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小さなトラブル、大きな代償

「そこの貴方!何をなさっているの!?」



 ちょうど音楽が終わりかけ、踊る者も皆動きを止めたホールが静けさに満たされた少しの間を狙うように甲高い少女の声が響く。


 ダンスホールのほぼ中央で向かい合っていた私とカイルにもその声は届き二人してその声のするほうへ視線を向けた。


「何かあったのでしょうか……?」


 ホールに響いたのは令嬢の声、公の場で大きな声を発すること自体はしたないと教育を受けているはずの令嬢が叫んだのだからよほどのことがあったのだろう。


 うん、つい先ほどまで何かあった真っただ中にいたけど……こんなに騒動が続いていいものなの?

 仮にも異国の賓客を招いた国の行事なのよ……。


 ホールの真ん中で二人立っているのも邪魔なのでカイルに声をかけてダンスの輪から外れ、騒動の様子が確認できそうな場所へと移動していく……までもなく聞き覚えのある声が響き渡った。


「何のこと?突然失礼ね!!あなた私に話しかける許しを出してなくてよ!」


 声の主がわかったので思わず足を止めてしまう。




「おや、相手は平民かな?いや平民より下だと……戸籍の無い流浪の者か、随分なことを言うね、あれは」




 したり顔で楽しそうにつぶやきながら私に視線を向けてくるカイルを横目で睨みつけた。


「相手のご令嬢に失礼ですわ、カイル様。……あの方はテレア・ユリシーズ子爵令嬢です」


 何度かお茶会で顔を合わせたことのあるユリシーズ子爵家のご令嬢だ。


 身内の方がほぼ騎士団に所属しているからか、元からのご気性か、はっきりした物言いをする気持ちのいい方だと記憶がある。 


 苛められたご令嬢をかばって差し上げたり……、やり取りから見ると今回もそんな感じかしらね……。


 しっかし、男爵家が健在だとしてもアリスのほうが爵位は下じゃないの……、どういう淑女教育を受ければああなるのかしら。



 カイルはお茶会のあとで、アリスから届いた招待状を届けてくれ、そのついでだったのか貴族院から貴族税を支払えずまた爵位と借金を継ぐ者も名乗り上げなかったため男爵位は国に返上されたという証明書も添えられていた。


 必要があれば使うようにとメッセージ付きで。


 仕事ができる男は気配りも細かいのよね……女性の扱いも上手いはずだわ。


 それにしても、アバンはどうしたのよ!

 連れて来たなら責任もって構っていなさいよ!屋敷に帰るまでが舞踏会でしょ!


 どうせあの二人は責任を取るとか後始末をするとかするわけないのだから、あとで被害に遭われた家をきちんと把握してお詫びに行かないといけないわね……。


 突然湧いた面倒事に頭痛を覚えて眉間をそっとさすりながら小さくため息を吐いた。




「私、この目で確かに見ましたのよ!貴方がナタリア様のドレスを故意に汚される所を!」


 あらあら……。


 でもこんな大勢の前でするやり取りでもないわね。被害に遭われたご令嬢の衣装もどうにかしてあげなければ……。


 この場を納めるのは私の役目だろうと足を踏み出そうとしたところでカイルに阻まれる。


「ちょっと、こんな時に……邪魔しないで……」


「しっ、少しだけだから。待って」


 カイルに止められてしまい動けずにいると周りにいる令嬢たちの間から小さな悲鳴があちこちで上がりだした。


「嫌っなに、この染み……ッ」

「私、今日は果実水しか口にしてないのに……ソースの染みが」

「なにこれ!こんな汚れに気づかずにいたの……」


 自分のせいでなくても貴族に囲まれ、しかも王宮と言う特別な場所で汚れたドレスのまま気づかずにいた事実は令嬢たちには耐えがたい屈辱なのだろう。


 耐えきれずに泣き出してしまう令嬢も出てきてその場はまさに阿鼻叫喚の有様になった。


「なんて方なのかしら、指が汚れたのならナプキンをお使いなさい!3つになる妹でも出来ることですわ、淑女教育も受けてないような野蛮な方がどうしてこの場にいらっしゃるの」


 ……つまりナプキン代わりに令嬢達のドレスを使っていたってこと……?このまま眩暈でも起きて倒れたり出来ないかしら……。


 被害が拡大したのを見てテレア嬢がヒートアップする。


 いつもならアバンの友人や、取り巻きのご令嬢達がそれなりに味方になって言い合いに参加してくれるだろうけど、カイルの脅しが聞いたのか、ほぼほぼ不参加なのよね。


「私のドレスで拭いたら、アバン様が買ってくださったドレスが汚れるでしょ!王妃様も持っている特別なものなのよ!」


 いやだからドレスで拭かない!っていうか王妃様の名前を出さないで!不敬罪がどんどん山積みになるだけなのに……ッ。


 今すぐアリスの口を塞ぎに行きたいのにカイルは腕を外してくれない……。


 ふふん、となぜか得意げにのけぞるアリス。




「おやめなさい」         




 騒然とする場でも凛とした威厳のある声が響く。


 この場を止めたのは、この国の欠けぬ月、女性貴族の頂点にいらっしゃる、王妃殿下その人だった。


 アリス以外、皆、王妃様に最敬礼の角度で頭を下げる。

 一瞬で静まり返った場に王妃様の指示が的確に飛んでいく。


 テレア嬢はご両親とともにサロンのほうへ移動し、衣装を汚された令嬢達は王宮付きの侍女達にドレスの交換の為に控えの間に案内されていった。あとでどこのお家の方々だったのか教えてもらおう……。


 一人取り残されたアリスはなぜか得意顔だ。

 他の部屋に移動された令嬢が悪いと判断されたとでも思ってるのかしら……。 




「そこの者、答える事を許しますから教えてちょうだい?」


「もちろんいいわよ!私は侯爵夫人ですもの、王妃様のお話し相手にピッタリですわ!!」


 騒動を起こした者が牢に入れられるでもなく王妃様から直接声をかけられただけで十分あり得ない事なのに、その心優しい王妃様に言い放ったアリスの敬意を欠片も感じない返答に数人の貴婦人が意識を失った。


 …………うう、健康な体が恨めしい。私も倒れたいわ



 アリスの返答を聞いたあと、王妃様の瞳がすぅ……と細くなる。


 口元は優雅な笑みを浮かべているのに、背中から氷水を浴びせられたような冷気を感じてしまうほど、その場の空気が一気に冷えていった。



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