⑪はしゃぐお嬢様方と、
「ルシアお姉様、レミリアお姉様! これも素敵ですよ!!」
一緒に連れ出したローズメリアは、最初は萎縮していたものの、既に少女らしくはしゃいでいる。
くだけて話し過ぎると田舎なまりがでてしまう一番年下の彼女の為に『お姉様』と呼ばせ、普段通りの口調で話させることにしていた。
『お姉様』と呼ばれ、満更ではない顔をしているルシアに、レミリアは微笑む。
「『お姉様』って新鮮じゃない? 私も末っ子だからそう思うのだけど、どう?」
「あら……レミリアさんも末っ子なの?」
「意外だった?」
「そうね。 でもアナタは全部が意外だったわ」
「ふふ、お褒めの言葉として受け取っておくわね。 それよりホラ、ローズメリアがなにか言っているわ」
「……彼女の扱いは随分雑なのね」
「え?」
ローズメリアの方を見ていたレミリアが、思いもよらぬ非難がましい言葉に振り向くと、ルシアは不満げな表情。
目が合うとすぐ顔を逸らしたその頬に、さっと赤味が差す。
「──アナタってとても狡い人だわ、レミリア。 ローズメリアが教えてくれた小説の一冊に出てくる、主人公みたい」
「…………あら」
彼女を見ずにそう言うと、ルシアはレミリアに背を向けて、小物を見ているローズメリアの方へ行ってしまった。
(思っていたよりも、好感を抱いてくれたのね……?)
早々にルシアと打ち解けた様子のローズメリアに、ちょっぴり嫉妬してしまったレミリアは、ルシアの遠回しな言葉が純粋に嬉しかった。
小物を見ながら肩を寄せるルシアとローズメリアに小走りで近付くと、その左腕と右腕を取る。驚いて小さく声をあげたふたりに、悪戯が成功した子供のような顔で笑った。
「ふふっ! ……ねぇ、ローズメリア。 私がヒロインならルシアちゃんはツンデレヒロインよね?」
「?!」
「……そうですねっ! レミリアお姉様はスタンダードヒロイン、ルシアお姉様はツンデレです!!」
数秒まじまじとルシアを見てから何度も頷くローズメリアは、レミリアの言葉に完全に同意の様子──だが、ルシアはその意味がわからず置いてけぼりだ。
(『ツンデレ』? ……ってなに?!)
「流石おじょ……ねえさまです! 言われてみれば……」
「そうでしょ~?」
「ねぇ……『ツンデレ』ってなに? どういう意味なの?」
「「……」」
「──あ、これ可愛いわね」
「これをお揃いにしたら如何ですか?」
「ちょっと?!」
「いいわね、丁度三色あるし」
「どういう意味か教えなさい!」
「え、私も頂けるんですか?!」
「『ツンデレ』ってなんなのよ?!」
ローズメリアという年下の、警戒心を抱き難い娘がいたことで、ルシアはすっかりレミリアが強引に作った筈の空気に馴染んでしまったようだ。
ルシアがローズメリアに語らせたのは小説の内容だけではない。レミリアについてもだ。
彼女は喜んで自身が侯爵家に来たいきさつや、レミリアのあれこれについて語った。レミリアがローズメリアに対して雑なのは、田舎から出て貴族社会に馴染んでいない彼女が気を張りすぎないように、という気遣いであることは直ぐにルシアも察することができた。
これに対してはレミリアは全く意図していなかったことだが、ローズメリアがいたことで、ルシアのレミリアに抱きつつあった面映ゆいような気持ちも、更に深まっていた。
──こんな光景を見せられては、クライヴも彼等を信じない訳にはいかない。
兄である王太子には既に王太子妃と息子がおり、比較的自由な立場にいるスヴェンだが、さすがに突然市井に出ることは許されなかった。
スヴェンの代わりに付けられたフレデリックと共に、遠目でルシアの様子を確認していたクライヴは、複雑な気持ちに胸を締め付けられていた。
(あんなルシアを見たのはいつぶりだろう)
本当に嬉しい……それは嘘偽りのない気持ちだ。だが、本来彼女の笑顔を引き出す役目は自分にあった。
自身の不甲斐なさへの憤り、どうすれば良かったのか、という意味のない自問──そして、嫉妬。
あまりにもくだらなくて、情けない気持ちに眩暈がしそうになる。
「──ホーエンハイム卿、ご事情はわかりませんが……王宮で拝見したガウェイン公爵令嬢も、あのようではございませんでした。 ハーグナー侯爵令嬢とも関わろうとはなさいませんでしたが、お立場のこともあったのでしょう」
やんわりと『女性同士だから』という慰めの言葉を、フレデリックは言う。
スヴェンやレミリアに『大切』という言葉だけでハッキリと告げなくても、フレデリックのように話を聞いていない人間でも、クライヴのルシアへの想いはわかってしまうくらいに、その気持ちは隠せていない。
本当に伝えたい相手には、届かないのに。
重ねた研鑽も、身に付けた所作も、全てが彼女の為だった……などという無責任なことは言わない。けれど、根底にあった『相応しくありたい』という気持ちは覆せない。それが徒労に終わりかけた婚約が成立した時ですら、『当主の責を肩代わりするのだ』と、自分に言い聞かせたことも。
──なのに、これだけしても。
(いや、違う……何も出来なかったじゃないか……)
ルシアを想うからこそしてきたことは、あまりにも意味がなかった。だが、他に何が出来たというのか……そう思っていた自分に、今でもどこかでそういう気持ちを持っていた自分に、クライヴは吐き気がした。
それは傲慢であり、正面から向き合えない弱さを正当化した、ただの欺瞞ではなかったか──そう感じて。
しかし、彼がやってきたことは『自分の方がルシアを拠り所にしていただけ』と断ずるにはあまりにも過酷であり、また、彼の立場的に『ルシアの為』になにかをしようとするなら、それらは正しくもあった。
それでも、ルシアを笑顔には出来なかったのも事実だ。
(……俺にできることは)
割り切れず、まとまらない気持ちの中でも、クライヴは今までと違うことをしなければならない、と漠然と感じていた。
「卿、そろそろ……」
「ええ」
確認は充分にできた。
どうあれルシアへの想いの深く、大切な部分は変わりがないのだ。行動を間違えてしまったなら、もう間違えたくはない。
クライヴはルシアを眺めながら、握った拳に力を入れた。
どう動くべきで、なにをすべきか……そしてきっと、なにがしたいかを考えなければならない。
「──!?」
その時だった。
「ホーエンハイム卿?!」
クライヴは猛然と、ルシアの元へと駆け出した。
それは第二王子の側近であるフレデリックが、反応できない程の速さ。もしものときの為にここにいるフレデリックは、クライヴに幾ばくかの同情をしても、油断なんてしていなかった筈だったのに。
(疾い!! だが──)
──『どうして』というフレデリックの疑問は直ぐに解けた。
物凄い速さで人の隙間を駆け抜けたクライヴの先には──男に腕を取られ、逃れようとするルシアの姿。
「嫌っ……」
「──ッルシア!!」




