生活保護は必要無い? 無いとどうなる?
(* ̄∇ ̄)ノ 奇才ノマが極論を述べる
「さて、今回は『僕先輩の論理学部』ジャンルエッセイ出張版だ」
「先輩、そういうのってジャンル違いだって怒る人がいそうだけど?」
「確かにそうだね後輩君。だがそういう人のおかげでジャンル違いにならないように気をつける人も現れる。なのでなるべくエッセイ寄りの話題について語ろうかと思う」
「またいろんなものにケンカを売るのか?」
「ふむ、事実を述べられたことにケンカを売られた、と感じる感性には問題が有る気がするけどね。今回は最近話題になってる生活保護について」
「話題になってるのか? 生活保護?」
「後輩君は知らないのかい? 僕も教えてもらって知ったんだけどね。とある人物が『ホームレスの命はどうでもいい』『人間の命と猫の命、人間の命の方が重いとは思わない』といったことを言って炎上したらしい」
「それはまた人道主義者が目を三角にして怒りそうなことを。人より猫の命の方が重いとは」
「そういうのは個人の思想で人間嫌いな人もいるからどうでもいいのだけど。遠くの見知らぬ人より飼ってるうちの猫が大事、という人もいるだろうし」
「うちのばあちゃんとは真逆だ」
「後輩君の祖母は猫が嫌いなのかい?」
「猫というより獣全般かな。前に晩飯食ってるときにテレビで犬と猫の映像が流れたときがあって、そのときばあちゃんはテレビ局に電話したんだ。『夕飯どきにケダモノの映像を映さないで! 気持ち悪い!』って」
「後輩君の祖母は、どうやら困った人のようだね。チャンネルを変えるかテレビを消せばいいのに」
「なので、うちじゃテレビそのものをうちから消した。以来NHKの受信料を払わなくなったけれど、最近のニュースとか話題は分からない」
「なるほど。では後輩君に説明しようか。2021年8月、とある有名人が『ホームレスの命はどうでもいい』『生活保護の人が生きていても、僕は得をしない』『僕は生活保護者の人たちにお金を払うために、税金を納めているんじゃない』と発言したことが炎上した。後に謝罪した。僕は謝った人にあれこれ言うつもりは無くて、この件が世間の注目を集めたことに一部疑問を感じている」
「どこに? 世間から見て、人としてどうかと思われる発言や行動が叩かれて炎上するのはおかしなことか? 我こそ正義ってのは人が酔いやすいものだろ」
「そう考えると炎上というのは、インターネットの普及で現代に甦ったデジタル世界の魔女狩りなのかもね」
「炎上が公開火炙りの刑になるのか」
「僕が疑問に感じていることのひとつは、この問題発言についての反応だ。これと似たようなことを言う大人を知ってるし聞いたこともあるから、そこまで目くじらを立てるような発言だろうか? ということ。僕がこれまでに聞いたことがあるものでは、『税金を払わないホームレスに人権は無い』『働かずに国の税金で暮らしてる人は死刑になればいい』というのもある」
「うわお、無職罪で死刑というのはなかなか厳しい社会だ。せめてニート強制収容所あたりでカンベンしてもらえないだろうか」
「税金で暮らすのが死刑になるなら、国会議員も公務員も全員死刑になるのかな? もっともこういうことを言う人は、想像力が足りないか、学習が足りないか、それとも両方足りないかだろうね」
「社会に不要な者は処刑するのか。選民思想か? それとも猫帝国でも建国する気かもな」
「優性保護法の復活か、劣悪遺伝子排除法の施行を期待しているのかもよ。そして、この問題発言に対しては人権保護や貧困救済の点から反論する人が多い」
「炎上ってそういうもんじゃ?」
「なんと言えばいいかな。こういう人物とはホームレスの命はどうでもいい、という時点で人権は考慮外だし、貧しい者を救おう、という善意は無さそうだ。サイコパスとは他人への共感能力が乏しく、良心が無いのが特徴。そんな情の無い人に人情に訴える話をしても通じないし、人の気持ちの分からない人に、人の気持ちを分かれ、なんて言っても徒労で時間の無駄だろう」
