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【電子書籍化】公爵令嬢はなにもしない。  作者: 砂臥 環


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24/35

㉔醜悪なパーツすら、

 

 シュナイダーがその計画を思い付いたきっかけとなる出来事──それは、王都のある貴族の邸宅で行われていた夜会で、別邸管理を行っている一家と会ったことからだった。


 早くから王都で過ごしてきたシュナイダーは、王都の方が馴染んでいるといってもいい。学があり、細身で戦場の臭いなどまるでしない彼は、大人しい容貌だがとても洗練されている。


 華やかな社交界に、本家の権力と美しい娘を使って一旗揚げたい彼等が、王都に住む分家のシュナイダーに目を付けない筈はなかった。当然顔見知りだ。

 彼にしてみれば迷惑この上ない話だが、それでも気付いたからには挨拶にいかねばならなかった。




 その貴族の邸宅には、夫人の友人という居候がいた。後に、ルシアの家庭教師となる女だ。


 女は淑女として名高く、歴史ある伯爵家の生まれで、年増だがそれなりに器量がいい。

 若い頃は所作も含めてとても美しく、学園での成績も上位だった。だが選民意識が強く、自分より劣る者をやんわりと貶める。それが男性だと余計にその傾向が強く、政略で子爵家へと嫁いだものの、上手く行かなかった。


 学園で得た知識など、進学して専門性を高めない限り、単体ではなんの意味も成さないことを女は身を以て知っていた。男児が生まれてしまえば、女は嫁ぐもの。特に旧家であった伯爵家は、新しい考えを取り入れることを嫌った。それでも女が学園に通えたのは、学問の修得などではなく、いい縁を得る為だった。女の思想はその中で歪んでいった。


 彼女は若い時分に、夜会でベンジャミンを見て、一目で恋に落ちた。

 ベンジャミンへの叶わぬ恋心を抱えたまま、親に『駄目な娘』の烙印を押され、不本意にも格下の冴えない男へ嫁いだ女だったが──夫が大人しい性格であるのに付け込み、閨を拒み続けた。

 やがて『子が生まれない』ことを理由に離縁となる。

 白い結婚だったのにこういうかたちになったのは、男の方も早く、なるべく円満に離縁したかったからだ。女はベンジャミンの妻が死んだと聞いていたので、兎に角早く離縁したかった。


 被害者面をして戻った女だが、伯爵家にはいられない。学園で得たコネクションを利用して伯爵家を出奔し、家庭教師や講師として生活を送りながら、ベンジャミンに近付く算段を整えていた。




 シュナイダーにしてみれば、友人に呼ばれた夜会で、たまたま親族である分家の当主と会っただけだった。

 夜会の主催者(ホスト)である貴族の夫人が、彼女を別邸管理の当主に紹介する際、そこにいたのも全くの偶然だが──女のことはシュナイダーも知っていた。優秀である彼女は、学園で臨時講師を務めることもあったから。



 女は当初、幼いルシアを取り込むつもりでいた。とにかく離縁したくて受けた『石女(うまずめ)』という汚名や、どこかの爺の後妻として嫁がされることを恐れた故の出奔だが、そのせいで妻の座に収まることは難しい。だが愛娘が懐いたならば、親しくなれるチャンスはある。

 それに、ルシアの髪と瞳の色はベンジャミン譲りだ。愛せないこともない気がした。


(醜悪だな)


 詳細は知らないまでも、女のベンジャミンに近付きたい思惑が透けて見える。シュナイダーは愛想良く挨拶をしながらも、人知れず眉を寄せた。女だけでなく、分不相応にも本家の威光と娘を使い、社交界に打って出ようとする分家当主にも。


 シュナイダーもまた、ベンジャミンに惹かれ、憧れていた。


 幼い頃に見た、魔獣討伐の兵を率いた彼の雄々しく、凛々しい姿に。

 婚姻のパレードで領民達に見せた、美しい隣国の姫を伴った、煌びやかな姿に。


 どちらも、まだ青年に満たなかったシュナイダーの心を、強く掴んだ。


 素晴らしく、均整がとれていた。

 数式や術式のように、無味乾燥なものではなく、昆虫のように合理的な進化でもない。

 不完全で歪な、人であること。 それが完成された美を作っていた。軍や奥方によって色を変える、圧倒的な美を。


 愛娘であるルシアのことは、まだ見たことがないが、ふたりの娘だ。それこそ愛せない筈などない。


 ただ、娘なのが気になっていた。




 分家が行っているのは領地の経営管理と、それぞれに与えられた邸宅の管理。

 配備された公爵家の軍は、管理を任される場合もあるが、一部しか任されない場合もあった。

 軍とは武力であり、特に魔獣相手というその任の特殊性から、ホーエンハイムのように優秀な部下に任せることもしばしばあった。

 もっともホーエンハイム家当主であるミシェルの場合は、ベンジャミンの右腕という立場や家の歴史から、隊に留まって指示するのはまだ年の若い長男──それが分家を付け上がらせた理由のひとつだ。


 つまり、分家であろうとも、騎士として身を捧げない限りはガウェイン公爵家の本質には触れることはない。そして一部は伏されている。


 だがシュナイダーは、『分家』の『魔術師』で『研究者』という側面からそれに近付き、ほぼ答えなどわかっていた。

 そもそもが隠し通せるものでもない。レミリア達が答えに行き着かなかったのは、正面から真っ当に動き過ぎたから。それだけのことだ。


 利用しようとすれば消されるから、公にする意味がなく、故に公になることもないだけの話ではある。仮に公になったとしても、神が関与しているので災いが起こるのだ。起こすのが仮令人間で、それが人為的なものであったとしても。

 要は、王家と公爵家の繋がりが強固である限りは、触れても意味のない血が流れるだけのことに過ぎない。


 勿論、シュナイダーが調べたのも、それを公にすることが目的ではない。そんな美しくない目的の為に、彼の情熱は傾かないのだ。


 彼の研究していることは魔獣の魔力や神の加護──その真理に魔術は()()()()()()()()()


 彼は、当主の娘であるルシアにも、ずっと興味を抱いていた。


 ガウェイン公爵家の当主が代々男であることは、研究などしてなくても系譜を辿ればすぐわかる。

 地の為、国の為に、必ず当主は男を生ませていた──というよりは、生まれてくるのは今まで全て、男だった。複数生まれたり、なかなか生まれず妾をとった記録はあっても、女が生まれた記録はない。


(閣下はどうなさるおつもりだろう)


 現に今、嫡子が女であることで、くだらぬ輩のくだらぬ思惑に、巻き込まれようとしている。


(……早く研究を進めなければ。 これは、チャンスだ)


 それぞれの思惑が、途中で破綻することなど目に見えているが、これは()()()()()──シュナイダーは、運命を感じていた。


 歪でくだらない彼等のすることすら、美しいひとつの図案を描く為に存在する、そんな気がして。




ご高覧ありがとうございます。

間違えて投稿しちゃったんですが、もうこのままでいきます……


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