えて書面にしておきましょう」


 忘れないように小さな手帳にメモを取っていると、後ろに控えていたマリアがそれを見て小さくため息を吐く。


「奥様、ご旅行中くらいお仕事のことは忘れて、のんびりと羽を伸ばしてくださいませ。全く……王妃様がご心配されるのも当然ですわ」


「仕方ないわよ、こうして立ち寄るのも視察を兼ねてですもの。でもちゃんと夜は眠っているでしょう?」


 流石に馬車に揺られるだけでも体力を使うので、体調を崩すわけには行かないからきちんと睡眠と食事は気を付けているのよ。


「意見するようですが、夜は眠るのが普通でございますよ」


 ……あ、いけない。私の『普通』が他の令嬢達と違うって続く流れになっちゃう。


 その時、馬車が宿場町の脇に作られた馬車止めに入っていく。


 馬たちへの給餌の兼ね合いで少し長めの休憩時間となった。


 ロズウェルの仕事が片付いたら暫くは仕事から離れてきちんと休暇を取ることを約束してもまだ、小言が続きそうなマリアからそそくさと離れていく……。


 町の中を散策しがてら屋台で何か食べようかしら。


 祭りの夜に覚えた屋台の味、その地の名産や名物が使われていることも多いのでこういう視察にはもってこい……と言うか、美味しくて嵌まっちゃったのよね。


 他の屋台もあの時みたいに美味しいのか試してみたい。


 そのためにロズウェルへ着くまでは気楽な旅装がいいと、祭りの日に着た衣装に似たものをいくつか買い足した。


 なので今、私の衣装は街中で過ごす平民の少女とさほど変わりがない、くだけた衣装だ。


 腰を無理に締め付けないから着心地も良いし、シルエットも可愛らしい。


 ……でもさすがに一人歩きをしちゃうなんて無謀な真似はしないわ。


 街道を整備しているから警備の目も増えて治安は良くなっているけど、だからと言って貴族の子供や令嬢は拐かしの被害者に最もなりやすいものね。


 確か、今回の旅に同行していたはず……、あ、居た。


「ショーン、今空いてる?少し町の中を見て歩きたいの」


 声を掛けたのは護衛騎士の中の一人。


 ショーン・ウェル。


 ローズベル辺境伯家の家門のうちの一つ、ウェル子爵家の長男でもある。

 まあ、現当主の御父上は、我が辺境伯家の海軍の将官をしている武人で、今もご健在だけど。


 侯爵家で働いてる騎士の中で一番若いが、分隊長のイスラ卿の補佐官を務め、副官候補にも名前が挙がる将来有望な騎士だ。


 短く切りそろえた癖のあるアッシュブロンドに、まだ少年らしさの残るキラキラした瞳の色は、珍しい白緑(びゃくろく)


 彼、妖精の祭りの夜にアルルベル嬢の心を射止めた、あの青年だと思うのよ。


 侯爵邸では彼と二人きりになれるチャンスが全くなかったのでこの機会は逃せないわ。


「構わないですよ、市中見物ですか?応援要るならすぐ集めますけど」


「視察もかねてだから大人数で動きたくないのよ、普段の様子が見たいから」


「あー、じゃあ俺が適任ですね。裕福な商家のお嬢と下男って感じに見えますし」


 ……そう言う自己認識でいいのかしら?

 まあ他の騎士(ヒト)だと見た目だけで威圧感凄いから、対外的に無害に見える外見だというのは納得できるけど。


「じゃあ、お願いね。行きましょうか……あ、これ預かってて」


 銅貨と銀貨の詰まった小さな袋を彼に渡す。受け取った彼の手のひらの上で硬貨が擦れる音がした。


 まずは賑やかそうな通りを目指す。


 一階部分が食堂兼酒場となっている宿屋の看板娘が、お昼にありつけてない旅行者への声掛けをしているのか、とても賑やかだ。


 宿屋の前の通りには屋台がずらり並ぶ。


 肉や野菜の串焼きの店、揚げた小魚のフリッターと付け合わせの野菜を素揚げしたものを出している店や、季節の果物の果実水を出している店、そのほかにお菓子や雑貨とたくさんの種類の屋台が所狭しと並んでいる。


 肉は近くの牧場から、小魚は街道沿いの河で取れる小魚だと聞いてどちらも買ってみる。


 ショーンにそれらを持ってもらい、ベンチを探しがてら果実水を二つ購入して腰を落ち着かせると、ショーンがパンを薄く切ったもので串焼き肉を挟むと串から引き抜いて私に手渡してくれた。


