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【電子書籍化】公爵令嬢はなにもしない。  作者: 砂臥 環


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㉕神に近いのは。

 

 シュナイダーは何度も『盟約の儀式』の再現を試みた。儀式の内容は流石に調べがつかないが、王家とガウェイン公爵家の関係性はわかっている。『神の声を聞く者』と『加護を受ける者』だ。


 だが、彼はそもそも『火の神』を信じてはいなかった。


『神の声を聞く者』が王であるのに対し、『加護を受ける者』がガウェイン公爵家の血を必要としない理由はなにか──それを考えると、()()()()()()()()()()


 研究や日々の中で知り得た、ガウェイン公爵家の神への忠誠や、献身というべき『当主を継ぐもの』の努力。王が誤った時に粛清できる立場となってはいるが、『盟約の儀式』さえ成功してしまえば、あとは国を潤し守る為に動くガウェイン公爵家は云わば、『信仰』という首輪を付けられた王家の犬だ。


 それは『神の加護』という割に、あまりに美しくない。

 統治に向いているのは王だとしても、()()()()のは、明らかにガウェイン公爵家当主の筈なのに。




『盟約の儀式』はその名の通り、『儀式』。

 この国で王が執り行う、ありとあらゆる儀式を調べた彼は、立てたある仮説の元に動いた。

 それは『王=魔術師』である、というもの。

 魔素を体内に取り込み、変化し活用することができないのが人間だが、『魔術師』は知識さえあれば、誰にでもなれる。

 必要なのは正確な魔法陣や術式と、魔素の含まれた素材。


(例えば、術式に予め鍵となる言葉を用意しておき、儀式の際にそれを口にすることが、発動の契機ならば──理論上は可能だ)


 しかし、人間と同様に魔素を体内に取り込めない小動物で試すも、上手くはいかず。

 伝説や伝記も調べたシュナイダーは、少しだけ発想を変えてみることにした。


 今までは『適切な用意をしても発動しない、鍵のかかった状態から、鍵を開け発動させる(術式の重ね掛け)』だったところを、『適切な用意のひとつに、文言も含まれる』──つまり、呪文に近いものを使用する、という発想に。


 件の店主の男が言った『術式の代わりに自身の魔素に言霊を篭めたもの』を呪文の定義だとするなら、それは呪文ではない。

 例え文言が術式だとしても、人間は魔素を取り入れて貯め込むことはできないのだから。


 故に、儀式に使用する素材を媒介としてみたものの、文言を術式に変化させるのには無理があった。予め術式を刻み、楽器にした素材を介し、音を鳴らすことで──なども試みたが、やはり上手くはいかない。()()()()()()()のだ。


(もっと直接的な、なにかなら)


『加護』──『力』の付与と『儀式』。


 行き詰まったシュナイダーは、最初から考え直すことにした。


『火の神』──そもそもこれはなんなのか。

 伝承によると、『火』は海底火山を指すと思われる。それによって作られた母なる大地──つまり、『火』の神とは『地』の神だ。


(儀式で火を? ……いや、どうかな)


 火が使われていたとしても、神を信じていないシュナイダーには、神の象徴に過ぎない気がした。

 儀式の重要な部分に関係するとは思えない。


『加護』の本質を考えると『戦場で軍に力を与える力』──『圧』と『威厳』だろうか。


(『火の神』の『加護』……いや、『地の神』の『加護』か。 そうした理由は?)


 単純にイメージのような気もするが、公にしていないことだ。当初王家がその役割だったのだから、なにかしらそう呼ぶ理由はあってもおかしくない。




 全く光明が見えない中、ジャンルと数だけが増えていく文献や書物。調べるのは嫌いではないが、「流石にこうも上手くいかないとウンザリするもんだな……」と、シュナイダーは溜息を吐いた。


(神の加護どころか、まるで呪いだな)


 そんな、脳内で大した意味もなく考えた自分の言葉に、彼はハッとなった。


「──……『呪い』?」


『力』を与える代わりに、魔獣の出る地に縛り付けられてしまった、ガウェイン公爵家当主。

 神への忠誠とは、盲目的ともいえる信仰心だが……それがなければ、まるで呪いのようだ。


「だから、教義が……神が必要だったのか?!」


 呪いだが、付与。高い信仰心を歴代()()()()()()()彼等がそれに疑問を抱くことはなく、破られることはない。


 呪いの為の術式は、儀式に用いるものとは大きく異なる。素材の使い方も。


 やってみると、そう難しいことではなかった。ただし、それは呪い──代償を必要とするもの。

 媒介は血……だから王が神官である必要があった。

 力の維持は、おそらく魔獣の血液。()()()歴代当主達は、総統だが前線にも出る。教義が変化したのもその為か。

 討伐する度に、補填される……あまりに合理的だ。


(ならば儀式の素材もきっと、贄の役割を果たしているのだ。 となると調べるのは全く別のものだったか)


 シュナイダーは仮説を裏付ける為に、公爵家から王家へ上納された魔獣の量と、使用や流通された量の差を調べた。それは閲覧の許可はいるものの、管轄が別な為、意外な程容易に行えた。


 災害があった年など、特殊な事情があった年以外に、突出して使用量が多い年──


「やはり……」


 ベンジャミンが、当主になった年だ。




 ──許せない。


 呪いを付与し、自分達だけ安全な場所に避難した上、搾取を続けている王家が。


(あまりに醜悪だ)


 王は、ガウェイン公爵家当主であるべきだ。

 それが、正しく、美しい。


 遡って調べられるところまで調べ、儀式に使用する素材の量はおおよその見当が付けられた。莫大な量だが、贄の()()()()()()、というのもある筈だ。


(贄として生きた魔獣を使えば)


 魔素がもっとも含まれているのは勿論、『核』の部分だ。次に血液。


 シュナイダーは魔導師の研究者仲間で『飼育されている鼠の魔獣化』を研究している者から、その失敗作である合成獣(キメラ)を買い取ることにした。

『魔獣の核のみを取り出し、再生させずに資源として活用する』研究は理論上可能なところまできているが、まず魔獣が獰猛過ぎて取り出せるわけがなく、机上の空論となっている。

 これらの研究が成功し、資源として魔素の多く含む核を比較的安全に取り出すことが可能になれば、王国は更なる発展を遂げるだろう。

 だが現状、合成獣の核は脆く、魔素が少ない。再生は非常に遅いものの、商品価値のある状態まで魔素の含有量を引き上げるには、まだそれ以上の魔素を含む素材を必要としていた。


 研究の進捗は芳しくなく、原材料となる素材費の捻出に頭を悩ませていた研究者は、喜んで譲ってくれた。


 素材としての二次使用は無理でも、呪いの為の贄として使う、この実験には最適な材料だ。




 そしてシュナイダーは実験を重ね、やがて成功を遂げる。


 ただ──これは計画の為の、実験に過ぎなかった。


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