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妖精達の夜

25話更新した後ワクチン接種での副反応が急に強くなり、二日ほど臥せっておりました。

金曜の夜に更新すると告知していたのに遅くなって申し訳ありません。

「お客さん、ここから先は今日は馬車は乗り入れ出来ねえ決まりなんで、ここまでで宜しいでしょうかねえ」


 馬車が止まったと同時に御者が外から声をかけてきた。


 窓を見ると少し離れた先はかがり火が通りを煌々と照らし祭りの日の特別な夜を演出して、普段とは違う幻想的な光景が窓越しからでもわかるようだ。


 人々が通りを埋め、酒を飲み交わしあい、歌を歌い、踊り明かしてはそれぞれの楽しみ方で妖精たちの夜を楽しんでる。


 そんな賑やかな祭りの最中に馬車の往来は無理なのは確かなのでカイルが構わないと声を返した。


 御者台から降りた御者が馬車の扉を開けてくれると、カイルが先に降りて私の手を引いてくれた。


「じゃあ、ここらで待っておりますんで、ゆっくり楽しんできてください」


「わかった、すまないね」


「いえいえ、お代をあれだけ戴いちゃぁ、文句なんて言ったら罰が当たるってもんです」


 貴族に気を使われる経験があまりないのか、カイルの言葉に慌てて御者が頭を振る。


「じゃあ頼む。戻るまでは酒は我慢していてくれ」


 もちろんでさ、と随分と代金を弾んだらしく御者の声が楽し気で……。


「帰ったら女房と美味い酒飲みますから気にしないで楽しんでください、旦那、奥様。」



 ……奥様!!



 いえ、私侯爵夫人だから、奥様って呼ばれてもなにもおかしくないのよ…………。


 でも何だかものすごく照れくさくなって、そんな自分が可笑しくて思わず笑ってしまった。


「なにか?」


 私の笑い声に彼が反応を返す。


 ほら、この冷静な声。カイルは全然気にもとめていないわ、気にするほうが……変なのよ。


「いえ、なにも。……王都の街は昼に店舗の視察で訪れたことあるけどこんな時間に訪れたのは初めてだわ。何だか別の国に迷い込んだよう」


「ダメだろ、リズ。馬車を降りた先は妖精の国なんだから。ここは別の国ってことにしておかないと」


「そうだった、伝統は大切にしないとね……あら、カイル?」


 カイルはかがり火に照らされた建物や看板を眺めながら考えるような素振りを見せる。


「ああ、悪い。確かに見慣れない風景になってるから自分たちがどこに居るのか把握するのに時間がかかった。問題ないよ大丈夫、さあ、こちらへ。魔法が解けてしまわないよう仮面が外れないように気を付けて」


「ええ、わかったわ、別に迷子になっても怒らないから」


 目的地にたどり着けなかったとしてもまた別の楽しみが作れるからと彼に言葉を向ける。


 彼に手を引かれながらしばらく歩いていると、私も見覚えのある店や建物出てきたので貴族街に近い通りに入ったのだろう、流石に貴族の子女のお忍びを何もせずに黙認しているわけではないのだなとわかるほど巡回する騎士たちの姿も増えていて。


「…………ああ、居た居た。こんばんは、お嬢さんたち」


 カイルの歩調が弱まり、少し先のカフェのテラス席に座っている令嬢達に声をかける。お友達かしらと彼の背中から顔を覗かせると……。


「お姉様!!」


「まあ、アル……ル嬢」


 どうにか名前をすべていうことなく飲み込めた私に、今夜はアルルとお呼びくださいと笑顔で返してくれたが、私の姿を見て驚きのまま立ち上がっていた、その自分の不作法に気づいて顔を赤らめながら椅子へ座りこむ。


「素敵なプレゼントありがとう。やっぱりお揃いだったのね、皆さんもとてもお似合いで、可愛らしいわ」


 皆、スカートの柄の色味が違う以外はお揃いの街娘風衣装を身に着けている。この日のために準備していたのか顔を半分覆う仮面もそれぞれのセンスで素敵な装飾が施されていて、まるで花の妖精達が集まっているようだった。


