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【電子書籍化】公爵令嬢はなにもしない。  作者: 砂臥 環


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23/35

㉓望みを叶えてくれる魔法。

 

「お待ちしておりました。 美しいお嬢様」


 なにもかもわかっていた様子で、店主の男はにこやかにルシアをソファへと促す。ルシアは愛想笑いを浮かべることも無く、無表情のまま、それに従った。


 座るや否や、既に手元に用意していた小瓶をローテーブルに置く。


「どんな『魔法』をお望みです?」という男の言葉にルシアはようやく頬を緩め、ふっと笑った。


「どんな『魔法』ができるのかしら?」

「貴女のお望みに合わせて……やり直しでも、新しい出発(たびだち)でも」


 男の紡ぐ言葉は柔らかく、妖しい真実味を帯びていた。それにルシアは浸るように、暫し瞼を閉じて想像する。


 ──なにもかもやり直し、なにもなく過ごした未来(いま)を。


「……夢みたいね」


 ルシアはうっとりと呟き、長い夢から目を覚ましたように、望みを告げた。




「──もう終わったの?」

「ええ、ありがとう。 レミリア」


 レミリアがそう言ったように、ルシアが戻るのは思った以上に早かった。だがルシアはとてもスッキリした顔をしている。


 馬車に乗り込んだルシアは、レミリアに甘えるようにそっと寄りかかった。


「あら、どうしたの?」

「ふふ、今のうちに甘えておこうと思って。 もうすぐお別れだから」

「……」


 レミリアは、肩に凭れたルシアの頭をそっと撫でる。ルシアには母の記憶はないけれど、もしも母がせめてもう少し長く生きていたなら、こんな記憶もあったのかもしれない。


「お別れだなんて……また王都に来ればいいわ? 理由なんて要らないのよ、だって、友達じゃない。 ずっと、これからも」

「……そうね、そうだったわね」


 ルシアは長い睫毛をそっと伏せ、祈った。


 ──どうか、レミリアに幸多からんことを。




 ルシアは帰る日程をきちんと定めたわけではなかった。これからクライヴと相談をするつもりだと知り、レミリアは夜会に誘うことにした。


 この夜会で、レミリアはスヴェンの婚約者として正式に発表される。


 その通知は既にガウェイン公爵家にも届いているが、ルシアが元婚約者であることや、元々不参加が許されている存在であることから、祝いの品が届くぐらいだろう。


 そこまでは一緒にいて、是非クライヴと参加して欲しい……とレミリアはルシアに告げた。


「ルシアが私達にとって大切な友人であることを、陛下の御前で周囲に知らしめれば、これから先、ずっと会いやすくなるもの」


 元々こうならなくても、ルシアはこの夜会に参加させるつもりでいた。なのでルシアの手持ちのドレスから採寸し、この日のために、レミリアと対になるようなドレスを用意しておいたのだという。


 ルシアはそれを聞いて、おもわず吹き出した。


「アナタと私がお揃い? 酷い冗談ね」


 確かに婚約の円満解消と、レミリアとルシアの仲の良さはアピール出来るが……そもそも婚約発表の場。そこはスヴェンと合わせるところだろう。

『政略的な部分の懸念も払拭できる』と胸を張るレミリアだが、あまりに突飛だ。


「仲良くなれなかったらどうしたの?」

「そんなこと、微塵も考えなかったわ。 だって、仲良くなりたかったのだもの」


「そんなだから『アナタは主人公(ヒロイン)だ』と言うのよ」と笑いながら、ルシアはそれを最後の日にすることにした。




 それから暫く雨の日が続いたこともあり、ルシアは以前より穏やかな気持ちで、邸内をのんびりと過ごした。


 レミリアが王宮に用事で出掛けたある日、ルシアはローズメリアにお勧めの小説を持ってきて貰うことにした。


「──あら、ローズメリア。 それ」

「うふふ。 少し糸を足してネックレスにしてみました! ブレスレットだと、仕事の邪魔になるので」


 ローズメリアは三人お揃いで買ったブレスレットを加工し、ネックレスとして身に着けていた。「おふたりとお揃いが嬉しかったから、ずっと身に着けたくて」とはにかむローズメリアに、ルシアは出かかっていた『それもうお揃いじゃないのでは』という言葉を呑み込む。


「あっ、この間話した小説も持ってきたんですよ! お読みになりますか?」

「う~ん……それは、いいわ。 私には合わなさそう」

「面白かったですよ?」


 ローズメリアは目をぱちくりしながら、他を探しつつ『ファンタジー要素が嫌なのか』とルシアに尋ねた。


「嫌なわけじゃなくて、共感できないのよ。 だって……そこにいるのは本当に同じ人なのか、疑問だもの」

「?? どういうことですか?」

「ローズメリアが過去どうしてもやりたいことがあって、過去に戻るじゃない? それでレミリアとの出会いが無くなってしまったとして……その後会ったレミリアは、少なくとも『ローズメリアと一定期間過ごしたレミリア』ではないのよ。 それは同じ人と言えるの?」

