⑭二度目の再会。
翌日の侯爵邸──
「公爵家から暫くの間、アナタの護衛としてお預かりしたクライヴ・ホーエンハイム卿よ」
「──」
その紹介に、ルシアは絶句した。
──昨日のことは、レミリアとルシアの仲を更に深める結果となった。
あのあとすぐ目を覚ましたルシアに、レミリアはまず何気無い遣り取りを行うと、温かいココアをローズメリアに持ってこさせた。
会話を始めたのはそれを彼女に渡し、少し落ち着いてからだ。
「あのひと……私を運んだ人は?」
「ホーエンハイム卿なら王宮よ」
ルシアはレミリアとクライヴのこれまでの経緯を知らない。
レミリアは説明をしようとして、自分がそれなりに長い期間を経てルシアに情を寄せ、あまりにも短い間で彼女に惹かれたことを自覚した。
クライヴがいち早くルシアを迎えにきたことや、なのに、無理矢理連れ帰る気はないことなど、掻い摘んで経緯を話す。
『嘘を吐くのは悪手だが、全てを言う必要はない』……立場が変わると途端にそう思っている自分に苦々しい気持ちになりながらも、淡々と。
その間ルシアはなにも言わず黙っていた。
レミリアの説明が一通り終わったと見ると、小さく溜息を吐き、口を開く。
「……ありがとう、レミリア。 明日……帰るわ」
──なのに帰らなかったのは、レミリアが泣きながら声を荒らげ「帰らないで」と止めたからだ。
今までレミリアの行動が逸していたのは、彼女が傲慢だったというよりは、高揚していた、という部分が強い──自覚していなかっただけで、ずっとレミリアはルシアと仲良くなりたかった。
ルシアとは比べ物にならないかもしれないが、レミリアもまた孤独だった。同世代の同性の友人は、身の振り方を自分の中で定めた頃までなく、その後できた友人も常に心の裏や、本人以外の思惑を考えねばならなかった。それもある種の正しさだが、本来の彼女の性質には向いていない。それに蓋をして一線を引いてきた。心から慕ってくれる者は、ローズメリアのように庇護下に置いた者だけ。だからルシアのことも、無意識下でそうしなければと思っていた。仲良くなる方法が、それ以外わからなかったのだ。
結局のところ、ルシアは残ることにした。
普段すましたレミリアに、みっともなく泣きながら「私、もっとアナタと仲良くなりたい」等と言われて心が動かない筈がない。また諦めて元に戻るところが、少し延びただけだとしても。
過去のことについてはそれ以上、どちらも話すことはなく一旦有耶無耶になっていた。だが、レミリアはもう特に聞く気はない。
みっともなく自分を晒したことで、自分にできることがあるならそれは別だった……とそう思えた。過去のなにかにこだわるのは、ルシアの為ではなく自分の為だったのだから。
──そして今に至る。
「どういうことなの?」
クライヴから離れた場所までレミリアを引っ張り、ルシアはそう凄んだ。
明らかに怒っていたが、可愛いものだ。そこにあるのは、背筋が凍りつくような冷たい怒りでもなければ、焼けつくような憤りでもない。レミリアはシレッと返した。
「あの方がそう志願したから。 『公爵代行』のそんなお願いよ? 断れるわけないわ」
「……!」
ふっと溜息を吐き、眉を下げて微笑んだあと、レミリアは続ける。
「……特殊な立場だけど、特別扱いもしないの。 傍にはいるけどただの護衛よ。 食事も寝る場所も別。 ……それでも嫌?」
「……私は……」
ルシアはそこまで言うと唇を噛み締めた。
自分にぷいっと背を向け、ローズメリアを連れて用意した部屋へと戻っていく彼女に、レミリアは小さく肩を竦める。
「これはなかなか前途多難そうね……」
そう呟きながら、クライヴのところまで戻りつつ、苦笑を向けた。
「そもそも、護衛が本当に必要となるようなことがあったら困るのですけれど……どうなさるおつもり?」
「……少しずつ、物理的に距離を近付けられたら、と。 話すのは慣れてからですかね。 警戒されるので」
「……野生動物の捕獲みたいですわね」
「ええ、事実そんな感じですよ。 公爵家では幻獣みたいな存在でした……いるのに会えないし、滅多に姿を見せてはくれない」
レミリアの冗談に、クライヴは少し遠い目をしてそう言うと「喋り過ぎました」と今度は彼が苦笑する。
「……卿は、いえ、おふたりは、帰らないわけには行かないのでしょう?」
「ええ、残念ながら」
どのみち、ルシアもここにずっと世話にはなれない。おそらくクライヴと共に帰ることになるだろう。
そんなレミリアの気持ちを見透かしたようにクライヴは微笑み、頭を下げた。
「……短い期間ですが、その時はきっと笑顔で去れるように。 その機会をくださったこと感謝しております」
ルシアは部屋に戻りながら、昨日レミリアから経緯を聞いていた時のことを思い出していた。
『ルシアが居たいならいいけれど、そうでないと思ったなら連れ帰る』とクライヴが言ったことや、『会いたくなさそうだと知ると、その気持ちを優先させた』と説明したあたりで、レミリアが何気なくポロリと零した言葉を。
『大事にされているのね』
その時ルシアはそれに一瞬眉を寄せ、ココアの入ったカップを強く握っていた。
ふたりの間にはなにか誤解があるようだ、と思っていたレミリアは、それを特に不思議とは感じなかったようだ。『信じられないのだろう』……そう、思っていたから。
(……大事に?)
だが、そうではなかった。
(──そう……そうなのよね。 わかっているわ)
そんなことはルシアだってわかっている。
わかってはいるのだ。
──なのに、ずっと許せない。
許せないで、責める気持ちから逃れられなくて、ずっと苦しい。
あのひとは悪くない。でも許せない。
カップを持つ冷たい指先が、熱に触れて痺れるように、ココアよりもドロっとして黒く、熱いもので脳が痺れる気がした。
「……ねぇ、ローズメリア?」
「はい、ルシアお嬢様!」
ローズメリアはレミリアのように深くは考えておらず、昨日のこともあまり気にかけていないように見えた。
話し掛けると元気よく返事をする。
「相手は悪くないとわかっていても許せないとき、アナタはどうする?」
「?? ……相手は悪くないんですよね?」
「ええ」
「でも……許せないんですよね?」
「そうね」
暫く考えたあと、ローズメリアは言った。
「じゃあ、許さなくていいんじゃないでしょうか!」




