第一話 不穏
第一話 不穏
―火は赤く燃えたぎり、水は青く滴り波打ち、風はそよそよと緑の葉を揺らし、土は黄土の土を隆起させ、闇はその混沌の中からすべてを飲み込み、光は闇と対を成し、眩く光の中からすべてを生み出す。すべての根源たる魔力は生命と共に都市の泉から湧き溢れん。
アイリス様が開いてくれた新しい宝石将任命式も終わり…。
私はこれから国を守る要である宝石将、オパールとして活動していくことになる。
最初はまだ成り立てということもあり、私の師匠でもあるパッシアさんと共に行動をすることが多かった。
そんな時、私はパッシアさんと定期的な竜の様子を伺うための任務中、闇の都市オプスクーリタースでアーテル様の元へ行こうとした時。私はふと背筋がゾワッとする感覚に苛まれた。
「イヴ!大丈夫?」
突然のことで私は腰が抜けてしまい、その場に座り込んでしまったので、私の先を歩いていたパッシアさんが慌てて駆け寄ってきてくれた。
「パッシアさん、今のは…?」
「私も感じたわ。何かしら…嫌な予感がするけれど…。とりあえず闇の都市に入ってアーテル様の様子を見に行きましょう!」
「はい!」
私はグッと足腰に力を入れてようやく立つとアーテル様の住まう闇の都市オプスクーリタースに入った。
闇の都市は何も持っていないと真っ暗闇で何も見えないが、星の欠片と呼ばれる特別なアイテムを灯りに使うことで闇の都市でも迷わずに進むことができる。
その星の欠片をランタンに詰め、明かりとして持って闇の都市へと私たちは入った。
「アーテル様〜」
「ん。なんだ、そなたらか…。」
「アーテル様、お久しぶりです。あれから体はどうですか?怠いとか…」
「イヴにパッシアと言ったな、久しいな。儂は大丈夫だ。竜だからな。少しばかりの傷、すぐに癒える。」
「そうですか。それなら良かったです。あの、アーテル様。ここの都市に入る前にゾワッとした悪寒があったんですが、アーテル様は感じませんでしたか?」
「ふむ…、そなたらも感じたか…。儂も感じ取った。あの背筋が凍るような殺気…。何か嫌な予感がする…。そなたらも注意して過ごすと良い。」
「はい、分かりました。ありがとうございます。」
アーテル様の様子も見れたことで、私とパッシアさんの任務も終わり、央都オーロラに戻ることになった。
宝石将となってからは少しばかり忙しかった。雪の大地のあの家にはもう何日も帰っていなかった。
雪の大地の家もそろそろ売りに出そうかと悩んでいた。
――
そんなこと考えて数日が経ち…
今日は宝石将としての手続きで央都オーロラの城の内部の一室で書き物の書類をまとめていた時のこと…
私は再び背筋が凍るような殺気と悪寒を感じた。
「な、なに…!?」
私は慌てて椅子から立ち上がり、窓の外を見た。
窓の外は不安を駆り立てるような赤い空だった。
「失礼します!宝石将オパール様!アイリス様がお呼びです!今すぐ王の間へお越しください!」
「分かりました。すぐに行きます。」
窓の外を見ていると部屋に入ってきたのは、この部屋の警備を担当している傭兵さんだった。
その傭兵さんの案内で私は女王である、アイリス様の元に向かった。
私が王の間に辿り着くとそこには既に他の宝石将の面々が揃っていた。
「皆さん揃いましたね…。皆さんなら勘付いている方もいるかと思いますが、先程私の身にも感じたかあの殺気と嫌な予感…。その正体が分かりました。それは…」
「失礼します!アイリス様!」
「…どうされました?」
玉座に鎮座するアイリス様が口を開こうとした瞬間、王の間にこれまた慌てた様子の傭兵が入ってきた。
「央都の広場に七匹の竜と怪しげな黒い外套を羽織った人物が…!」
「七匹の竜がこの央都に集結するなどあり得ない…!」
私の隣にいたメガネをかけた藍色の髪の青年、同じ宝石将でアクアマリンの名を貰ったシルベスさんと言った方だった。
そんな真面目な人が取り乱すところを見る限り、今起こっている状況が悪いことなのがよく分かった。
「直ぐに行きましょう。」
アイリス様が玉座から立ち上がり、その様子が見えるバルコニーに出ると城の前の広場に七匹の竜がふわふわと浮いて揃っていた。
「ほ、本当に七匹の竜が…」
「だけど、様子がおかしいよ!」
紫色の髪で他の宝石将よりも背が低い、アメジストの名を貰ったリンザスという方がぴょんぴょんと跳ねながら竜の様子を伝えてくれた。
確かにふわふわと浮いている竜は普通なら翼を広げてバサバサと風が巻き起こるはずだが、今はほとんど無風で竜の翼もはためいていなかった。
明らかにおかしい様子に私たちは困惑する一方だった。
「あっ、広場の中心、誰かいます!」
そう言って城の目の前の広場の中心を指差したのはトパーズの名を貰った同じ宝石将のマティさんだった。
皆がマティさんの指差すその先を見ると広場の中心に誰か立っていた。
黒い外套を羽織った人物は表情が見えず不気味な感じが漂っていた。
その人物が両手を広げてゆっくりと上に上げると広場にいる竜たちもふわりと浮いた。
何をするのか検討も付かない中、黒い外套の人物がバチンと両手を胸の前で合わせると、竜たちの周りに丸い障壁みたいなものができ、ぎゅうっと圧縮されていき、やがて竜の巨体は小さな飴玉のようなサイズになってしまった。
「なっ…!!」
あまりの突然ですごい出来事を見せつけられ、私たちは目を見開いた。
あの竜を一瞬にして小さな球の中に圧縮するなど初めて見たのだ。驚くのも無理はない。
「これで均衡は崩れた。さぁ、どうします?アイリス様…こんなことあなたの飴の予知能力でも知ることが出来なかったでしょう!竜の力は封印しました…これからが本番です!世界の均衡は崩れ去った!私の時代が来たのです!あはははは!!」
黒い外套の人物は声高らかにそう宣言すると、パチンと指を鳴らして圧縮された竜が入った球を消えさせそして、自分も居なくなった。
城の前の広場ではしばらく静寂がその場を包んだ。
そしてやがて…。リンザスさんが口を開いた。
「ま…、まずいまずいまずいよ!どうしましょう、アイリス様!守護竜があんな姿に!竜の力を封印だとかあの黒い外套野郎言ってましたよ!?ああ!どうしよう!」
「アメジスト、落ち着きなさい。まずは事態の把握です。アイリス様、ここは一旦城へ戻って各地の情報を集めて状況を把握することが先決です。」
「そうですね。アクアマリン、情報収集の指揮はあなたに任せます。」
「はっ。では、ガーネットはイグニス、トパーズはテッラ、オパールはここオーロラそれぞれの都市の竜の安否の確認を。情報が入り次第、俺に報告を。」
「はい!」
アクアマリンの迅速な指示の元、私たちは先ほどの出来事の真意を確かめるべく動き始めた。
嫌な予感がすると言っていたアーテル様の安否が気になるが、私は指示された通り、オーロラを守護する竜、アルクス様の様子を見るべく、城の地下へと向かった。