私宛の招待状
季節は夏を迎えバカンスシーズン前、最後の公式な外交行事が開かれる時期となった。
文化や学術を広め交流を目的とした諸国からの使節団や有力貴族が次々に来訪してくる。
他国の高位貴族が訪れればそれに連れ立って家族や使用人、旅中の警護に当たる騎士や傭兵、商人や旅芸人ら様々な人が王都を訪れる。
在住している商人や町人たちも書き入れ時だとばかりに熱心に商売に励み街の中は連日お祭り騒ぎなのだとお茶会で親しくなった令嬢達が教えてくれた。
王都で暮らす令嬢達の一番の楽しみはお城の舞踏会の翌日、市中で開かれる妖精の祭。
夏の夜に現れる人間に悪戯を仕掛けるのが大好きないたずら妖精に悪戯されないよう、皆妖精に扮したマスクを被って踊り歌い、妖精の悪戯の難から逃れたという言い伝えから始まった祭り。
参加しているのはみな妖精という事になるので貴族や平民という身分も立場も関係ない無礼講な祭りで、意中の人と同じマスクを被ってお忍びに出かけることを楽しみにしているそうだ。
「夏は人間も妖精も恋に忙しいのね……。まあ、近くに一年中忙しいのがいるけど……」
先日王室から届けられた、舞踏会への招待状を眺めながらため息をつく。
――私宛の招待状。
本来公式行事の招待状は当主宛に届くもので、アンドルからの報告ではアバンにも招待状は届いている。
当主宛の招待状でエスコートを受ける夫人や婚約者、後継者の子息の入場が許されるもの。
『いいかエリザベス。お前には心優しいアリスのお茶会をめちゃくちゃにした罰を与えなければならぬ!王室の夜会はアリスを慰めるためにも彼女をエスコートする、お前の同伴は許さぬから心得ておけ!』
……と、アリスのお茶会の顛末を聞いたアバンが王室からの招待状を誇らしげにかざしながら私の部屋に乗り込んで宣言した言葉を思い出す。
なぜかカイルの名前は出てこなかったわね。……アリスが意図的に隠したのかしら?
「……それにしても、アバンが私をエスコートしないことを見込んで届いたのかしら、この招待状。アバンに冷遇されていると……国王陛下や王妃殿下にまで噂が届くほどになっているとか考えたくないわね」
夫が愛人をエスコートしても支障が出ないように届いた私個人宛の招待状、私個人を招待するという王室の意思表明でもあるから断れないからね……。
「事業の関係で王妃様にお目通りしないといけないから、舞踏会にはどうあっても出ないとならなかったのでありがたいわ。あの男に頭を下げるなんて絶対に嫌だもの」
そろそろ何かしら対処に動くべきかしら……。
前の生と大きく変わった今もアバンは何一つ変わらない。私と、私の実家を下に見てアリスとの仲を見せつけ、傷つけようと動く彼の根底は本当にあの時のままだ。
だから私はあの男を否定したいのだ。
「今は体は虐げられたりしない、痛みも苦しみもないけれど………」
誰も知らない私の選択しなかった故の人生。
私だけが心の奥にくすぶり続ける重苦しいこの感情が、何を欲しがっているのか知っているの。
◇◇◇
「少しよろしいでしょうか、奥様」
執務室で仕事を片付けているとノックの音とアンドルの声が聞こえたので、どうぞ、と返して入室を促した。
「お忙しいところ申し訳ありません。奥様この請求に覚えはありますか?」
「え?……なにかしら」
渡された数枚の請求書を手にして内容を確認する。
「夜会用のドレスにバカンス用の旅装と普段使いのドレス……こちらは装飾品ね。私の物ではないわ」
複数の事業を抱えている今は自分の買い物の支払いは私の個人資産から払われているためアンドルのもとに回ることはないのだが、宛名は私の名になっている。
「夜会用と思われる物以外は全部キャンセルしておいて」
「全てでは?」
「舞踏会は目前だもの、着ていくドレスがないと暴れられるのは面倒だわ。それに侯爵家の恥をさらすような服装で参加されるのも嫌でしょう?」
「わかりました。私の浅慮での発言をどうかお許しください」
バカンスシーズンの予備予算から差っ引いておきますとさらりとアンドルが告げた。
「なら、他の物もキャンセルせずにその予算から出しておく?」
揶揄い口調でアンドルに返せば
「王都から出る金も無くなりますよ」
と楽し気に返した、なら楽しいバカンスを邪魔しないようキャンセルするしかないわね。
そう言えばバカンスはアリスを連れて旅行に行くとか言ってたわね。
興味がないから行き先は知らないけれど……。先に出かけるようにスケジュールを組み立てよう。
私もバカンスはローズベルクのほうへ戻る予定だし、私のいない所で喚かれる分は構わないしと頷いてアンドルに処理を任せた。
そうして数日後、無事に支払いが済んだ夜会用のドレスが侯爵邸に着いた。
玄関からほど近い広いホールでわざわざ届いた荷物を開き、侍女に姿見を用意させてそこでドレスを合わせ始めた。
「見て、王都一のデザイナーにわざわざ作らせたのよ、王妃様もご依頼される有名なデザイナーなのよ、ごめんなさいね、侯爵夫人を差し置いてこんな素敵なドレスまで作って戴けて」
「旦那様とお並びになったら夫人よりも夫人らしく見えてしまいますわね」
「駄目よ、意地悪を言っては。エリザベス様が可哀そうだわ」
商談のために玄関へ向かおうとした私に聞こえるよう大きな声でアリスがわめく。
「ああもう、早く来ないかしら!夜会楽しみだわ、アリスはね、お城に行くのは初めてなの!!みんなアバンからの贈り物なのよ!初めての記念にですって」
「本当に素晴らしいものばかりですわね、旦那様は本当にアリス様を大事に思ってらっしゃって!」
アリスお願いだから私のほうをちらちら見ながら言うのは吹き出しそうになるからやめて!アンドルも「貴方方の旅行代ですね」って顔しないで!
笑いをこらえているせいで震える肩を、夜会にも行けない可哀そうな女が嘆いていると勝手に解釈しているらしいアリスはご満悦だ。
手にしているドレスがなんなのか、どのような価値があるのかアリスも侍女たちも知らないだろう。
あのドレスはどう見ても量産品だものね。
流行の主流のデザインのドレスをある程度拵えたものにオーダーを入れた人の好みを添えた物。まあ、頑張ればオートクチュールもどきかも……。
王妃様のために用意されるドレスと同等なものをアバンが賄えるはずがない。
私に支払いを押し付けたとしても、断られないように値段を抑えたのだろう。
ねえアリス、貴方の言う大切な幼馴染は彼にとってはその程度なのよ。
持ち上げ続ける太鼓持ち侍女に囲まれて幸せの絶頂の中にいるアリスから背を向けて屋敷を後にした。
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