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【電子書籍化】公爵令嬢はなにもしない。  作者: 砂臥 環


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31/35

㉛魂という胡乱な概念。

 

『今度こそ、()()にできた』──そう言ったクライヴは、満足気にルシアに身体を委ねて力尽きた。だが彼はルシアにとってはやっぱり嘘吐きだった。優しいことばかりを残して一番に傷付けていくのは、いつだってクライヴなのだから。


「──!!!」


 なにかしらを叫んだような気もするが、内容なんて覚えていない。

 ただ許せなくて、許せなくて、慟哭した。




「──……」


 どれだけ時間が経ったのか。


「……ここは?」


 気が付くとルシアは白い空間にいた。

 身体は軽い……というよりも、なにも感じない。重さや温度、更には自由という概念から解き放された世界にたった独り──なのに不思議と孤独ではなく、ただ、独りだ。


『死』とはこういうものなのだろうか。

 漠然と、そう思う。


「違います、死んでませんから。 ()()()()


 あの男が現れた。

 それは突然、なのに自然。もしかしたら元々そこにいたのかもしれない、と思う程。


「貴方のせいで滅茶苦茶だわ」


 何故か心は凪いでいて、世間話でもするようにルシアはそう言った。男も「そうですか」と悪びれもせずふわりと笑みを零すだけ。


「ねえ、このまま消えるのかしら?」

「貴女次第でしょうね。 レディ、全ては貴女のお望み通り」

「そう……」


 自分の望みとはなんだったのだろう。

 もし今が死にゆく途中なら、この静かで穏やかな孤独のままに消えていくのはとてもいい。


 なのに、ルシアの目からは何故か、涙が溢れていた。傷口が開くように、胸の奥がじくじくと痛む。



 ──なんてくだらなくて、穢らわしくて、どうしようもなく愛おしいのか。



 欲望ともいえるその感情を、ルシアはずっと切り離したかった。

 切り離して捨ててしまえたら、どんなにいいかと思っていた。


「ずっと、こうなのかしら……」


 男に問うでもなくそう漏らすと、彼は抑揚なく答えを紡ぐ。


()()()()()()、そうなのでしょう」


「それも私次第?」と今度は尋ねると、男の左右色の違う目が細まる。つられたように、ルシアも目を細めた。


 なんとなくここが何処か、理解した気がした。正しくはないのかもしれないけれど、夢の中のようなもの。

 この中でずっと、なにもしないと決めて胸の痛みが消えるのを待てば、ルシアもきっと消えてしまうのだ。

 そして皆の記憶など、消えたら関係ないこと。生きてるからこそ、それが気になるだけの話──ならば確かに『貴女(ルシア)の望み通り』と言った、男の言葉は嘘ではないということになる。

 それにルシアは「狡いわ」と言って笑った。



 ★★★



 シュナイダーの研究は早いうちに最終段階までいっていたが、どうしても実験で使えるのは小動物だ。彼の倫理観が普通とは異なるにしても、別に嗜虐嗜好がある訳では無い。人体で実験を行うのも動物と同じように『慣れ』なのだとしても、まず慣れる程、被験者を手に入れるのには無理があった。


 そして時間は刻々と迫っていた。


 発端は、ようやく本格的に始められることになったルシアのガウェイン公爵家についての教育だった。


 クライヴが15を迎えるこの年、全ての地での前線の経験と成果、当主としての教育に至るまでを彼は()()()()()()()完璧に終えた。成人には満たないが、体躯の上では成人男性と遜色ない彼を、既に誰もが次期当主として認めている。


 彼が成人を迎える16の誕生日を機に、ルシアとの婚約と次期当主となる旨が正式に発表されることとなった。なので彼が15になる時に、ルシアにもきちんと伝えることになった。それまでにルシアも、予め知識としての面で当主の理解を深めていかねばならない。

 嘘を教え続けるのにもやはり、もう無理が生じていた。




 自分の価値に不安を抱いていたルシアを唆し、ベンジャミンへの手紙を書かせ、神殿へと連れ出した。


 いよいよ『儀式』を行うことにしたシュナイダーだが、それは穴があり過ぎる計画──特に実際にギリギリだったのは、贄とする魔獣との対峙。


 シュナイダーはルシアの傍で、向かってくる魔獣に、自らを盾にしながら彼女を必死に守り、ベンジャミンが来るのを待たねばならなかった。核を打ち砕く程の術となると相応の素材が必要となる上、肉弾戦など彼に出来る筈もない。


 ベンジャミンが近くまで来ていることを確認してから術式を組んだものの、魔獣を呼び寄せるのが間に合わない方が痛手な為、発動を早くし過ぎたのだ。


 だが、ベンジャミンはすんでのところで間に合い、術は発動した。




「考えてみれば、無理ばかりの計画でした。 でも、上手くいったと思っていたのに」


 真実を知ったベンジャミンは勿論、シュナイダーを許さなかった。彼はベンジャミン自ら拷問にかけ、既に死亡している。

 ベンジャミンが自らそうしたのは怒りも当然あるが、それだけではない。シュナイダーが『儀式の再現』を試みていたことにある。


 シュナイダーの仮説はベンジャミンの信じてきたモノを覆す内容で、何度も危うく全てを吐かせる前に、殺してしまいそうになった。


 その拷問の最中に現れた者によって、ベンジャミンは思いもよらなかった更なる真実を知ることになる。




「──結論を言うとね、()()()()()()。 だが君は仮説から既に間違っていたのだよ。 そして、ベンジャミン。 それが君に()()()()()かはわからないけど、聞くかい?」


 男は美しい銀髪を揺らしながら、そう言って左右違う色の目を細めた。


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