「相手を説得する気も、思想を変えようという気も無いんだろ。これが正しいと言いたいだけなんじゃ?」
「不毛だね。まるで人の乗る乗り物だからと馬にガソリンを飲ませて、自動車をニンジンで動かそうとしているように思えるよ」
「馬にガソリンを飲ませたら死ぬんじゃないか?」
「それぐらいチグハグな、議論にならない言葉の暴投だよ」
「論破したがる人が増えてるとは聞くけど」
「相手を言い負かしたいだけの論破こそ不毛だね。この件を切っ掛けに生活保護の目的を見つめ直し、システムの改善などになればいいのだけど。貧困救済だけが生活保護の効用では無いのにね」
「ん? 生活できない人を助ける為なんじゃないのか? 生活を保護するんだろ?」
「善意だけの制度が長続きするものか。ふむ、ならばちょっと考えてみようか。ある日突然、生活保護が無くなったら?」
「ドラえもんのもしもボックスか? この場合は独裁スイッチがいいんじゃないか?」
「のび太くんは独裁スイッチの結果に優生思想の末路を体験したわけだが、人では無く制度が突然消えた場合としよう」
「制度ね。生活保護が無くなったら、か。暮らしていけなくなって餓死する人が増える?」
「そうだね。生活保護が打ちきられて餓死するなどニュースになったりするね。ではその手前には何がある?」
「手前というと、餓死する前はお腹がすいたと嘆き悲しみ苦しむとか?」
「そこで人はどうするか。平和の中で餓死するよりは、他人から奪ってでも生きようとするのが人というものだろう。秩序を守る為に飢えて死ね、と言われても、分かりましたと大人しく死ねる者は少ないと思うよ」
「そうして自死を選ぶ人ばかりなら、世界から戦争の理由のひとつが消えるな」
「拝金風土の社会では働いて金を稼がないと生きていけない。様々な理由でちゃんとした仕事を見つけられないから生活保護が必要になる。その生活保護が無くなれば、生きていくためにはちゃんとしていない仕事でもしなければならない」
「ちゃんとしていない仕事って?」
「万引き、空き巣、スリ、強盗、追い剥ぎ、詐欺、誘拐といろいろあるだろう。人がもっとも短絡的に利益を得る手法は、奪う、盗む、騙す、の三つだよ」
「それって一時的に利益は得ても犯罪だ。それに長期的に利益を得るなら、信用信頼が重要なんじゃないか?」
「長くビジネスとして続けるにはね。そのあたりは『囚人のジレンマ』とかゲーム理論で説明されているか。だが長期的な展望を持てない生活では、今手に入る食べ物の方が信用などよりよっぽど大事なことだ」
「生活保護が無くなれば万引きと窃盗が多発する?」
「そうなるだろうね。そして生活保護を申請しても受給できないときには刑務所が最後のセーフティネットになる。軽犯罪でもして刑務所に入れば、水も食料も屋根も布団もあるよ」
「そうなると生活の面ではホームレスよりも刑務所の方がマシか」
「現在は刑務所が救貧院としても使われている。日本は高齢化社会の先進国で、経済的に困窮し刑務所通いを繰り返す高齢者も増加中だ」
「生活保護が無くなれば刑務所の囚人が増えるのか」
「そうなると刑務所を増やさなければならないし刑務官も増やさなければならなくなる。ちなみに200円のサンドイッチを盗んだ場合の刑期が2年とすると、その刑期にかかる費用が約840万円になる」
「2年の生活費とすると生活保護を出す方が安上がり?」
「そういうこと。治安維持の為には生活保護という制度がある方が、貧困を原因とした犯罪の減少に役立つしコストパフォーマンスもいい。生活保護が無くなれば窃盗などの犯罪が増加する。対応するためには警察官を増加し、増える囚人の為に刑務所を建て、刑務官を増やさなければならない。更に裁判の件数も増えるので裁判費用も増加する。貧困が原因での窃盗や空き巣となれば、被告が弁護士を雇う費用も無いので公選弁護人の人件費も増える。生活保護を無くしても治安を維持しようとすれば増税が必要になるね」
