㉝魔法使い(或いは魔女)。
「陛下、これで宜しかったのですか?」
「うむ……ガウェイン公爵令嬢が息災であればよい」
ルシアは心配していたが、もとより叛意なんて疑われてもいなかった。
人払いを行っていたことでもわかるように、もしどちらかが細かく説明を求めた場合、王はそれに答えるつもりだったのだから。
ベンジャミンから聞いてはいたが、彼女は何も知らない。知らなさ故に聞いてくることも充分考えられたが、本来必要としていなかった淑女教育のおかげで、引いてくれたのは幸いだったと言える。
正直なところ、彼は安堵していた。
「言う必要のないことは、言わずに済めばそれに越したことはない。 それにスヴェンとレミリアの婚約や、それ迄にあった事柄もいい方向に作用した……あとはベンジャミンに任せる」
──夜会でふたりがしていた会話は、以下のようなものだった。
「あの分ならば、心配することはないのでは……」
「私もそう思いたいが……アレは人間ではない。 なにが起きてもそれは、災害と同じ……できることは素早く察知し、対処することのみ──公爵令嬢から目を離すな」
「……御意。 夜会後も、影を?」
「ああ。 宮廷魔術師に魔石を持たせ、もしもの時に備えよ」
アレとは『魔法使い(或いは魔女)』。
彼等はこの国の始祖となった人々の、更に始祖ではないか、と言われているが真相は定かではない。
魔法使い(魔女)とは魔素を体内に取り込み、二次使用できる人間とされる。彼等は美しい容貌を持ち、人に非ざる力──魔法を使う。
彼等は彼等の理で動いている為、余程のことでなければ、災害だと思い受け入れ対処するのが正しい……それがこの国の教えだ。
勿論、ここで指す『魔法使い』は、『魔道具屋の店主と名乗る男』。
王が神官だというのは名目上のものではない。歴代王には力の差こそあれ、魔素を体内に取り入れ二次使用できる力が僅かながら備わっている。もっとも、それは『魔法使い』には遥かに及ばない。
だからこそ、彼等の力を畏れているのだ。
『宗教が都合よく、人心掌握や政治に利用された』というシュナイダーの仮説は当たっていたが、元になる事実は存在していた。
建国当初王都が現在のガウェイン公爵領だったのは、そこに始祖である者達の住む村があった為だ。
今の王都のあたりには当時小さな街があり、そこから追い出されたり、逃げ出してきた人々──彼等は皆、微量ではあるが体内に魔素を取り込み蓄積することができた。魔女や魔法使いの資質を持っていた、と言い換えられる。
ただしその力は弱く、だからこそ魔法使いや魔女として、迫害の対象になってしまったのだ。
中には、一際強い力を持つものもごく少数いたようだが、少なくとも集団で暮らしていた者には『魔法使い(魔女)』程の力を持つ者はなく、また力の使い方がわからない者が殆どで、ごく稀にいた力の使い方をわかる者は、離れて暮らしていたようだ。
森は不便で魔獣がでるものの、幸いなことに肥沃な土地と美しい水に溢れており、食糧の面では困ることがない。だからこそ迫害した側はそこに追いやったという背景があったようで、度々街の者が搾取しに現れた。彼等は森の中で街の人間や魔獣に怯えながら、力を合わせてなんとか魔獣を追い払い、食糧を隠しながら日々を過ごしていた。
そんな中、新しい地を求め海からやってきた人々がいた。
彼らは海の魔獣と戦い命からがら辿り着いたものの、陸地でもその多くが魔獣によって命を落とした。その生き残りが先に述べた始祖となる人々とは違う、もうひとつの始祖の血。
『魔女』と街の人間から呼ばれていた、村の中では強い力を持つ少女が彼等を見つけたのが建国の始まりといえる。
力が強く、それをコントロールすることができた美しい少女は、村と繋がりながらも街のよからぬ人間に見つからぬよう、少し離れたところでひとり、暮らしていた。
彼女によって助け出された男──彼は後の隣国に取り込まれた、今は名も無き小国の王子だった。
王子は彼女を愛し、多くの知恵を村の人々に分け与えた。