「リュ……ええとその、大公、様……これは。いえ、今朝がた父に衣装を託したのは確かに私なのですが」


 祭りに出られないだろう私へのせめてもの慰めにと送った衣装を身に着けた当人が目の前に居るのだから確かに驚くわね……。

 混乱しても彼の名をどう誤魔化して呼ぼうかという配慮も見られるのはルールを熟知しているからかしら。


「この夜だけは必要があればカイルと名だけを呼ぶことを許そう。妖精が此処に来ることは王家の人間だって止められないから、心配ないよ」


 カイルは確かにありふれた名前ではあるけど、その容姿と見事な金髪を持つカイルってこの国に何人いるのかしら……。


「よかったですわ、お姉様は何も悪くないのにあんな人たちのために罰を受けるなんて間違っていると私、王宮に怒鳴り込みに行こうかと思ったくらい、憤りましたのよ」


 ……あわわわっ、良かったそうなる前にお会いできて。


「心配かけてしまってごめんなさい、ありがとう。王都に越してからずっと忙しくしていたからこうでもしないときちんと休まないだろうという、王妃様達のご配慮もあったのよ。そのおかげで今日はほとんど微睡の中で過ごしていたの、きっと夢の中で妖精の世界に招待されているのね」


 皆さんもそういう事にしてくださいねとアルルベル嬢と同じ席に座る二人の友人の令嬢にもそういう事にしてくださいとお願いしていれば、トレイの上にグラスを4つ載せながらまだ若い青年がテラス席へ近づいてくるのに気づいた。


「お待たせしました、お嬢様方………ってあれ、増えてる?」


 くすんだ灰金髪(アッシュブロンド)仮面の奥から覗く珍しい白緑(びゃくろく)の瞳に見覚えを感じてしまい、思わずその青年の顔をじっと見つめてしまうが、向こうも私が誰かを察したのだろうかトレイをテーブルに置きながらも驚きに目を丸くして。


「貴方……確か……」


「リズ、今夜は詮索は無しだよ」


「ああそうだった、ごめんなさい。お友達がいたから立ち寄っていたの、私達も同席してよろしくて?」


 カイルに窘められて彼の素性を明かしそうになったことを謝罪した。


「は、はいっ勿論でありますっ」


 ビシッといつもの癖のように敬礼してしまう彼もどうやら自分を偽るのが苦手のようね……。


 祭りを散策する前に喉を潤すための休憩だとのことで、カイルが急遽私と彼の飲み物を買ってきてくれることに。普段であれば身分的にも率先して出なければいけない立場の青年はカイルを使い走りにさせたことで目を白黒させている。


 待っている間に話を聞くと最初貴族街に近いここではなく通り一つ外れた道へ出てしまい、酔った男に声をかけられ絡まれそうになったところを青年が助けてくれ、女性だけの集団では物騒だから祭りの間護衛がてら同行しようと申し出てくれたのだ、との事。


 雑踏の向こうから頭一つ飛び出ているカイルの姿を認めると、青年はトレイ預かってきますと告げてカイルの元へ向かって行った。


 その隙にと言うように私の隣に座っていたアルルベル嬢が仮面越しにでもわかるほど顔を赤く染めて、私に囁いた。


「あの方、どこのお方かご存じなら、魔法の解けた後で教えていただけませんか……」


 あらあら、確かに私の知る人物ならお父様にお話ししやすいのかしら。互いの幸せになるのならもちろん協力致しますわ。

 もう彼とカイルが近づいているので意思を返すために声に出さずにアルルベル嬢へ頷いて見せた。


 そして飲み物で喉を潤しながら令嬢達が事前に調べていた情報を照らし合わせてどうやって祭りを最大限楽しむかと作戦会議を経て、賑やかな皆と共にさらに賑やかさを増している祭りの喧騒へ身を投じていく。


 こうした屋台の食事をすること自体初めてなので、普段ならお行儀が悪くてとてもできない立ち食いも、カイルやアルルベル嬢達が率先して手本を見せてくれるので積極的に参加することが出来た。


 美味しそうと興味を持つとカイルがすぐに買ってきてくれる。


 それをアルルベル嬢達と分け合い……一口大の焼き菓子を串に刺してチョコやクリームをかけたそれを目一杯頬張る。楽しさが極上の味付けになっているのか、素朴な焼き菓子がどこか特別な味がした。