「あぁ、そっちの方が金がかかるのか。生活保護受給者が自分たちの納めた税金で暮らすのがムカつく、って言う人は生活保護が無くなった方が払う税金が増えることを知らないのか」
「もしくは治安が悪化しても自分の財産と自分の家族を自衛できる自信があるのかもね」
「そんなのは戦場帰りの傭兵か強い奴に会いたがる格闘家なんじゃないか? なるほどね。生活保護は巡り巡って多くの国民の生活を保護することに繋がるのか」
「年金を廃止してベーシックインカムを導入しよう、というのも社会問題が背景にある。だが世の中にはこれを踏まえた上で生活保護を廃止しようという人もいる」
「なんでだ? 治安が悪くなるんだろ? 貧困からの窃盗が増えるんじゃないか?」
「それがいい、という人もいるのさ。治安が悪化すれば景気が良くなるとね」
「治安の良さは日本が世界に自慢する長所なんじゃないのか? なんで景気が良くなるんだ?」
「北朝鮮が日本海にミサイルを落とせば防衛関連の株価は上がる。原子力発電所が爆発した結果に利益を出した業界もある。これは震災バブル、復興バブルと呼ばれるね」
「戦争特需みたいになってきた。治安が悪くなって景気が良くなる業界となると、警備とか防犯装置とか護身グッズとか?」
「平和なままでは売れない商品は、平和でなくなれば需要が伸びる。内需拡大するんじゃないか?」
「一部の景気が良くなる代わりに犯罪都市になるのか。治安が悪化しても景気が良くなれば、となると生活保護を無くしつつ新しいビジネスを起こすことも可能なのか?」
「何か思い付いたのかい? 後輩くん?」
「実現は不可能だろうけれど、人権も人情も廃した政策ができるのなら、生活保護受給者を賞金首にするとか」
「なるほど、現代日本に賞金稼ぎという職業が誕生するのか」
「賞金首を役所に持っていくと賞金が貰える。新しいビジネスとして盛り上がれば治安を悪化させつつ、ホームレスがいなくなる社会になったり」
「そのあとはどうする? 高齢化社会と年金の問題を解決するために年金需給者を賞金首にするかい?」
「屍の山を積んで社会問題が解決しそうだ。コロナのパンデミックもコロナ感染者を賞金首にすれば終息するかもな」
「感染者がいなくなるころには国民の数がどれほど減っているだろうね」
「これができれば『生活保護者の人たちにお金を払うために、税金を納めているんじゃない』という不満は解消されるだろ」
「虐殺で解決しようというのも乱暴な話だね」
「とは言っても人殺を忌避するのが人というもので、殺したり殺されたり盗んだり盗まれたりが当たり前の社会になるのが嫌だから、件の炎上が起きるんだろ。なので生活保護はあった方が無いより良いってことで」
「生活困窮者が生活保護を需給しながら学習し、技術を身に付け、犯罪以外で生計を立てることができるようになれば、盗まなくても生きていけるようになる。これが理想かな。しかし理想は遥か遠く現実は難問だらけだ。生活保護の制度を利用しようと貧困ビジネスが誕生したりね」
「貧困がビジネスになるのか?」
「例えば囲い屋。ホームレスなどの生活困窮者に住居や食事を提供する代わりに生活保護を申請させる。支給された生活保護費の大半を家賃や食費や光熱費などの名目を付け収奪する悪徳業者だ」
「それはなんだか、まるで人を家畜にしてるみたいだ」
「資本主義の果てにある貧富の格差、そこから人を家畜化する新たなビジネスが生まれるのが現代かもね。生活保護の人が生きていても得をしない、と言う人もいるけど、生活保護の人がいるから利益になるというビジネスも現にあるわけだ。貧困ビジネスとは、貧困層をターゲットにし、かつ貧困からの脱却を支援することも無く、逆に貧困を固定化するビジネス、というもの」
「それ、違法にならないのか?」
「新しく誕生したものを違法か合法か、判断して対応する新たな法律をつくらないとね。社会全体をアップデートするにはチート対策が必須と言える」
「なんでチートが出てくる? 生活保護っていうシステムのバグを利用した裏技が貧困ビジネスなんじゃ?」
