13.ヨル将軍は悪役令嬢
ヨル将軍が婚約破棄された。
事件は宇宙船完成祝賀会の会場で起こった。私もこっそり宇宙船事業で開発してもらった素敵な強化ガラス製の水槽に入れてもらって当然出席させてもらった。
だってパーティだよ? きんきんのきらっきらだよ? 私の好きな夢かわじゃないけどラグジョアリーゴージャスブルジョアージー的。何言っているのかわからない成金趣味的贅沢さも捨てがたいものがあるんだよね。
ぐわあしゃああああああぁぁん! ガラスのシャンパンタワーが割れる音がしてもしや敵襲か!ってみんなが注目したら、ヨル将軍がシャンパンタワーの脇に倒れ込んでた。シャンパンでびしょ濡れのヨル将軍がちょっと胸元が透けててセクシーだけど。
え? 何があったの?
ヨル将軍の前に立ってたのは確か婚約者だったと思う第三王子様。と、ちょっと可愛い女の子がべったりくっついてる。だれあれ?
「レディヨル! 男爵令嬢スクルータ嬢に対する殺人未遂で婚約破棄させてもらう!」
え? 何この茶番? こんな祝賀会で婚約破棄? 大貴族のご令嬢で軍人のヨル将軍相手に? 私は知的じゃない普通のアオノリだってわかる、今そんな場合じゃないよね?? という冷静なツッコミが頭に浮かんだけど、どろっどろの昼メロを楽しむ感覚で静かにこの突然のショータイムを見守ってた。
「邪悪なモンスターの手先となって国を乗っ取ろうとしたのは明白!」
宰相の息子ナゴリーがきらりんとモノクルを光らせて突拍子もないことを言い出した。え? 誰の事? まさかそれ私のこと? 私邪悪なモンスターじゃなくて天才美少女アオノリだし。失礼極まりないし。私が一人ぷんぷんしているのにショータイムは進んでいく。
「レディヨルは魔王の手下だ! 可愛いスクルータ嬢がその証拠を掴んでくれた! 可愛くて勇敢なスクルータ嬢に対する数々の誹謗中傷、手下を使った直接的暴行、すでに調べは上がっているぞ!」
え? 何? スクルータ嬢って男爵令嬢だし、王子様ってヨル将軍の婚約者だよね? むしろヨル将軍のエスコートをしないで公式の場でべたべたしてるほうがよっぽど醜聞じゃないのかな? それに可愛いって二回も言ってるけど私に言わせるとそこまでじゃない。
つっこみたくてさっきからうずうずしてるけど我慢。
それにね、仮にね、絶対違うけどね、もし本当にヨル将軍が謀反的な計画を企てたんだと思ってるならこんな婚約破棄なんて言う茶番をわざわざ国内外の王族やら大貴族やらが集まる祝賀会でなく、もっときっちりした準備してこんな国の恥部的なのを誰も知られないように動けよこのぼんくらどもがぁあぁぁああ!!
「……分かりました」
ヨル将軍は誇り高く聞きわけがよかった。ガラスを踏まないように注意深くゆっくりっと立ち上がるときっと王子様を見つめた。ぽたぽたと濡れたドレスからシャンパンのしずくがこぼれて光る。毅然と立つ姿は湖に住む古の女神さまが降臨したような神々しさがあった。あまりの美しさに誰もが息をのんだ。
「私はアオノリちゃんとこの地を去ります。アオノリちゃんは私のものです」
女神は厳かに宣言した。
“え? なんですと?”
さすがにつっこんだ。あれ? あれ? なんでこの茶番に私巻き込まれてるの? あ? 私もしれっとこの国乗っ取りメンバーに入れられてたんだっけ? え? でも関係ないんだけど? 私のものって? え? ちょっとまだそこまで私達、関係進めてないよね? え? いやんまだそれはちょっと早いっていうか心の準備が。え? そもそもこの話って百合的な異類婚姻譚だっけ? あまりの超展開に私の天才的頭脳が一時的に真っ白になるという初めての事態を引き起こした。
「アオノリちゃんだけなんです。アオノリちゃんと一緒なら私は本当の自分で居られるんです」
ヨル将軍からの好意度がいつのまにかカンストしてた。え? 小さいころから大貴族のご令嬢として頑張ってきたヨル将軍にとって唯一の親友が私ってこと? えー? それはなんか嬉しくてにやにやしちゃうけど、ちょっとおっも! 割と好きになると一途っていうか重いタイプなんだねヨル将軍。
てかそんな場合じゃない。
「ふっ自分の罪を認めたか。いいだろう最後に素直になったお前に免じて俺も今まで婚約者だったし情けをかけてやる。国外追放で勘弁してやろう」
はあ!? そんな場合じゃない!!!! 王子様は決まった。みたいなどや顔で言ったけど、絶対違うとは言え、もし国家転覆を試みていると自分が思い込んでいる相手に対して国外追放で済ますとか僕王族の資質ゼロですってはっきり宣言してるだけじゃん。あまりのおバカさんぷりに唖然茫然愕然。
それは周りも同じで一瞬しんっと気味悪いくらいすべての音が消えた。怒りのあまり顔が白を通り越して土気色になった王様が大きく息を吸い込んだけど、その前に沈黙を破ったのはみっこおじさんだった。
「あっアオノリちゃんのバカかああ!!! こんなところ俺もう出てくう!!!」
みっこおじさん恋に破れ泣きながらホールの出口に向かい走り出した。いやいやいや。ちょっと待てこら。頭が頭痛するって二重表現使いたくなるくらいげんなりしちゃうよ。
……みっこおじさん、せめてここでヨル将軍かばったりしたらきっとワンチャンあったろうに。私はモテない男がなぜモテないのかという一つの実例を見た。
「とっとらえろ!!!」
王様は言おうとしていた言葉を変えた。おバカさん達よりもみっこおじさんに逃げられると困るという高度で正しい政治的判断。みっこおじさんにとっては良くないけどまともな判断に私は少しほっとする。だって言葉が通じないおバカさんよりは交渉の余地がある相手のほうが気が楽だし。
私がいつものごとく余計なことを考えている間に宮廷魔法師団の詠唱が完了して、みっこおじさんもヨル将軍もついでに私の水槽ごと光る不思議な網で捕らえられた。ヨル将軍が捕らえられる直前私のところまでダッシュして水槽ごと私をぎゅっと抱える。私を守ろうとしてくれるなんていいとこあるじゃん。重いって言ってごめんね? ちょっと反省。
あ! これ今度こそ絶体絶命のピンチじゃない?
私は昼ドラショータイムの終わりにふさわしいようなドロドロ混迷っぷりに今後の展開を無責任に楽しむことにした。
再掲で宣伝です。今回「宰相の息子ナゴリー」でご出演です。
葦原 なごりさん 小説はこちら↓↓
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ご出演ありがとうございました。