絶望、そして。
新作です
この回は表現はかなり抑えておりますが
残酷な描写、男女間の無理やりな行為がありますので苦手な方は2話目からご覧ください。
「酷い目に遭って殺されたけど、気が付いたら巻き戻ってた」の認識であれば2話目からでも大丈夫です!
若草が萌える春、20回目の春を迎え誕生日が来た。
ここはリリエンタール王国の王都リリエル。
王都にあるロッテバルト侯爵家長男のアバンの元に嫁いできて3回目の春になる。
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『エリザベス
、誕生日おめでとう。
君が生まれたこの日が君にとって良き日であるよう祈っている
カイル』
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私はエリザベス・ティア・ロッテバルト。
継ぎ接ぎのボロを纏う、名ばかりの侯爵夫人だ。
私がいる場所は自室として使っている侯爵家本邸の庭の片隅に造られた粗末な離れ。
粗末な室内の片隅に置いてある古びた木製の机、備え付けの軋む椅子に腰を下ろす。そしてリューベルハルク大公となった幼馴染から贈られたばかりの、誕生日カードを眺めながらため息をついた。
私の好きな勿忘草の押し花を添えられた、華麗な装丁のカードをそっと荒れた指先で撫でる。
触れるだけで痛みが走った荒れた指先も、今はもう慣れてしまってざらざらとした引っ掛かりを感じるだけでもう、痛みも感じない。
両親も領地での事業が忙しく、社交界にも顔を出さない私を祝ってくれるのは、差出人であるカイルくらい。夫ですら私の誕生日を覚えてもいないはず。
夫は今日も自称幼馴染の愛人、アリス・ティード男爵令嬢と遊び歩いているのだろう。
何も知らなかった世間知らずの箱入り令嬢だった私は、夫の愛情欲しさに夫と夫の一族にひたすら財産を渡し続けた。
それでも資金繰りが間に合わないと、私の品位保持のための費用がまず削られた。屋敷の使用人たちも、次第に徐々に減らされ、今は女主人であるはずの私がみずから掃除や料理をこなせばならないほど、最低限以下の人数でこの広い屋敷を動かしている。
もう夫から命じられるまま、辺境にいる父へ金の無心をする手紙を何度書いただろうか。
父が送ってくれる金も大半は、夫と愛人の手に渡り散財の果て無くなってしまう。それに気づいたのはほんの少し前。
それでも夫の愛情がいつか自分に向いてくれるのかと願い続けていた。
だがこんな愚かで情けない日々も終わりを告げる日が来る。
夫は初夜の日はもちろん、一度も私の寝室に足を運ぶことはなかった。私はまだ処女のままだ。
この国では3年、白い結婚が続けばその婚姻契約は無効とされる。誕生日を迎えたひと月後、ここに嫁いで3年となる日がやってくる。
私の衣装代がすべて、アリスのドレス代に消えていた。
私が家で必死に慣れぬ家事をしている時もアリスは社交界で夫と遊び惚けている。
私が過ごすはずだった本邸の主寝室で、アリスは夫と体を繋げ睦み合っていることを隠そうともしない。だから、嫌でも知ってしまう。
ずっと目を背けていた真実も一度目にしてしまえばあきらめがついた。
婚姻を解消したことで両親が故郷へ帰ることをもし許さなくとも、幼い頃から身に着けた淑女教育も貴族としての教養も、3年間の間苦労したことで必死に身に付けた生活するための術はこれからの私の糧になる。
あとひと月たてばすべてが元に戻る。
そうしたらカイルへ、今まで誕生日を祝ってくれていた礼を告げに行こう。
リューベルハルク大公であるカイルも、社交の季節になれば王都に戻ってくるだろうから。
今まで会えなかったこと、お礼の手紙も出せなかったこと、全部謝ろう。
そんな日がもうじき訪れる。それだけで重苦しいだけだった私の心は少しだけ軽くなった気がした。
****
一人で必死に屋敷中の仕事をこなし、小屋に戻るのは夜も更け切った真夜中。残り物の野菜だけのスープとパンを数切れだけの夕食を取る。
