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VS --Interval--

 ダンスホールから離れ、会合や休憩に使われる小さなサロンが並ぶエリアへ案内されていく。


 ホールから近い順に見えてくる数々の扉は既に入室済みを知らせる札が扉に立てかけてある。


「すべてのドアが塞がっている光景なんて初めて見た」


 とカイルが呟きながら楽しく肩を揺らした。


 もう、後で覚えてなさいよ、他人事だと思って!


 奥の方はまだ辛うじて開いている部屋もあり、一番奥にある王族や賓客が使用するサロンの中へ、私とカイルだけがまず入室を許された。


 ほんの数分だったのにげっそりとしている侍従にカイルが空いているサロンにこちらが声をかけるまでアリスを放り込んでおけと命じてから私を連れ、先に入室した王妃の待つサロンへ入っていく。


 他国の王族が使うこともあるサロンの内装は流石としか言えない立派な作りで、奥まった場所にある応接セットのソファに座るよう促された。


 対面するソファには王妃様が腰を下ろしている。


「……嫁いできたばかりなのに苦労しているようね」


「家のために侯爵家に嫁いだのであってあの男の下に嫁いだとは思っておりませんので……でもお気遣いありがとうございます」


 少しでも落ち着くようにとミルク多めの紅茶を出していただいたのでカップを持ち唇を湿らす。


「いいのよ、私も姑には苦労したもの。あの娘のドレスを作った店も姑のおすすめだったのよ。私、あの頃この国に来たばかりで世情に疎くて」


 もともと良い噂の無かったオーナーの話を隠して王太子妃のお気に入りと宣伝されてしまったのね……。お可哀そうな王妃様。


「貴方も調べていたようだから事の次第は知っていて?」


「はい、王妃御用達の名を取り上げられ、衆目に晒される中店の看板の文字を削り取られたと」


「ふふ、それね。カイルの母君のソフィアの案なのよ」


「まあ」


 私の知るカイルのお母様はいつも嫋やかで、前大公閣下のお傍で微笑んでいる……とてもお優しい淑女の鑑のような方。


 ソフィア様も王妃様も国同士が近くて、同じ女学院に通っていらしたご親友同士だったと言う。


 そんな方の令嬢時代の話を教えられ、あまりのギャップに驚きの声を上げてしまった。


「若い時は苛烈な性格だったとよく父がボヤいておりました。今も十分に私には苛烈だと思いますが」


 未だに尻を叩かれますとカイルが告白すれば、王妃様と一緒に声を上げて笑ってしまう。


 香り高い紅茶と聞かせてもらった思いがけない昔話に沈んでいた心が浮上して、口元に笑みが戻っていく。


「本当に、この大切な夜を台無しにしてしまった家の家名を名乗る者として陛下にも王妃様にも……参列された方々にもどうお詫びをすればよいのかわからないのですが、誠意を尽くして許しを請うつもりですわ。責任を取れというのであれば修道女になれとでも命で償えとでもどんな処遇でも受けるつもりです」


 落ち着きを取り戻せば、すぅ、と頭の芯が醒め混乱していた思考の紐が全て解けるような感覚を覚える。


 この国の臣下として認められたのだから臣下としてきちんと責任を負おうと覚悟が決まった。


 カップをテーブルの上に戻しソファから降りて毛足の長いラグの上に膝を突く。


 そして深々と王妃様に頭を下げた。


 目を伏せているから見えはしないけど、隣に腰を下ろしていたカイルが慌てていることはどうしてか伝わってきた。


「エ、エリザベス?いいのよ、そんな、顔を上げてちょうだい」


 王妃様も慌てていらっしゃる……?


 カイルと王妃様がわたわたしている中、サロンの扉がノックされた後すぐ、返答を待たずに扉が開いた。


「母上、入りますよ」


 奥まったサロンに気軽に入室できるのは陛下か王太子くらいだろうかと思えば考えは当たったようで王太子殿下の声が届く。


「駄目ですよ、今から嫁いびりの予行練習なんてしては。……いまどき流行りませんよ。私が婚約破棄されたら困るじゃないですか」


「するわけないでしょう、人聞きの悪いこと言わないでちょうだいッナイジェル!もうカイルも、ぼんやりしてないでエリザベスを起こして座らせてあげなさい!ぐずぐずしてるとソフィアの代わりにお尻を叩くわよ!」


 室内の様子を見てか、私の行動の理由を察してか、王太子殿下は明るくお道化て見せてくださった。

 そのご様子と、王妃様の可愛らしい一面を見てしまい思わず顔を上げてしまう。


 そして子供にするように私の腰に腕を回したカイルが軽々と私をひょい、と持ち上げるとそのまま私を膝の上に座らせたのだ。


「―――――――――!?!?!?!?!????????!!」


 一気に顔に血液が集中する。顔が火照り過ぎて火が付いてしまいそうで、どうしようもなくて手で顔を覆って小さく縮こまる。


 降りようと身を捩ればカイルの腕が腰にしっかり絡みつくから身動きも取れない。


「目を離すととんでもないことをするから、落ち着くまで離してあげないよ」


 落ち着けるわけがないでしょう!!もう!本気で動けないのよ、この腕力ゴリラ!!王妃様達の御前で何してるの!バカイル!!


