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馬車での覚醒

ここからは残酷な描写等は極力書かないようにしてます。

お楽しみいただけると幸いです。

「…………え?」


 真っ赤な炎に肌を舐め上げられ、生きながら焼かれて死んだはずの私は馬車の中で目を覚ました。

 思わず顔や腕を手でさする。どこも痛くない…………。


「指……荒れてない……?」


 慣れぬ掃除や炊事で、ボロボロに荒れていたはずの指がとても綺麗だ。爪の先まで丁寧に手入れをしてある貴族令嬢そのものの手。


 手だけではなく指先で頬に触れれば、粗末な食事とストレスのせいでかさつきボロボロだった肌も、艶やかで張りのある感触が伝わってきた。やせ細り骨ばっていた腕も元に戻っている。


なんといっても身体中どこも痛みを感じないのだ……。


 冬の備えの費用のために売ってしまったはずの、プラチナブロンドの髪もまだ豊かな長さのまま肩先で揺れていた。


「……元に戻った? ……というか、この衣装は……!?」


 身に着けているのはアバンが嫁いでくる私へ、旅装にと贈ってくれたドレスだ。……ということは、私は王都へ向かう途中だとでも言うのかしら?


 私は慌てて馬車の窓を覗いてみると遠くに王都リリエルの城壁が見える。

 窓から見える御者台には私が生まれる前から我が辺境伯家に仕えている、気のいいベテランの御者のトーマスの後ろ姿が見えた。


 彼の白いものが大半となった茶色の短くそろえた巻き髪が目に入れば、懐かしさを感じてしまう。


「夢だったの……? いえ、違う、あれは夢なんかじゃない。私は殺されて…………戻ってきた?」


 言葉にすればこんな突拍子もない話、夢物語にしか聞こえないけれど……。実際、王都へ向かう馬車の中私は一人で嫁ぎ先であるロッテバルト侯爵家に向かっている。


 私の実家、ローズベル辺境伯家は格式も高い名門。本来令嬢が供もつけず一人で嫁ぎ先に輿入れすること自体がおかしい事なのに……。


「あのクズ(アバン)が『すべて僕が用意しておくよ、新居の屋敷や使用人……それに君に相応しい侍女も、だから身ひとつで嫁いでおいで』という甘言に私も、お父様達もすっかり騙されて身ひとつで敵地に向かってたのよ……ッ」


 ここから先の出来事はよく覚えている。それが今また繰り返されるのであれば……あれは夢ではなく私の身に起きる未来の悲劇(これから)ということだろう。


 私の心と相反するように空は朗らかに晴れ、春の爽やかな風が吹いている。


 この空の下、王都へ繋がる長い街道。その先端にある、広くて大きな海を臨む大好きな私の故郷、遠く離れた辺境地ローズベルク。そして生まれ育った貿易都市ロゼウェルの丘に建つ我が家。


 大好きな勿忘草が咲く庭で嫁ぐ私を見送ってくれた両親を、思い出しながら荷物の中から便箋を手に取りペンを走らせる。


 この婚姻は政略結婚だから引き返すことは出来ない。家のために生きるそれが貴族の生き方だからだ。


 そう教えられ、生きてきたから抗う気はない。だから前の人生では夫と夫の家のために私は生きていた。

 

 今生も貴族である限り家のために生きるべきだろう。でも今生は夫の家ではなく、私の家、ローズベル家のために生きよう。白い結婚なんてのんきに待たずに、力をつけて程よい条件で離婚しよう。


 そのためにまず地盤を固めないとならないから、両親に宛てた手紙にはこう書き記した。


私の周りは敵しかいない、一人で抗うだけでは選び取れる未来などないも同然だ。選択肢を増やすためにも味方を集めなければ。


『アバン様はああ言ったがやはり手の足りない場所もあるので手慣れたものを寄越してほしい』


 途中、馬を休ませる時間を狙って、御者のトーマスに帰ったら父へ渡してほしいと頼みその手紙を渡しておいた。


 数回休憩をはさみながら王都へ向かうこの馬車は、鬱屈する私の気持ちとは裏腹に事故も起きることなく無事王都の屋敷へたどり着く。


 屋敷の前に私を降ろすと馬車はまた私の両親の待つロゼウェルへと戻っていく。小さくなる馬車が、視界から消えてしまうまでじっと見送った。

 