この時魔女の力と外の男の知恵──術式が合わさったもののひとつが、『火の神の加護』と後に呼ばれる力だ。
やがて後で外から来た人々も合わさり、建国に至る程に勢力を増していく。建国の際、初代王として擁立されたのは王子ではなく魔女の方。王子は王配となったが、それを決めたのは彼自身である。
魔獣の有用性と、それに対抗する力に不可欠なのは、村で暮らしていた少数の人々の力。彼等の血を絶やしてはいけないと判断した王子は、王族として村民を保護する決意をし、外の人々の有力者と縁を結ばせた。自身を王配としたのもその意図からだ。
外から来た人々のおかげで発展は早かったものの、遷都に至るまでにはそれなりの時間を要した。
遷都はそもそも虐げられてきた住民の下克上であり、悲願でもある。故にその正義として利用されたのが宗教であり……『火の神の加護』も同様のことだった。
★★★
「発展の為に現・ガウェイン公爵領は必要不可欠だが、王家は遷都しなければならなかったんだよ。 別に切り捨てたわけじゃない」
「……嘘だ」
手酷い拷問を受けて、肉体的にダメージは受けていても、精神的に揺るがなかったシュナイダーは、その話を聞いて崩れ落ちた。
だがその話はガウェイン公爵家の歴史書にすら記されておらず、ベンジャミンも初めて聞いたことだった。
遷都……いや、その前の発展の段階で、街の人々を取り込み国を広げるのに、余計な諍いが起こるのを村人達(初代王族となった人々)はよしとしなかった。
彼等は非常に温厚で、義理堅かった。庇護してくれた外の人間達のやりやすいかたちとして建設的な方法を取ることを選択したのだ。
かの国のような階級制度を用い、上の立場に立てれば充分……徒に血を流す必要はない、というのが村人の総意だったので、後のことを考え残さなかったのだろう──そう男は見てきたように言う。
「ガウェイン公爵ってのはね、魔女と呼ばれた少女……初代女王を慕い慈しんだ王配との間に産まれた子のひとりさ。 彼は一番血の恩恵を受けなかったが、最も女王に顔立ちの似た子供だった。 そして最も王配に似た気質だった。 だからこそ見目から表舞台に立つより、王家の発展を願って軍を率いる立場に立つことにした。 彼の身を案じ、慮った行為が『火の神の加護』の始まりだ」
「そんな……」
実に楽しそうに、男はふふ、と笑う。
「君、随分捻じ曲げてくれたね?」
追い打ちを掛けられたシュナイダーは、がくりと首をもたげ、壊れたようにぶつぶつとなにかを口にしている。
それを省みることなく、ベンジャミンは男に尋ねた。
拷問中のベンジャミンの元にやってきた『魔法使い』と名乗る男──『魔法使い』の存在など知らないベンジャミンだ。通すことを許したわけではない。気付いたらそこに居たのだ。
ガウェイン公爵邸内、しかも地下の拷問部屋に、誰に咎められることなく入っただけでなく、男の持つ空気。
──神か悪魔の類。まずそう思った。
『火の神の加護』を受けているベンジャミンには、それが人に非ざるものであることは対面すればすぐにわかったものの、最初から話を聞く気だったわけでもなかった。ただ、抜刀する気で構えるも畏怖から抜けず。戦場で数多の魔獣を屠ってきた彼には考えられないことだったが、自分の本能に従い判断した。
その判断は正しかったといえる。
「……魔法使い様、私の方からお聞きしても?」
話の途中で既に強い畏敬の念を抱いたベンジャミンは、丁寧な口調で男に尋ねた。
「ルシアのこと? 君もね、ベンジャミン……いつから教義が変化したのか知らないけれど、過ぎたるは及ばざるが如し、だ。 もう察しはついているだろう?」
「……当主が男である必要は、ないのですね」
「あるかないかで言うなら、必要はあったんじゃない? 過程とその結果としてね。 ただ教義はただの後付けだし『火の神の加護』が呪いというなら、確かにそれに近いかもしれない。 重要なのはそこじゃない。そもそもシュナイダーの決定的な間違いは──
王家と公爵家に女児が生まれなかったのは偶然だけど、考えられる理由はある。 その理由が逆なんだよ、彼の仮定とは」