「こうして食べると肉汁が零れて指や服汚す心配もないですよ」


「ありがとう、物知りなのね」


「奥様、屋台2回目でしょう?串焼き屋でパンの袋渡されたとき不思議そうな顔してましたもんね」


 受け取りながら告げられた言葉に驚いて目を見開いてしまう。


「何か聞きたそうだなあって思ってたんですが、やっぱりその話ですか……あの夜のことは分隊長には内緒にしてて欲しいというか」


「……ええ、その、アルルベル嬢に貴方のことを教えてもいいかしらって聞こうかと。他家のご令嬢の話だから人のいるところじゃ切り出せなくて」


「そっちっすか??」


 令嬢三人もまとめてナンパしてる問題行動のある騎士だとかイスラ卿に通報されるのかと思ってたからひやひやしてましたとショーンは肩を落としながら安心したように笑顔を浮かべて告げる。


 確かに彼が自己申告するように騎士服を着ていない私服姿の彼の見た目はどうにも軽い。


 女性の傍に居るだけでナンパを仕掛けているように見られてしまうようで、あの現場をよりにもよって自分と上司たちの雇い人とその友人である大公閣下に目撃されたので人生終わったかと覚悟してましたと、のんきに笑っているけど、人生の終わりもそんな軽い調子でいいのかしら。


 それからしばらくの間無言で手にしている屋台の食事を食べていた。


 串焼き肉はスパイスに漬け込まれていて嚙めばじゅわ、と肉汁が溢れる、それを受け止めるパンにも肉汁の旨味が浸みこんで堪らない美味しさ。


 小魚の素揚げも味付けも料理法もシンプルなのがかえって素材の新鮮さを際立てている。何せ食材の小魚はなくなったら川に降りればすぐに調達できるらしい。揚げた太めのパスタを串代わりに使うのもゴミを出さないいいアイデアだと思う。


 この辺りでよく穫れる果実は酸味があり、油っぽい料理のあと口に含むと口の中がすっきりして食欲を誘うのね。


「この肉美味いっすね。串焼き以外でも食べてみたいです。やばい、この魚、エールと一緒に飲みたい」


 魚も一緒に飲むの??


 見かけは軽くても食欲は流石の男性。体力勝負の騎士をやっているだけありもりもりと飲み込む勢いで皿の上の物を平らげていく。


「次の宿場町で宿泊するだろうからエールはそれまでお預けね、ところでアルルベル嬢の事だけど……貴方の事伝えても大丈夫?」


「それってやっぱりその……男女のお付き合い的なやつですか?」


「それは貴方とアルルベル嬢次第だと思うけど……ああ、もちろん貴方がもう別の方に決めてるというなら私のほうからお話ししておくわよ?」


「いいえ!いまのとこ俺フリーです!婚約者も自分で探して来いっていう家の方針ですから、家や親が決めた許嫁も勿論いません!どうぞ、俺の個人情報、すべて奥様に託しますので、ご令嬢に何なりとお伝えください」


 立ち上がったショーンがすごい勢いで腰を折り深く頭を下げながらそう告げてくれた。


 ロズウェルに着いたら教えてもらっているラルボ伯爵家の滞在先に使者を送ってアルルベル嬢とお茶会開きましょう。



 食事も終えて腹ごなしに隣の通りもぐるりと見て回ってから馬車に戻りましょうと、ショーンと打ち合わせていると突然、わぁああっと通りの向こうの高級宿の入口からざわめきが起きた。


 騒ぎを聞いてやじ馬が集まってくる。


 ショーンが瞬時にそれを聞いて腰を上げると私の前を守るように立つ。


 緊張が走る中騒ぎの原因を探るように眺めていると、一人の少女が宿の亭主らしい男に怒鳴られながら宿から引きずり出されてきた。


 身なりは普通……と言うより裕福な家の出に見える。物乞いや宿渡りの娼婦にも見えない……何か事情があるのかしら。


 見てしまったのだから、無かったことにはしたくない。


「ショーン、話を聞きに行きましょう」


「お、奥様!?」


 大公閣下だって止められない奥様を俺が止められるわけないっすよ……と誰に言い訳してるのか、ごにょごにょ言いながら私のあとを追いかけるショーンを背後に従えながら騒ぎの中心へと飛び込んでいった。


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