「あ、今年もありましたわ。あのお店に寄ってもよろしくて?」


 アルルベル嬢のお友達が目当ての屋台を見つけて皆を誘導する。そこには草花を編んだ花冠やネックレス、あと小花が石の代わりに揺れる小さな指輪が所狭しと並んでいた。


 聞けば子供の手遊びで流行っているもので郊外の孤児院の子供たちがこの祭りのために夜なべをして作ったのだそう。


「皆様もどうか、この指輪には小さな妖精たちの魔法がかかっていましてよ」


 勿論買わせていただくことになり、屋台の前でどれが良いか検討を始める。

 指輪はおまじないみたいなもので花の色でそれぞれ願い事が変わるのだそう。


「……あ、あの、私に選ばせてくださいまし…っ」


 アルルベル嬢が青年に話しかける。彼もまんざらではない様で顔を赤らめながら選んでもらった指輪を指にはめて笑顔を見せていて。


「王都に越してきて君の部下で最初の妻帯者が生まれそうだね」


 カイルがそっと耳打ちする。彼もどうやら気づいていたらしい、きっと彼はうちの騎士団の一人なのよね……。


「私にも君が選んでくれる?僕は君の物を選ぶから」


「構わないわ、素敵なものを選んでね」


 彼に贈るものなら願う視点が変わってくるので、色と願い事をまとめた紙を見つめてから決めた。

 明るいお日様みたいな彼に似合うのはきっとこんな明るい黄色。


 黄色の持つ意味は ――― 幸福 ―――


 お互い選んだものは内緒にして屋台を離れてから交換し合うことにした。


「舞踏会でつけていた宝石には負けるけどね」


 そう言って私の指につけてくれたのは真っ白な小花の指輪。色の意味は『無垢』


 彼はまだ私のことをそう思ってくれているのだと感じたのが嬉しくて、その言葉のままでいられずにいた自分は、彼の気持ちを裏切ったようで少しだけ悲しかった。


 ◇◇◇


「リズ、大丈夫?」


「お姉様、冷たいお水お持ちしましたわ」


 ベンチに腰掛ける私を皆が囲んで心配そうに見つめている。


 この祭りの間街ではいろいろなところで振る舞い酒が提供される。もちろん女性でも飲める軽い物ではあるのだけど、いくつかのグラスにはとても強い酒が入ってる。


 それは妖精の悪戯と称され、そのグラスを引き当てれば来年までトラブルに悩まずに済むご利益があるのだという。


「でも、まさか……3杯連続で引き当てるとは思わなかったよ」


 凄い確率だとカイルが笑う、もう笑い事じゃないのよと文句を言いたくても眠気がすごくて……。


「おっと、そろそろ限界のようだ。先に失礼させてもらうよ……そこの君、責任をもって令嬢達を家まで送り届けるようにね」


「この身に代えても、家まで無事にお守りいたしますっ」


 彼と青年の会話もどこか遠くに聞こえる。

 ふわりと体が浮いた感覚を覚えたけど、もう眠りの淵へ引き込まれた意識は浮上することなく馬車までカイルの腕に抱かれて運ばれていった。


 帰りの道のりも行きと同じ通りを辿り、侯爵家の通用門を目指す。

 賑やかな車輪の音と揺れ、強いアルコールのせいで喉の渇きを覚えて意識が浮上する。


 どうやら彼に肩を貸してもらって眠っていたのね……。


 カイルは起きているのかしらと視線だけ彼のほうへ向けると彼は私が彼の指にはめた小花の指輪に見たこともないような優しい顔をしてそっと、壊さないように、それでも何度も……キスを送っていた。



 今まで私が鈍感すぎていただけなの……!??と混乱のせいで眠気も酔いもどこかに行ってしまった。


 彼の唇が小花に触れるたび、私の唇にそれが触れているような錯覚すら覚えて慌てて視線を背ける。


 どんな顔をしたらいいのかわからないから今夜はこのまま寝たふりをすることを私は決意したのだった。





 そうして妖精たちの魔法にかかった一夜が明けた頃も、ひたすら現実と向き合い続ける羽目になっている、とある馬車の一行はと言うと……。




次回はアバンやアリスのターンです。


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