 罵詈雑言を此れでもかと向けたいのに湿らせたはずの口内は乾いてしまい、ハクハクと唇が動くだけ。


「カイルも揶揄わないでおやりよ。可哀そうに気高い白鳥のようだったご令嬢が、罠に絡められた子ウサギみたいになってる」


 王太子様は額に落ちた見事な赤い髪をかき上げ、カイルと似た色彩の瞳を細めながら肩を揺らして楽し気に笑う。


 血の繋がりを感じさせる、とてもよく似た顔立ちなのに笑顔はどこか人好きのする親しみやすい魅力を放っていた。


「本心ですよ、しっかり捕まえていないとすぐにどこかに行ってしまう」


 ……私、そんなに落ち着きないのかしら。そりゃあ、王都の高位貴族の令嬢のような厳しい淑女教育は受けてはいないけど……。


 王太子様が離しておやり、と言うようにもう一度カイルの名を呼ぶと、彼は渋々と言うように私をソファの上に戻してくれた。

 恥ずかしすぎて、そっと腰を上げて距離を取ろうと横にずれると同じ距離だけカイルも動くので諦めた。


「余りのことでびっくりして忘れそうだった。そうそう、カイルよく分かったな、無事捕獲できたよ」


 私が腰を落ち着かせると王太子様がカイルに話し始める。


「あの場に姿を見せないからもしやと思っていたのですよ」


「こそこそ逃げ出したのに自分の家の馬車を馬車止めに持って来いと大騒ぎしていたからな、簡単だった。でもお前の推理通りだったな、普通は通りに出て待機している辻馬車でも掴まえるものだろう?」


「……あの、アバン様のことでしょうか?王太子殿下」


「そうだ、ちょうど母上とあの娘が騒ぎ始めた頃にホールから抜け出して屋敷に逃げ戻るところを捕らえたよ。カイルが先に気づいて侍従たちに探させたんだ。馬車止めで騒いでいるだろうと。……あと私のことはナイジェルと呼んでほしいな」


「王太子のままでいい」


「なんでだよ、従兄弟同士なんだし良いじゃないか。私は麗しい婚約者もいることだし傍に置いても危険のない男だぞ」


 従兄弟同士だと知り合いの呼び名も共有になるのかしら?親族に年の近い子がいないので私はよく理解できないけど……。


「わかりましたわ、ではナイジェル様とお呼びさせていただきます。私のこともどうぞ、エリザベスと。……後、アバン様のことですがその……こういう状況を想定しておりませんでしたのでその…路銀を渡しておりませんでしたの」


 ドレスの請求書を押し付けたことで分が悪いと思っていたのか出かける前にアンドルに小遣いを寄越せと言わなかったらしい。


 馬車に乗ってまっすぐ帰ってくるならお金いらないものね……。


「……嘆かわしいわね」


「ははは、聞いた話より遥かにボンクラだな。母上、だから言っているでしょう、当主になるべき人材かどうかきちんと把握できるよう何らかの対処は必要だと。

 血統や性別で次代を決めるような無責任な時代は終わらせるべきです。あの男みたいな貴族が増えたら国が屋台骨から崩れますよ」


 ナイジェル様、お言葉を返す様で恐縮ですがあれと並ぶのは大変だと思います……。


「陛下に奏上しましょう、家の取り決め(プライバシー)に王家や国が口出すものではないと思っていたけど……考えが変わったわ」


「ありがたい、エリザベス嬢のおかげで改革が早く進みそうだ」


 ありがとうと私の手を掴んで感謝を示そうと伸ばされた手がカイルに叩かれてテーブルに落ちる。



 何が起こっているのかしら、これは。


 ……私個人の復讐だったはずのものが次第に私の手から余るほど大きな何かに変貌していく感覚を覚えながら、カイルとナイジェル様のやり取りを眺めていた。



 その後侯爵家の行く末も込みでアバン達の対応をある程度話し合いで決めた後、別室に押し込めていたアリスとアバンをサロンへと招くことが決まった。


 侍女達が急いで壊れやすいものを別の部屋に移動させていき、騎士たちが室内にも配備される厳重警戒の中、問題を理解してない二人が颯爽と入室してきたのだった。

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