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VS――Round 1

 王妃様に向かって言い放った言葉で場は静まり返った。


 続いて敬愛する王妃様に非常識な言葉を向けられたことを受け止めきれずに数名のご夫人達がバタバタと倒れてしまう。

 意識を失った夫人達を介抱するために別室へ運ぶ人達で再び場が騒然とするがそれもすぐに静まった。


 夫人の介抱に一緒に移動した当主様達以外は皆、王妃様と対面するアリスから視線を離せず、そのままの場所で王妃様の言葉を待つ。


 この国の恥を現在進行形で作り上げているこの状況に、国賓の方々はどちらにいらっしゃるのかとこっそり顔を左右に向けて探してみれば、陛下と王太子殿下が婚約者様や主だった高位貴族の当主達と共にサロンのほうへ賓客の方々をさり気無く案内して離れてくださっていた。


 騒ぎが起きた場所が下位貴族の方が集中していた料理や酒を提供するテーブルのあるエリアだったおかげもあり、この喜劇を鑑賞しているのはこの国の貴族の方々だけのよう……。


 ふと王太子殿下と視線が重なるとなぜか頑張れ、と告げるジェスチャーを軽く手を振って示してくださったのだけど意味が分からない。


 事態を収拾する事を頑張りたいのにカイルが離してくれないのですよ……。


 ―――ジェスチャーの送り先が私ではなくカイルだったことを私が知るのはもう少し先の話。



 それはさておき。


 正妻の称号を名乗るのは自分だと堂々とアリスが騙った事で、今まで当主であるアバンが妻である私を連れず、夜会やサロンなど様々な場所に同行させている令嬢との関係は今まで説明に使っていた「妻も認める大事な幼馴染」ではなく「妻の座を狙う愛人」だと告白したのだ。


 ……しかも愛人(アリス)自らの言葉で。


「侯爵……?まずそれは置いておきましょうね。そのドレスが私のドレスと同じものだと……?」


「そうですわ。王妃様御用達で名高い王都一の高級衣裳店、サギー・ルウゼの職人の手による一品ですの。やはり格式の高い私達のような高位貴族は王妃様を見習いこのような衣装を身につけないとなりませんわね。目新しいだけの田舎ドレスを着た方が先ほどまで傍に居たようですけど」


 高位なものほど良いものに触れ、囲まれて過ごしているからアリスの着ているドレスの価値も察しているようで、誇らしく告げる声を聞いて周りから失笑が漏れだす。


 最後に私を落とす言葉をつけるのはほんと上手よね……カイル、怖い顔にならないで。

 近くで見惚れていたご令嬢が驚いているわよ。


「そう、時流に詳しいのですね?」


「ええ、私、令嬢を招いて高級な物や美しい物の情報交換に余念がありませんのよ」


 鼻高々にアリスがのけ反る。


 王妃様の美しい瞳に鼻の孔(汚らしいもの)見せないで!


「そなたは私が王太子妃に見えるのか?………20年も止まったままの時流を語る娘がいるとは思わなかったが。……そう、王妃ご用達」


 ……ああ、王妃様のお手にある扇がすごい角度でしなっているわ。


 カイルに動きを止められたまま、あり得ない問答が続くので私はもう現実逃避に思考を分散させることしかできない……あの角度で折れないなんて素晴らしいしなやかさ、私もちょっと欲しい……。


 あのドレス、サギー・ルウゼの物だったのね……請求書ちゃんとあの時確認しておけばよかったわ。


 あの店は確かに王妃様も20数年前、他国から王太子妃としてこちらの国に嫁がれ、まだ王都の店や職人達に詳しくなかった頃に紹介されたお店なのよね。


 確か数回、ドレスをお作りになったと王妃様へアクアローズを献上する話が固まった時、お好みの色やデザインを知るために今まで身につけられたドレスやアクセサリーを調べていたので私も知ってるのだけど、いったい誰情報なのかしら。


 ただ、初の王妃様の御用達店に選ばれたことで増長し、メインストリートに大きな店を構え、支店を作り顧客を増やしてどんどん品物の値段をつり上げているのに逆に素材の質はどんどん落ちていき、利益だけを追求する店になったという。