こんな夜もすでに慣れてしまっていた。
実家の辺境伯家の夕食は賑やかだった気がする。もうほとんど思い出せない。
誕生日くらい少しは奮発しようと、ワインセラーからワインを一瓶出して飲んだ。
久しぶりのアルコールだったからか、一杯のグラスを飲み終えてもいないうちに強い眠気が襲ってきた。そのまま私はテーブルの上に、倒れこむように眠りについてしまう。
――そして、目が覚めると私は本邸の主寝室のベッドの上に寝かされていた。
「……ここは……うっ」
うっすらと見覚えのある天蓋を眺めながら、身を起こすと鈍い頭痛に襲われ顔をしかめる。
身を起こすと自分が全裸だったことに初めて気づいた。
「やっと起きたか、のろまが」
そしてかけられた声…………久しぶりに聞く夫、アバンの声だった。
「きゃああっ!」
顔を向ける前に強い力で押し倒される。手首を強く掴まれた痛みに悲鳴が溢れ出す。
「たとえつまらぬのろまだとしても、女の喜びを知らぬままでは気の毒だとアリスが言うからな……だから抱いてやる」
妻にかけるとは思えない酷い言葉を吐きながら、私の体の上にのしかかる。泥酔もしているのか血走る目で見降ろされれば、この後襲うだろう自分の身に降りかかる絶望を嫌でも察してしまう。全身が総毛立った。
そして私の足を無理やり開き慣らすこともせずに無理やり体を繋げられ、裂けるような痛みが体の中心から湧き上がる。
私の初めては悪夢のような出来事になり果てたのだった。
覚えているのはまるで玩具を弄ぶ子供のような笑顔を浮かべ、残虐で貴族とは思えないほど興奮に顔を赤く染めた下卑た夫の顔。酒が入っていているのか薄い青の瞳は濁り、白目は血走っている。
そして金の髪を乱しながら、私を見つめる顔は歪むような下卑た笑みが刻まれ。耳に届くのは私の希望をすべて摘み取っていった夫の笑い声。
荒い息遣いが顔にかかり、苦痛に歪む私の顔を間近で見ようと顔が近づく。酒とたばこの混ざる嫌な臭いに眉をしかめた時、男の武骨な両手が私の首に絡みついた。
「女は首を絞められるとしまりがよくなると言うからな、試してみたかった」
と、世間話のように言葉を吐きながら私の首に手をかけ力をこめた。脳に酸素が届かず途切れかけた意識の中、夫の声が聞こえる。
「これで白い結婚ではなくなった。最後にいい思いが出来て良かったな」
夫がベッドから離れ、タバコに火をつけるとそれを私の枕元へ放り投げる。
シーツが少しづつ黒ずんだ焦げを広がりだし、夫が部屋から出ていく頃にはもうもうと煙が立ち込め始めていく。そして炎が上がると、あっという間にそれは大きく成長し壁を伝うよう燃え盛る炎に寝室は包まれた。
苛烈な暴力にさらされた私の体は意識があれど、動かすことは出来ずにいた。
炎はあらゆるものを飲み込みながら広がり、部屋の中に立ちこめる熱気と煙が、空気を奪い取るから苦しくてたまらない。白い肌の上に真っ赤な炎が舐るように這いあがっていく。
生きながら焼かれていくおぞましい感覚に、声にならない悲鳴を上げた。
神は最後まで私に苦難を押し付けるのか。
世界も、神も、助けてくれる人なんてどこにもいない。
真っ赤に染まる視界。
心を黒く染める絶望。
きっとこの後夫は嘘の涙を流しながら、火の不始末からの突然の出火だと言うに違いない。
寝室に残された妻を助け出せなかった悲運の夫を演じ、ほとぼりの冷めた頃アリスと再婚するのだろう。あの男の寝室で死んだことにしたのなら、私を抱く必要などなかったはずなのに。あのふたりは最後の最後まで私の希望を毟り取り、尊厳を踏みにじることを楽しみ尽くした。
悔しい、許せない、忘れるものか。どうして信じてしまったのか。
悪魔のように無慈悲な夫と愛人、最後まで馬鹿で愚かだった自分への呪った。
私は絶望に魂を染め上げながら私はこの世から旅立っていく。
誰の記憶にも残らぬまま、私はこの世界から――――消え去るはずだった。
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