変わった父、変わらない俺 ※アバン視点
※きつい表現ではないですが本文の前半部分に暴力的なシーンがあります
目の前に領屋敷に居を移してから半年以上過ぎた懐かしい父の顔。
俺と同じ高貴なものを示すような短く刈り揃えた金の髪と青の瞳を持つ、顔に刻まれた皺は人生の経験を彫り込んだ芸術品だ。
趣味のせいか肌は若干日に焼けたように見えるが、余生を楽しんでいる証拠だろう、素晴らしい事だ。
農作業用の厚手のシャツとズボンとブーツを身に着け、首にかけた汗拭きの布で噴き出した汗をぬぐう姿も様になる。
敬愛する俺の父上 ――― キリウス・スーヴェ・ロッテバルト前侯爵。
俺を溺愛していた両親は、どんな我儘な願いも自分が頼めばなんでも叶えてくれた。
……そう、例えば。
わがままな振る舞いだ、と他の貴族令息の前で俺に意見し恥を掻かせた生意気な伯爵家の長男がいたが、父にそれを訴えれば、父はその家の事業を悉く邪魔して融資を得ることも出来ず不渡りを出させた。その後その家の当主は焦るあまりに詐欺に引っかかり、土地や家屋、爵位まで奪われて、あっという間に平民落ちした。
父親は自殺し、母親はまだ幼い子達を食べさせるために裏では娼館となっている場末の酒場で働き、子供の駄賃のような金額で酔った男たちに春を売らねばならぬほど身を持ち崩した。
俺の父に強請れば貴族ですらこの有様なのだ。
そんな偉大なる我が父に、我が家に入り込んだ異端者、悪魔のように狡猾なあの女を破滅させてもらおうと、まず再会を喜び合うハグを求めて腕を広げれば、そこに父が走りこんでくる。
そしてそのまま勢いを殺さず、拳にすべての力を集約させるように体のひねりを加えた様な鋭い一撃が罵声と共に私の頬を直撃し、俺の体は木の葉のように宙を舞った。
――――……痛いっ!!!
変な角度で地面へ落ちて痛みに陸にあげられた魚のようにびくびくと体を震えさせる。
頬にありえない痛みを感じて体が動かせない。
なによりこの父に叱られたことの無い俺はただ混乱するばかりだ。
「……な、何を……いったい、これはなんのマネですか、父上!」
漸く上半身を起こしてジンジンと痛みと熱を放つ頬を抑えて父に訴えかけるが、父の野太い罵声が私の声を覆い隠す。
「なんのマネもあるか!剣で叩き切られてない事を親の恩情だと思え!!おまえの馬鹿げた行動で我が家からあの嫁が逃げ出したらどうしてくれるんだ!我が家を破滅に追い込む悪魔はお前と乳母の娘のほうだ!」
父の声が耳に響くが意味が全く頭に入ってこない。
俺よりあの女の肩を持つなんてあり得ない……ッ!なんだこれは私はいまだにあのボロ馬車の中で夢でも見ているのか??
「お、おかしいではないですか、田舎から出てきた地方貴族のはすっぱな娘の分際で、あの女はロットバルト侯爵家を簒奪しようとしてるのですよ!悪いのはあの女のほうだ!」
夢ではない証拠と言うように頬の痛みが頭に響く、まるでそこに心臓があるかのように激しくうずく痛みに目が回りそうだ。
「お前に侯爵家を任せ、ここに隠していた財産と新しい事業で増える財産を使い遊び暮らす予定で居たのに…!運悪く宰相の影に、隠し財産の存在も、何十年も赤字で払えぬと偽り税を撥ねつけていた嘘も暴かれ、滞納した税をそれで賄えと全財産没収されたのだ!」
……えええ???初耳だぞそれ、っていうか、それは俺のせいではない。税の徴収を撥ねつけたのは父上がした事じゃないか!
「この田舎だ、贅沢品を手に入れるのは王都のように簡単ではなく馬鹿みたいに金がかかる、侯爵家から新たな資金はなかなかやって来ぬ。そうやって待っているうちに手持ちの金が尽き、目の前に見えたのが困窮という文字だ。このわしがそんな言葉を頭に描くとは思わなかったぞ、どれだけの屈辱かお前にわかるか!!しかもそれを与えたのはお前だ!!」
俺なのか!?
「な、何のことですかそれは!全く身に覚えがないのですが……敬愛する父上に向かってそんな真似をした記憶は」
「無いとでもいうのか!恥を忍んで私や妻のサリーナが何度もお前に手紙を送ったであろう、困っていると、何度も!もちろん、領から王都は遠い。手紙を託した商人が道中野盗に襲われることもあるだろう、だから着かぬのかと思い何度も何度も送ったのだ!」
父からの手紙……ああ、あの金を無心してきたあの手紙か?
あれは俺の小遣いのように今月分を使い切ったから余分にくれと言うものだと思っていたのだが違うのか……?
あの女の実家と始めた新しい事業の金がどう動いているのかなんて、そんなものは執事のハウルに任せていたんだから俺が知るわけがない、父上だってそうだったじゃないか!
そう言えば執事のことをあの女が言っていたな……。
『ではアバン様もご存じなかったのですね。ハウル殿に何度もこの屋敷の帳簿を見せて欲しいと頼んでいたのです。
この屋敷の内政を把握しなくては何も決められませんから。……そうして分かったことがありますわ、残念ですがハウル殿はかなりの額の横領をなさっておりました』
……俺はハウルが領屋敷への送金も手配していると思っていた。父からの金の無心の対応も途中からハウルに投げたままだった。俺は父たちの困窮など露知らず、王都での暮らしをアリスと気ままに楽しんでいた……。
「小さな畑を耕し、森の中で食べられるものを探し出しては飢えをしのぐ、平民ですらやらないような生活をお前の手によって強いられていたのだ」
「父上、誤解ですそれはハウルが勝手に……ッ」
「そんな困窮していた我々に手を差し伸べてくれたのはお前ではなく、あの嫁だったのだぞ。今の領屋敷は王都と同じ生活をほぼ享受できる。週に3度は王都から商人や使いが来る、近くの打ち捨てられた農村は今は領屋敷の使用人たちの家族や親族を呼び新しい領町へと生まれ変わった。
美しい女が居ないのが多少は癪だが、草の根を噛む生活のおかげで贅肉が取れ、サリーナがわしの作る野菜が一番美味いというから生活が戻っても畑仕事を続けているのだ、サリーナも新婚の頃のようにわしにべったりになってな、もう他の女はいらぬから問題にならぬ。
そしてあの嫁が送ってきた男が体を鍛えていればいつか鬱屈とした日々の恨みを果たせる日が来ると言っていたが、その通りのことが起こった。爽快であるな!」
嫁の言葉にはずれがないと笑う父の言葉の裏から、あの冷たいモノクル越しに私をねめつける、灰色の瞳と常に上がったままの口角の家令の姿が思い浮かぶ。
「もしかすると近々、お前の弟が出来るかもしれぬぞ。あれほど頑張っていても無理だった新しい子が望めるかもしれぬのだ」
日焼けした父親の目に灯る炎は狂信者の見せるそれに近いものを感じる。
目の前にいる男は本当に俺の愛する父親なのかすら理解できなくなった。
既にここもあの女の悪意に取り込まれた、俺の知らない場所となり果てている。
そんなことを呆然と感じながら、俺は意識を手放していた。
次回は アリスVS前侯爵夫人 回です
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