「? ……?? ……?! ……あ、ああ!」


 ローズメリアは時間をかけて反芻し、意味がようやく呑み込めた様子だ。


「あ~成程、そんなこと思いつきもしませんでした……お嬢様凄いです!!」


 ルシアはローズメリアの謎の賞賛を「ありがとう」と笑って、素直に受け取った。


「そんな中で、時が戻ってひとり記憶があるなんて、きっと孤独だと思わない?」

「う~ん、言われてみればそうかもしれませんね~」


 そう、それはきっと孤独だ。

 だから、ルシアはそんなこと願っていない。



 なにもかもやり直し、なにもなく過ごした未来(いま)を、あの店でルシアは想像した。


 それは幸せで──()()()()()()()未来。

 仮に男が言葉通り、そんな魔法を使えるとしても。



 だって、それはルシアの知っている皆ではない。

 苦しみを経た、いや、今も苦しんでいる彼等こそ、ルシアの愛するクライヴとベンジャミンだ。向けてくれた愛情を、していた努力を──全てじゃないにせよ、ルシアは知っている。彼等の培ってきたものがあって、彼等は彼等なのだ。


 許せない思いとは矛盾するようだが、それは違う。許すことができなくなったのは、タイミングを逸してしまったから……それは嫌われたくなくて拒絶してしまったことに起因し、今もずっとそうなだけだ。


 許せないことがずっと苦しいのは。

 嫌われるのが怖いのは。

 行動の矛盾は。

 根底に愛情と、それを欲する気持ちが存在する。




 クライヴは夜会に出る為、質の良い既製品を身体に合わせて直すこととなった。意外にも『緊張する』と零すクライヴに、ルシアは揶揄うように言う。


「緊張する程のことでもないわ」

「いや、するさ。 君のパートナーだ……」


 瞠目するルシアが不思議で、クライヴは「なに?」と尋ねた。


「……『公爵代理』という立場かと思っていたから」

「はは、そうだな。 それもあるかな。 でもそれも、君の隣にいる為だから……」


 ──薄々気が付いてはいた事実に、背筋が凍りつく。


 きっと、そもそも彼は、自分の婚約者だったのだ。


(じゃあなんで……王宮に行くのを止めてくれなかったの?)


 自分で決めたことなのに、そう詰りたかった。



 だって、いつもそうだ。

 クライヴもベンジャミンも、大事なことをなにも話してくれない。

 話してくれれば、あんなことにはならなかったのに。

 ずっと信じていられたのに。



 シュナイダーは好きだったけれど、クライヴやベンジャミンはルシアにとって、もっと大切な存在だった。だからこそ、シュナイダーにそこを突かれたのだ。


 幼く、無力で愚かな自分が悪い──そう悔やみながら、ふたりを責め続ける、日々。


 拗ねる子供と同じように、いつだってそれをわかって、踏み込んで欲しかった。こんなに拗れてしまう前に。



(でも、もう()()()



 ──ルシアの望みは、やり直すことなんかじゃない。


 その世界では、レミリアと友情を育むこともないし、ローズメリアと出会うこともないだろう。出会ったとしても、友情を育んだとしても、それはやはり全く別物だ。


 そんな世界では、ルシアただ一人だけ、本当に取り残されてしまう。

『やり直す』ということは、()()()()()()()()()()()()のだから。


 魔道具屋の店主の男が、どこまで、なにを出来るのかによって、注文は変えるつもりだった。


(彼は私の望み通りのものをくれたわ。 本当に魔法使いなのかもしれないわね)


 決意を固めたルシアが戻ったあと、スッキリした面持ちだったのは、葛藤していたことへの、憂いがなくなったからだ。




 ルシアは全てをぶちまけて、クライヴを傷付けたあとで、この世界から()()()消えてしまうことにした。


 クライヴがどれだけ傷付いたところで、ルシアへの記憶や想いがなくなってしまえば、問題はない。


 本当はあてつけに死んでやり、自分の存在を心に刻んでやろうと思っていたのだが……躊躇いはずっとあった。


 とても魅力的だが、悲しいことにそれでは自分への愛が強い程、彼が不幸になるのだ。

 いくら下がらない溜飲も、死んだら終わりだ。傷付けてはやりたいけれど、生きていればこそ。死んだ後まで持ち越す意味なんかない。




 クライヴを傷付け、自分に向けられた愛を確認したあとで、なにもかも遺さずただ消えてしまえるなら──それはなんて素敵だろう。



「完成が楽しみね。 きっと、とても似合うわ」


 ふたりきりになったほんの僅かな時間に、初めての口付けを交わす。


 クライヴの身体からは、仄かにあの香の匂いがした。











いわゆる『テセウスの船』問題。


こんなこと書いてるけど、ループものは大好き。


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