 ついには他店の妨害やデザインの盗用など様々な問題が発覚して二度と王家の者は使うことはないと看板に彫られたご用達の文字を観衆の前で削り取られたとんでもない店。


 それから顧客は去り続け、今は貴族街のメインストリートにあった大きな店舗や支店を畳み、裏通りのさびれた場所で細々と経営しているらしい。


 見たことのあるドレスだと思ってたら未だにデザインの盗用しているのね。


 有名店のプレタポルテなのかと思ってたけど、高過ぎて手が出ないと予算面で苦悩する下級貴族狙いのデザイン盗用の格安物。しかも王妃様の名を未だに利用しているなんて……。


 まあ安く済ませる代わりに口止めをしているか、下級貴族や裕福な平民が王妃様の前でドレスを自慢するわけがないと普通は思うわよね。


 残念、普通じゃないお客様だったようよ。



 さて、王妃様の言葉の意味を理解できずにいるアリスは多分アバンお気に入りの口元に手をグーにして引き寄せ、子リスのような仕草で首を傾げてみせた。


「口にするのも思い出すのも嫌なものをまざまざと見せてくれてありがとう。でも私、もうその店でドレスは仕立ててないのよ。だからそのドレスが私の物と同じと言うのはやめてくださる?私の大事な職人達の名誉のためにも」


「ええ~!じゃあ今どこで作ってるのか教えてください。次の舞踏会ではそのお店のドレスを着てまいりますわ!」


 凄いわ、会話が互いにぶつかり合ってるだけ。


 アリスが発言するたびに令嬢時代からずっと王妃様にあこがれを抱いているご夫人達がバタバタと倒れていく。


 謝罪と賠償にどれだけかかるのかしら……。


 今日の騒動の咎で明日になったらロッテバルト侯爵家が消えてなくなってそう……、もしかして選択を間違えていたのかしら。




 ―――― 会った瞬間息の根を止めるのが正解だったなんてどうか言わないで、神様。――――



「……リズ、少しだけ大人しくしててくれるかな?すぐ戻るから動いたらダメだよ」


 カイルの腕が外れればいつもの私ならすぐ王妃様の下に駆けつけていただろうけど、もうあれほど信じるものかと呪った神様にまで縋りたくなるほど衝撃と恥ずかしさで心がいっぱいで呆然としていた私はカイルの囁きに大人しく頷いてしまった。


 言葉通りカイルは私から離れた後、傍に居た侍従に言葉をかけただけですぐに戻ってきた。

 そして私の手を取るとようやく王妃様の元へ向かう。


「王妃殿下、お召し物に携わる職人たちの名誉のための訂正は終わったのですから、そろそろ場を変えませんか?この場で起きうる出会いの場をつぶしてしまうと若き次代に恨まれかねませんよ」


 舞踏会は次世代を担う令嬢や令息達の婚約者探し……いわゆる出会いの場でもあるのよね。

 良き相手に巡り合いたいのは誰もが同じだもの。


 カイルの言葉を聞けば王妃様の雰囲気が少しだけ柔らかくなる。


 なぜか胸の前に手を組んだアリスは頬を赤らめながらカイルに熱視線を送っている。―――まあ、カイルは完全にスルーしているけど……。


「そうね、楽しみを邪魔してはだめね。……皆もわかってくれたかしら、この者の言葉はでたらめだという事を」


「もちろんでございます。大切な職人の名誉のために、私たち忠実な臣下のために心を砕いて下さる王妃様のお心はしかと私どもの心に届いております。これ以上尊き御身のお心を痛めることの無い事、切に願うばかりです」


 傍に控えていたご夫人が王妃様に向かって深々と頭を下げ、場を納めに来てくれた王妃に感謝の言葉を告げる。


「……さあ、残りの話は奥でしましょうか。ごめんなさいね、エリザベス。初めての舞踏会なのに時間を取らせて。もう少しだけ付き合ってちょうだいな。そこの娘も」


「はぁい。カイル様迎えに来て下さったのですね」


 奥に移動する者に選ばれたアリスは、王妃様のそばに近づいたカイルが自分をエスコートするために来たのだと勘違いしたのか、一歩踏み出してカイルの方へ手を差し出した。


 それを冷ややかな目で見たカイルは傍に居た侍従の一人の腕を取り強引に引き寄せた。


「連れてきてくれ」 


と無慈悲に声をかけてアリスのほうへ押し出しその手を取らせた後、そのままさっさと私の手を取り王妃様と共に別の部屋へと歩き出してしまう。


 背後から侍従を押し付けられたアリスの金切り声が聞こえる。


 ああ……着いた先で家の未来が決まってしまうのかしら。


 ロッテバルト侯爵家の没落は確かに私の願いであり、目標の一つだけれど、心に漂うソレじゃない感になんだか泣きたくなった。 


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