⑮素敵な魔道具屋。
「……許さなくていいの?」
「え、だって……許せないんですよね?」
「でも、悪くないってわかってるのよ」
「そんなのあります? きっと、悪気はなくても悪かったんです!」
妙にハッキリと断じたローズメリアは、困惑するルシアを気にせず、興奮気味に話を続けた。
それは、ローズメリアが今読んでいる小説。
なんでもそれに出てくる主人公は仲の良い姉の婚約者に恋をしてしまうそうで、それを思い出していたとのこと。
「姉が婚約者の愚痴や惚気を言う度、主人公は葛藤するんですよ!」
「……」
姉は悪くないけれど、姉の口から彼の話など聞きたくはない。だが主人公は姉の優しい妹でいたい、という気持ちから苦しむらしい。
「も~! 読んでるこっちがイライラするんですよ~! 姉にハッキリ言ってしまえば良いんです!! 『婚約者が好きだ』とまでは言わなくても、『聞きたくないって』! 許せないなら言わないと駄目ですよ。 なにが悪いかわからなきゃ、向こうだって謝りようがないじゃないですか。 悲劇のヒロインぶってて狡いです!」
イライラするなら、何故読むのだろう……とちょっぴり思いつつも、ローズメリアの言うことはもっともであり、とても苦かった。
だけど、悲劇のヒロインぶってるわけじゃない。
素直になるのは怖いし、やり方も忘れてしまった。
第一なにを言ったらいいのかわからない。
(嫌だと思ったことを言う? 今更?)
拒絶し続けるのが正しいなんて、ルシアも思ってはいない。だが、ぶつけて傷付けるのも、言い訳に聞こえるなにかを聞くのも、嫌だった。
時間が癒してくれるなんて嘘だ。
違うかたちで、拗れてしまっただけ。
俄に話と自分を重ねたルシアは、主人公はどうやってそれを解決するのかが気になって尋ねた。
「……それ、結局どうなるの?」
「ウッカリ川に足を滑らし、死んだと思っていたら、目が覚めると、姉の婚約が決まるより前に時間が遡っているんです!」
「あら……」
……ガッカリな内容だった。
時間が遡るとか、ない。
大体にして一度死ぬような目に合わなければならないという。
「ローズメリアの好む小説は、唐突に入ってくる謎の現象や魔法に助けられることが多い気がするわ……」
誰かに憑依したり、知らない間に転生していたり、異世界から勇者を召喚してみたり。
ルシアは『なんで?』の部分が気になってしまうのだが、そういうものだと思えるなら、それも面白いのかもしれない。
ルシアに宛てがわれた部屋。
いつの間にかちゃっかり交ざっていたレミリアと、いつの間にか流れで魔法の話になった。女性の話はコロコロ変わるのだ。
「小説に出てくる魔法って、どういう構造なのかしら?」
「わからないけど、ルシアちゃんにファンタジーが向いてないのはわかったわ」
「魔法といえば、昨日行ったお店の近くに、素敵な魔道具屋さんが出来たみたいですよ!」
魔法というもの自体は存在する。この国における定義は、『体内の魔素を変換させること』──魔獣が自分の毛を毒針に変えたりすることなどが『魔法』だ。
それに似たかたちで、魔法陣などを使った『魔術』の使用はできるが、源となる魔素を体内に貯めることができない人間には使えない。この源となる魔素こそ、魔獣の資源のひとつであり、照明などの動力源にすることができる。
この魔獣などから採った骨や皮などの動力源を、なにかに利用する為に必要なのが魔術。その術式が施されているものが『魔道具』だ。
魔道具の流通は行われているが、その効果は照明と同様に『暗いところで光る』とか単純なものである。術式は施されておらず、一部に魔獣の骨や皮などを使ったものも、しばしば『魔道具』と呼ばれる。後付けられた効果は、おまじない程度だが。
神殿にある魔法陣のように、大掛かりな効果をもたらすには、相応の規模の術式と魔素が必要になる。そもそも細かいものにはまず無理なのだ。
ローズメリアの言う『魔道具屋さん』は『素敵な』と頭についていることから、美しく妖しい装飾の雑貨屋であると推測される。置いてあるのはアクセサリーや香水瓶などの小物や、大きな物でもランプなどの照明器具や花瓶くらいのものだろう。
「行ってみましょ?」
「……これから?」
レミリアがクライヴと自分を近づけようとしていることはすぐわかった。
護衛であるクライヴとは、屋敷に篭れば目に入れるのすら拒むことのできる環境下だ。だがそれでは公爵家に戻るのと、あまり変わりがない。
「ルシアちゃん、一緒にいるうちに沢山出掛けましょうよ」
迷っているルシアを後押しするように、優しくレミリアは言った。公爵家と違うのは、王都という環境と、彼女がいることだろう。
クライヴとは一緒にいたくない。
だけど──
(少しだけ……どうせ今だけだもの)
公爵家よりは、きっと今の方が。
ローズメリアの案内で、ふたりは魔道具屋に向かった。
勿論護衛であるクライヴは、付かず離れず、という距離をとっている。
クライヴの視線を気にしながらも、何気なく気を配るレミリアと何も気にしていないローズメリアに救われるかたちで、ルシアも昨日と同様に、華やかな王都の街に心を弾ませる。
「あ、ここですよ~」
ローズメリアが言った通り、店は昨日散策していたあたりの少し裏手にあった。
繋がった煉瓦造りの建物だ。変わり映えしない入口をそれぞれ看板や装飾で飾り、主張している店ばかりの中、あるのは半分閉じた観音開きの扉に木製の小さな看板。開いた側には、鉄製のような素材を用い繊細な加工で美しく作られた、月と星と、梟をモチーフにしたオーナメントが風に揺れてシャラシャラと音を立てている。『魔道具屋』である。鉄製に見えるが、おそらくは魔獣の鱗かなにかだろう。
外観は地味だが、オーナメントでもわかるように、店内には女性の好みそうな美しい雑貨や小瓶がところ狭しと並んでいる。
だが何故か客はおらず、客どころか店主の姿も見えない。
「……入っていいのかしら?」
「奥にいるんじゃないですかね……」
若干店内が薄暗いこともあり、「ごめんください……」とやや躊躇いがちに挨拶をしながら足を踏み入れるも、一旦入ってしまうと商品の美しさに気持ちは上がった。
「素敵……!」
「──おや、いらっしゃいませ」
やはり奥にいたらしい。声のした方に視線をやると、隅に置かれている硝子の間仕切の裏から、店主らしき人がゆっくりと出てきた。
「「「!」」」
異国のものであろう、柔らかいガウンのような服を着た店主は、服以上に中性的な美しい容貌をしていた。
それはローズメリアだけでなく、夜会で着飾ると『美しい』と呼ばれるくらいのルシアやレミリアまで、おもわず息を呑む程。
流れるような銀髪に、金と青のオッドアイ……声から察するに男性だが、この店の美しく妖しい雰囲気が、彼がいるだけで更に濃く感じられる。
「あの……お店、やってました?」
「ええ。 お嬢様方が来るので貸切に」
「ええッ?!」
ローズメリアが驚くと、店主は「冗談ですよ」とクスクス笑う。
「ゆっくり見ていってくださいね」
思いの外、人懐っこい笑顔を向けた店主になんとなく安心したのか、レミリアとローズメリアは美しい雑貨に話と胸を弾ませながら、商品を手に取ってはしゃいでいる。
ルシアはふたりや商品を見るでもなく見ながら、ゆっくりと移動し、クライヴを確認するようにチラリと窓の外を見た。
「──お嬢様、窓の外が気になりますか?」