そして門へ視線を移すと玄関から出てきたのは、家令と数人の侍女。きっと私の到着の報を門番から伝えられたのだろう、慌てて走り寄ってくる様子が見える。

 

 もちろんアバンの姿は無し。


 前の時と同じだったけど、冷静に考えるともうこの時点ですら完全に下に見られていたということなのかしらね。爵位だって辺境伯家は侯爵家と同等の地位にあるものなのに。王都に暮らしていることがそんなにお偉いものなのかしら。

 

 「ようこそロッテバルト侯爵邸へ、エリザベス様。私、執事のハウルと申します。祖父の代からこの侯爵邸の……」


 言葉じりはそれなりに丁寧ではあるが挨拶もそこそこに聞いてもいないのに経歴を語りだす執事のハウル。

 ……言っておくけど私の立つ場所は侯爵家の門の前の道路側、荷物も私の隣に積み上げられたまま敷地にすら足を踏み入れていない。

 

 はいはい、祖父の代から侯爵様にお仕えしてるから、私みたいな田舎の小娘は自分より下の存在だと言いたいのでしょうね。前の時は聞き終わるまで門の前に立たされていたけれど、仮にも私は辺境伯令嬢。使用人に舐められる謂れは無いのよ。

 

 ――なので今回はハウルの口上を無視して敷地へ足を踏み入れた。

 

「そこの、荷物を運んでちょうだい。あとハウル、休みたいから部屋へ案内して」


 侍女の名前も聞かず指で侍女と荷物を指して指図した後、ご自慢の口上を無視され鼻白んでいる執事に部屋への案内を促す。多分この顔はアバンから聞いた話と違うとでも思っているのかしら。

 

 どうせ私のことは田舎の何も知らぬ小娘だとでも言っていたのでしょうね、使用人が上に出ても文句も言えぬ気の弱い愚かな女だと。

 確かに前の私はその言葉通り、夫の庇護がなければ何もできない小娘だったわ。でもだからと言って、尊厳も何もかも踏みつけてすべてを奪っていいなんて話はないのよ。


 訝しげに私の表情を窺う執事に向かい、歩きながらにこやかに微笑みを向けた。

 部屋に案内された後、執事の口からアバンは仕事の都合で本日は顔を出せないことを告げられる。


 どうせ大切なアリスさんとご一緒なのだろうし、会ったところで腹が立つのを抑えるのを我慢するのも大変に面倒くさいので、お仕事が大変なのねと白々しく褒めながら素知らぬ顔で承諾しておいた。

 

 執事から結婚式は一週間後、私の両親は今、貿易関係の事業で大きな山場を迎えているため参列できない、だから両親を招いたときに改めて大きな会場で式を挙げようと言うことで、一週間後に行われる式は簡易的なものだと説明された。


 まあ、これから先両親を招くこともなければ大きな式場で大掛かりな結婚式なんて挙げるわけもない。

 

 それどころか、一週間後に執り行われる婚姻式だって平民でももっと豪華だろうと思えるほど簡素な式。なのに両親には大聖堂を借り侯爵家の家門、親族を呼び集めた大掛かりな式を行ったと両親に嘘の説明して式の代金を両親からせしめていたことも分かっている。私は感動のあまりむせび泣いたそうだ。


 ないわー……。


 以前は思いつきもしなかった愚かな自分を、叱り飛ばしたい。両親が辺境の港街に暮らしているからと言っても、親類縁者や取引先相手とかだって王都で暮らしている者くらいいくらだっているのよ。そんな結婚式は行われなかったことくらい知らされていたはずだわ。

 

 両親とも筋金入りの実業家ですもの、情報の大切さなんて私以上に理解していらっしゃる方よ……それなのに父はそれを嘘だと知っている上で、私のために騙されてくれたのでしょうね。

 ――愛娘が婚家で肩身が狭くならないようにと。

 

 そうやって両親の愛情の深さをいまさらながら思い知るのだ。助けを求めればきっと手を差し伸べてくれたに違いなかったのに……。侯爵家の人間に罵倒され、貶され続けているうちに自分は馬鹿で助ける価値などない愚かな娘だと思い込まされていた。


 今生で同じ未来へ進まぬために、まずは侯爵家の人たちにいい様に使われないよう手を回さないといけないわね。

 アバンはアバンで出歩いているから私も自由にさせてもらうことにしましょう。残り少ない独身時代ですもの、有意義に使わなくては。



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