「システムの穴を突き自分達だけが得をしよう、という小賢しいいやり口のことをズルと言うのだろう? 生活保護の目的は貧困救済、自立支援、犯罪抑止だ。しかし、制度を使うのもまた人。目的どおりに利用するのが大多数だろうが、中には目的を見失った悪用をする人もまた現れる」
「法律も人の作るもので完全成らず、か」
「税金の使われ方に不満があるなら、制度の欠点を改善し悪用を防ぐ法律が必要になる。炎上の一件を切っ掛けに、この点について考える人が増え、常識が変化し、政策となるといいのだけどね」
「それは難しくないか? 人は自分の損得に囚われるものだろうし、天下国家のことを考えるのは物好きか暇人か専門家だ」
「そこが民主主義、というか大衆主義の怖いところかもね。この先、経済縮小する日本では貧困が拡大していくだろうし。かつてのドイツのナチス党のような政党が支持を得たりしてね」
「なんでいきなりナチスが出てくるんだ?」
「ナチス党のヒトラーは民主主義的な選挙の投票で誕生した独裁者だよ。ナチス党が票を集めた理由はいくつかあるが、その中の一つに『ユダヤ人から財産を奪い、皆で分けて豊かになろう』というのがある」
「短絡的に利益を得る手法は、奪う、か。それを多くの人が支持したというのが怖い話だ」
「こういうのは、絵本『父さんはどうしてヒトラーに投票したの?』とか読むといいのかな」
「なんだそのタイトル。そんな絵本があるのか?」
「作者はDidier Daeninckx、投票の持つ怖さを小学生にも分かりやすく絵本で描いている。若者に闇雲に選挙に行こうと言うよりは、こういった絵本を学校の図書館に置いたりした方がいいんじゃないかな」
「絵本て、たまにスゴいのがあるよな。『地獄』とか。子供のトラウマになりそうなのが」
「小説家になろう、の童話ジャンルにそういう物語が増えないかな? 『小学生にもわかる奴隷と主人の弁証法』とか、『子供のための純粋理性批判』とか」
「小学生にヘーゲルとカントは難しくないか?」
「それは子供をバカにしてないかい? 今では大人も大好きなガンダムは、植民地と支配国とか、人種間の闘争など含みつつも放送当時は子供向けアニメだよ」
「昔のアニメすごいな。今だとポリコレとかうるさいかも」
「投票に話を戻すと、豊かに暮らせるなら手法は問わない、という人達が大多数となればその民意を反映した政治になるんじゃないか? ブラジルのボルソナロ大統領は森林を破壊し農地を増やす政策が、農業従事者などの支持を集めて当選したんだ。2019年、ボルソナロ政権が発足してからアマゾンの熱帯雨林の喪失は加速しているよ」
「森に放火しようぜ、と言ったら人気が出て大統領になったってのがすごい。森林減少から気候変動に繋がって、巡り巡って日本で水害が増えたりするのか」
「この辺りもグローバル化した社会の特徴かもね。水害を減らして台風の被害も抑えようとするなら、ブラジル産の牛肉を買わないようにするなどの手段がある」
「金は天下の回り物ってことか」
「さて、脱線もしてきたがそろそろまとめようか」
「生活保護のまとめ、ね。人権を大事にしよう、とか、困った人を助けよう、という人情とかを善とする人が多いうちは、生活保護は無いより有った方がいろいろマシだと」
「今のところは、ね。未来においてどうかは分からない。生活困窮者を社会から閉め出すことで貧困の問題から目を逸らそうとするかもしれないし、もしかしたら生活保護より優れた制度を誰かが発見するかもしれない」
「そんな都合の良さそうなものがあるのか?」
「残念ながらまだ無い。なのでこうして公開した物を目にした人が、ちょっと考えてみようかな? となり、その人数が増えると可能性も上がるんじゃないかな」
「なあ先輩、なんでいつものエッセイじゃなくて俺たちなんだ?」
「ん? なんでも『僕先輩の論理学部』がネット小説大賞9の一次選考に残ったので、やってみたくなったらしいよ」
「なんだ宣伝か」
「無駄な宣伝だよ。この出版不況の中でこんな話を書籍化して売れると考える出版社がいたら、頭がどうかしているよ」