事前調査員
白いワンボックスに二人の男女が座っていた。
運転席に座る男はくたびれたスーツを着た30代ほどの中年、顎にいくらか剃り残したひげが点在しており服装と相まってだらしない印象がある。ちらちらと腕時計を見ながら煙草をふかし外の様子を気にしているようであった。
助手席には高校生か大学生くらいだろう少女が座っていた。髪型はポニーテールで耳にワイヤレスイヤホンを付けてスマホで動画を眺めている。
場所は住宅街。
時折、犬の散歩をする付近の住人が普段見ない県外ナンバーのワンボックスを不審そうな目で眺めていく。
「前回と同じく見たものを声に出しながらカメラ撮影するんだ。いいな?」
男が言った。
言いながら家庭用のハンディカメラと鍵、2枚の一万円札を少女に差し出す。
「もう調べた場所はあるんですか?」
少女は男からそれらを受け取りながらそう聞いた。
少しだけ緊張しているようで先ほどから何度も髪の毛を触っている。緊張すると髪を触る癖が彼女にはあった。
「先に2人調べに入ったが収穫無しだ。……死ぬことはないから安心しろ」
「……うん」
「よし。そろそろ行ってこい。時間は20分だ」
「わかりました」
少女は返事をしながら車から降りた。
降りてすぐにカメラの電源を入れる。
安物のカメラに一件の住宅が映し出された。若干古いがどこにでもある一軒家と言っていい。外観から特別なものを感じることがないこの一軒家が今回の調査場所になる。
少女は息を吐くと一人でその住宅に向った。
その住宅は周囲を低い高さの塀で囲まれていた。少し背の高い物なら塀の上から家を覗けるような程度の高さだ。
少女の背の高さでは残念ながら外から内を覗くことはできなかったが、塀の上から見える木々の姿から何年も庭の手入れをしていないようなことはわかる。松の葉は茂りすぎるほど茂り、育ち過ぎた木の枝が塀を超えて道路まで伸びていた。
門扉を開けると庭中が雑草で溢れていた。
庭に入ると少女はスマホを操作し男に電話を掛ける。
数度のコール音を待つこともなく電話は繋がった。
「テステス聞こえますか」
雑草まみれの庭を歩きながら男に話しかける。
携帯が通話状態なのはわかっていたが、安全のため確認が必要だった。
「あー確認良し、聞こえる問題なし。いつでもどうぞ」
スマホからそれなりに大きな声で返事が返ってきた。
それを確認してから通話をスピーカーに切り替えスマホをポケットにしまう。
家の玄関までたどり着くと男に渡された鍵で扉を解錠した。
「これから家に入ります。時間と警告をお願いします」
「……」
男は返事をしなかったが少女は気にせずに扉を開け中に入った。
「玄関に入りました。靴がふたつあります。……革靴とハイヒール。入口にあるガラスは割れています。中は廊下になっていて目の前に階段があります。上がってすぐ左手に扉が一つ。廊下の奥に扉が一つあります。……このまま土足で上がることにします」
「……」
少女は目の前に見たものを口に出しながら家に上がった。
息は少し荒く声に僅かに緊張があった。
右手にハンディカメラを持ち、左手にライトを持ったいで立ちで家の中を回る。
「左の部屋に入ります。ええっと、リビングでしょうか。入ってすぐ木の机に椅子が4脚あります。テレビは小さいブラウン管のやつですね。向かって右手にソファーに低いタイプの机があります。灰皿とコップが置いてあります。左側……あー西側に雨戸があります。窓ガラスは割れてバラバラに散らばってます。雨戸の近くに箪笥が一つあります」
「……」
「右の……東側は台所になってるようです。冷蔵庫が一つ。包丁がシンクに突き刺さってます。3本ほど刺さってますね。床はお皿が何枚も割れてばら撒かれたような状態です。乾燥した果物の残骸みたいなものもあります。腐った後に水分がなくなるまで乾燥したみたいな感じでしょうか。あまり見るものもないので玄関に戻ります」
「……」
「次は廊下の突き当りの扉か……2階に行くか……どっちにしましょうか?」
「……2階にしろ」
「!!!」
イヤホンに男の声が届くと同時に少女は玄関の扉を蹴破るように外へ出た。
そのまま振りかえることなく車まで走る。
ワンボックスへ飛び込むと同時に車は急発進し、件の一軒家から離れていった。
少女は震えていた。
息を荒げ震えながら、少女は聞いた。
「……聞こえました?」
「いいや」
男は車を走らせながらちらりと少女に目をくべる。
息を弾ませてはいるがそこまで深刻な状況ではなさそうだ。
「どれに引っ掛かった?」
男が聞いた。
程度によってはここで少女を放り出す必要がある。
仕事を続ける上での安全策だ。
「調べる場所の質問で答えが聞こえました。2階を調べろと……」
「……そうか」
調査の中であらかじめ決まりを作っていた。
今回は初めの通話テストの返事以外で、男が言葉を発することはないというルールに抵触したらしい。
「俺の声だったか?」
「……はい」
「何かいたか?」
「……何も見てません」
声真似できる知能がそれなりにあるタイプ。
相手の姿を見てないならパスはまだできていないか……。
取り付かれていないとは思うが……。
「とりあえず取り付かれてはいないみたいだが……念のためお前は電車で帰れ。車だと万が一にも事故る可能性があるからな」
「……わかりました」
近くの駅で少女を下ろす。
少女が改札を抜けるのを確認してから男は電話を掛けた。
「和尚か……俺だ。あの調査員が2人死に掛けになった茨木の幽霊屋敷のことだが、やっこさんをビデオで撮れてはいないんだが声真似できる知能があることはわかった。家の2階に誘い出そうとしたらしい。動けないタイプならいいんだが……。ああ、そうだな。確証がもてん。ああ、ああ。あと調査員が取り付かれてるかもしれんので確認してくれ。浅井麻沙子って子だ。19歳の……。ああ。大丈夫……か。ふん。なら電車で帰らせる必要はなかったか。ああ。わかった。次はホームレスに火を付けさせてみるが……。そろそろ特定出来りゃいいが……。ああ、わかった。また連絡する。動画は今アップしたから確認してくれ。ああ」
次の日の朝。
ホームレスがバラバラにされ道路にばら撒かれているのを、近くに住む住人が発見した。
RPGでボスと戦う前にある程度情報を仕入れるように、幽霊屋敷にいる幽霊の情報もある程度事前に集める必要があると思います。
霊能力者は替えが利きません。
安く使える人材で幽霊屋敷を調査しましょう!