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馬車での遺恨 ※アバン視点

「ねえ、お尻が痛いんですわっ!ずっと馬車の中だなんておかしくありませんこと?」


 アリスが馬車の中で未だに叫んでいる。

 侯爵邸に居た時からたまに不思議に思っていたがこいつは口を閉じると死んでしまう生き物か何かか?


「聞いてらっしゃるの?次の街に着いたら宿屋で休みましょうよ、美味しいものが食べたいわ」


 何をのんきなことを言っているんだ?俺は今侯爵家当主で居られるかどうかの瀬戸際に立たされているんだぞ?そんな些末なことは置いてもいいから、早く父上、母上のところへ向かい今後の話をせねばならぬのだ。


 あれほど愛らしいと感じていたアリスの声も今はただの騒音だ。


 狭い馬車の中、癇に障る高音が響き続ける、ああ、イライラする……、しかもこいつはもう平民なのか?……俺は平民女と夜を過ごし、高貴な侯爵家の子種を薄汚れた土壌に蒔いていたのか……?…ありえない……ッ!


 相手にする気も起きずに無視を続けていれば王城から同席している騎士の一人が口を開いた。


「今暫くは宿屋のある街は通りません、安全を考えてこの中で寝起きして戴きます」


 侯爵家で使っていた4人掛けの馬車とは違う、大きな荷物や食料、水とともに人も大勢乗せられる大型の幌馬車に乗せられているので、この中でも体を伸ばして眠ることは出来る。


 ただ、床に毛布を敷いただけの寝床はあり得ないほど硬くて疲れが取れるどころか、翌日起き上がるのにも苦労するほど筋肉が強張り痛みに苦労する。


 たった二晩それを経験しただけと言うだけで俺はこれ程にも疲労困憊なのにどうしてこの女は元気なのだ?


 俺がこんなに苦しんでいるというのに毎晩毎晩傍に寝ずの番をしている騎士達が居るのに俺に跨ろうとする。


 やはり平民女は体の作り自体も違うのか……?


 集落の数は王都から離れるごとに減り続ける。


 領地は何度か訪ねたことはあるが子供のころはそれなりに小さな町と言える集落が点在し、果樹園や畑で働く農民たちが笑顔で出迎えてくれたことを思い出す。


「侯爵家の財政は今ひっ迫しておりますの、無駄遣いする余裕なんてございませんのよ」


 小遣いが足りないとあの女に訴えるたびに告げられた言葉が、真実なのだとこの目で見て理解する。


 領民すら住めぬ場所でどうやって税を取るというのだ……。


 しかしあの女の身を包むものは全て一級品でそのドレス一枚あきらめもすれば俺の小遣いになるだろうしそれこそ無駄遣いではないかと、あの女に似て小生意気な家令に文句を告げてみれば


「奥様の身の回りの品物の代金は全て奥様の個人資産で賄っておりますので、侯爵家の財務には関係ありません。ご心配されずとも結構でございます」


 与えられるものをただ貪り消費する、愚かな貴族と自分の仕える主を一緒にするなと言いたげに口元にワザとらしい笑みを貼り付けながら陰気な灰色の瞳を向けてきた家令を思い出す。


 しかし、いったい何が間違っていたというのだ。


 祖父も、父も、母も、そうやって生きて来たではないか。どうして俺だけが我慢せねばならぬのだ。


 間違っているとさげすみを受けねばならない。


 今の今まで俺が正しいと屋敷の者も周りの貴族達もそう言って持て囃していたではないか。


 そうだ、俺は何も悪くはないのだ、みんなあいつらが悪い、そうでなければおかしいのだ!


 あの女も婚約していた時は俺に入れ揚げていたじゃないか、田舎娘だったが器量は良かった、傍に置くくらいはしてやってもいいだろうとすら思っていたのだ。


 それがどうだ、結婚してやれば笑顔で俺に付きまとい、アリスを愛す様に私に愛されたいと私の足元に平伏し、恋焦がれる瞳を向けるべき女は、いつの間にか温度も感情も感じさせない冷めた瞳で俺をまるで汚いものを見るかのように見つめるようになっていた。


 ただそれだけなら、金を産むアヒルを飼っていると思っていればよかった。


 確かにあの女が来てから財政のほうは心配せずともよくはなったし、領地に戻った父母から頻繁に来ていた無心の手紙もいつの間にか来なくなっていた。


 外側はアリスで飾り、内向きはあの女が私を支える。


 そうであれば何の問題もなかったのだ……。


 しかしあれはいったい何だった?


 整っているだけで愛想も色もないつまらぬ女だと打ち捨てたはずの女が、まるで天上から降臨した女神のような言葉に尽くせぬ美しさを纏いながらあの場に現れた。


 そして俺が受けるはずの栄光を横からさらっていった。


 不当な扱いを受け、不服を申し立ててもいい場面なのに俺はあの女に目を引き寄せられたまま動けずにいたのだ……。


 そして国王陛下に言葉を賜り、忠臣の誉れを一身に受けた瞬間、この国で貴重な女として生まれ変わった女の隣にあの男が当然のような顔で立っていた。


 今なら俺の隣に並ぶにふさわしい妻になったと申し出てやってもにこりともしないばかりか、あの男のまなざしを受け止めて高貴な薔薇の蕾が綻ぶような笑みを向けやがった。


 あの男と出来ているのか?いつからだ?幼馴染と言っていたが……信じられるものか!


 不貞を働く穢れた女を押し付けた責をまず辺境伯に向けて問いただしてやろう!!


 私を馬鹿にした責任は命を以てすら償えぬわ、あの綺麗な顔が涙で汚れ苦痛に歪み、俺に許しを請うさまをあの男の前で見せつけてやる……ッ



 ◇◇◇



 同行していた騎士達はこう語る。


「極度の疲労や寝不足を体験したことの無い馬鹿ボンボンにありがちなんだけど、追い込まれると頭の中で考えてるだけと思っていることがほぼほぼ、口から垂れ流してんですよね」


「今回の旅程はバカ女が起きてる間ピーチクパーチク囀ってるわ、馬鹿ボンボンがずっとぶつぶつやべえ事呟いてるわで無表情で通すのホント、大変でした。こっちが聞いてることをわからせちゃ逆に面倒ですからなあ。此れで対策も立てやすくなるというもの、かの君の安全が守られるのならこんな苦労安いものです」


「やー、王太子殿下が出かける間際に俺たちに貴族という身分は同行している間は伏せろ。聞かれたら平民だと言っておけと言われたのでその通りにしたおかげなんですかね、あのバカ女に粉を掛けられる事なく無事に任務終えましたからねえ。色恋に巻き込まれるの面倒ですし」





 旅程も後半、馬鹿二人と騎士たちを乗せた幌馬車はロッテバルト侯爵領地屋敷へ近づいていく。

この二人の視点書くの楽しいのは馬鹿な子ほどかわいいって言うあれ…?

**************


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