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【電子書籍化】公爵令嬢はなにもしない。  作者: 砂臥 環


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26/35

㉖夜会では、なにもしない。

 

 夜会でルシアはとても目立っていた。


 スヴェンの元婚約者で、今日お披露目された新しい婚約者のレミリアと色違いのドレスを着用し、滅多に表に出ないガウェイン公爵家の『公爵代行』を名乗る凛々しい青年にエスコートされているのだから、目立たないわけがない。

 レミリアと色違いのドレスに『恥知らず』などと陰口を叩いた者は、ふたりの仲の良い様子を目にした上に『当の現婚約者(レミリア)が贈った』と知り、すぐに肩身の狭い思いをさせられることとなった。


「うふふふふ、他人の粗ばかりを探す人間って、嫌ねぇ」

「レミリア、未来の王子妃が、そんな悪い顔をしてはいけないわ」

「大丈夫よ、扇の裏だもの」


 夜会の主役であるふたりに挨拶と寿(ことほ)ぎの言葉をかける際、レミリアはルシアとあからさまに距離を縮めた。仲の良さアピールをしつつ、しているのはそんな会話。


「スヴェン様、ちゃんと手綱をお取りにならないと」

「いや、そんな彼女が好きなのでね。 君もそうだろう?」

「あら……じゃあ、私達ライバルですわね」

「……クライヴ卿、貴方こそちゃんと手綱を取ってくださらないと。 私の婚約者が取られてしまいそうだ」

「スヴェン殿下……お言葉をそっくりそのままお返し致します」

「あら、いつの間におふたりはそんなに仲良くなったんですの? 予めわかっていたら、おふたりもお揃いにしましたのに」


 冗談交じりの会話に、4人は笑う。

 会話の内容までは聞こえないにせよ、その仲の良い空気は否応なく周囲にも伝わっていた。


 それは勿論、国王陛下と、陛下の傍についている王太子殿下にも。




 宴の開始となる陛下からの祝福の言葉の最後に、スヴェンとレミリアだけでなく、ガウェイン公爵家のふたりの未来、ルシアとレミリアの友情により強く両家が結ばれたことを加え、寿いだ。


 華やかに開始された宴の主役は、第二王子殿下スヴェンとその婚約者レミリア。

 この国ではこういう場合、王は王宮ホールの一際高い位置にある玉座から、あまり動かない。ふたりが妃を伴っていないのはそれ故である。


 全体を見守りながら、和やかに会話をしているように見えるふたりだが、彼等にはある懸念があった。


「あの分ならば、心配することはないのでは……」

「私もそう思いたいが……──」

「──」




「──?」


 妙な視線を感じ、クライヴはフロアの全体を見回した。


「どうしたの?」

「いや……それより、」


「踊っていただけますか?」とクライヴは手を差し出した。はにかみながらダンスに誘う彼の手に自身の手を重ね、ルシアもはにかんだ。


 ストライプの円柱と紋様が刻まれた美しい壁、大きな格子の窓が整然と並ぶ背景を彩るのは、高い天井から連なる大小のシャンデリア。磨かれて光沢を放つ床がその光を映す中、華やかな衣装を身に纏った人々が、楽団が奏でる曲に合わせてくるくると踊る。


 主役であるスヴェンとレミリアに負けず劣らず、クライヴとルシアが踊る様も目を引いていた。


「ふふ」


 ダンスなど滅多にしなかったルシアだが、なんだか楽しくて笑う。クライヴのリードがなかなか上手いのも、その理由のひとつ。


「アナタ、踊れたのね?」

「必死で覚えた。 正直、剣術より大変だった」

「まあ」


 クライヴが踊れたことは、ルシアにとっては意外でもあった。騎士服以外で煌びやかな装いの彼も、そういえば初めて見た。

 ダンスをしながら眺める彼の顔は精悍で、整っている。既に口付けを交わしたというのに、こんなに間近でクライヴを見たのも初めてのような気分だ。


(綺麗な顔……)


 この人は、ずっと自分を想っていたのだろうか。

 それとも役割から抜け出せなかっただけなのか。


(きっと……なにかひとつに振り分けられるものでもないわね)


 自分がそうであるように──ルシアは、今抱いた……いや、認識した気持ちを大事にしてもいいのだ、と自分に言い聞かせた。


 胸の痛みを抱いて逝くのもまた、素敵だろう。


「──クライヴ、この後行きたいところがあるの。 連れて行ってくれる?」

「構わないが……この格好で?」

「ええ。 あの公園まで……夜のデートも素敵だと思わない?」

「夜は流石に危険だよ?」

「貴方がいるから怖くないわ。 剣は預けてあるのでしょう?」


 クライヴは常に剣を携えている。

 無論、王宮内での帯剣は許されないので預けてはあるが、今夜も持ってきている筈だ。


 ()()()()()()()()()()()()


 ルシアは確認の為、さりげなく会話に入れて尋ねた。




 場所やベンジャミンへの遠慮からか、クライヴはいつもどこか遠慮がちで、不必要に距離を詰めてくることはおろか、ふたりきりになりたがらない。


 これまでの行動や向けられる視線の熱や、空気に呑まれた感じでした口付け直後の様子を見る限り、好かれてるのは間違いないと思っていたのだが。


「いいよ……わかった」


 少し不安気な笑みを浮かべはしたものの、クライヴは了承した。


 なにか予感するものでもあるのか、と訝しんだ部分はないでもないが、そうだとしてもクライヴがなにかを知るとは思っていない。

 クライヴはベンジャミンに手紙を送ってはいたが、その返信で()()()()()()()()()までを、手紙なんかでクライヴに漏らすとはルシアには思えなかった。


 あの時駆け付けたのは、ベンジャミンだった──だからこそベンジャミンに対しては、少しだけクライヴよりもルシアの当たりが弱い。あの時のベンジャミンを思い出すことで、少しだけ傷を分け合えた気持ちになるから。


 そして、先に話しているとは到底思えない理由があった。


(知るわけがないわ。 だって、)


 ──神殿のある公園。


(知っていたら、あんな場所には連れていかない)


 場所は違うけれど、神殿は最もルシアが嫌いな場所だ。

 あの時、シュナイダーに連れて行かれた場所。




 相変わらずゆっくりと馬を走らせ、なるべく距離を取ろうとするクライヴに『もっと速く』とねだり、しがみついた。

 彼の体温を確かめるように。



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