小説のことを1ミリも知らない男子高校生二人組がラノベ界の頂点を目指すお話
「はあ…………カオリさん……………」
昼休みの騒がしい教室の中。
俺……加瀬 雷斗は、窓際の一番後ろの席で溜め息混じりに一人言をこぼした。
視線のゴール地点にいるのは、同じクラスでありこの学校の生徒会長……白河 香織。
成績優秀スポーツ万能、容姿端麗で性格もバツグンに良く、男女の両方から高い人気を得ている。
今も教室の真ん中で多くの生徒に囲まれ、全員に満面の笑みを振り撒いている。
俺もカオリさんとあんな風に楽しくお喋りしたい。できることなら付き合いたい。
だけど、こんな何の取り柄もない男が学校のマドンナであるカオリさんと仲良く…………だなんて、夢のまた夢。
現実はマンガみたいに上手くはいかないんだ。
彼女を遠くから眺め、その笑顔に胸を高鳴らせるのが関の山。
「腹減ったな…………メシ買いに行くか」
非情だが動かしがたい事実にウンザリしつつ、席を立ち上がり購買へ向かう。
「相変わらずシケた顔をしているな、加瀬 雷斗!」
廊下を出てすぐに、何やら粘っこい男の声が耳を突き抜ける。
なんだよコイツ? どっかで見たことあるような…………。
…………………………あっ!!
「お、お前は!! メガネ掛けててやたらと理屈っぽい喋り方するからメチャクチャ頭良さそうなのに、高校始まってからすべてのテストで学年最下位の成績を記録し続けていることから『悲しき守護神』の異名を持つキングオブバカ…………高澤 述!!」
「ふっふっふ…………いかにも! このボクが『悲しき守護神』のノベルさ!!」
自分で言っちゃうんだ。汚名だって自覚ないのか?
「んで何の用だよ? さっき『相変わらず』とか言ってたけどさ……クラスも違ぇし、まともに喋るの今回が初めてじゃねえか」
「キミ…………白河 香織に惚れているね?」
「なっ!?」
急に図星を突かれて体が大きく強張る。
「いっ、いきなり何を言い出しやがんだ!! てか、なんでお前がそれを…………!!」
「ふっふっふ…………キミの顔を見ていれば、それぐらいギョヌルギョヌルと感じ取れるさ」
感じ取る音キモッ!!
「だが、キミのような凡人があの高嶺の花と釣り合うとは到底思えない。今の状態で告白しようだなんて、ヘソと尻とアゴと額と両手両足で茶を沸かしてしまうよ!」
いっぺんに沸かしすぎだろ。もはやただの便利な人じゃねえかそれ。
「だ……だから何だってんだ? まさかお前が恋のキューピットにでもなってくれるってのか?」
「いかにも!! ボクは念入りな聞き込み調査の末に、ついに白河 香織の重大な情報をゲットしたのさ!!」
「へえ……そうなんですねぇ。そんで、その重大な情報ってのは何なんですかぁ?」
このバカの言うことは信用できねえ。適当に対応してとっととメシ買いに行こ。
「彼女は…………頭のいい男性が好きなのだ!!」
そこマトモなのかよ。
「白河 香織に限らず、女性というのは聡明な異性を好むものだ! 知力こそ全て!! 高尚な頭脳を持つ者は至高の存在なのだよ!!」
言ってて悲しくないのかこの守護神?
「そこでボクは考えた!! 頭のいい男性とは何か? それは…………小説家だ!!」
「小説家だと?」
「英訳するとテロリストだね」
「ノベリストだわ。言語の壁越えただけで血の気増しすぎだろ」
「ええい、細かいことはどうでもいい!! このサイトを見てくれ!!」
ノベルは地団駄を踏みながらスマホの画面を見せてきた。
そこには『小説家になりましょう』と書かれた小説投稿サイトが。
俺も名前くらいは聞いたことがある。
そういうのあんまり興味がないからよく分からんけど、最近多くの作品がアニメやマンガになってるもんな。
「その通り!!」
ナチュラルに心読んでくんな。
「ボクとキミで力を合わせて書籍化…………いや、マンガ化やアニメ化を目指す! そうすれば白河 香織は圧倒的な文才とマネーを持つキミにメロメロになり、恋が成就する!! 名付けて……………『力合わせプロジェクト』だ!!」
へその緒と一緒にネーミングセンスも切り取られたんかコイツ。
「そんなに上手くいくのかよ……?」
「まあ物は試しだ。放課後、コンピューター室で待つ。必ず来るがいい!! もし来なかったら…………泣く」
小2か。
******
放課後、良心が働いちまった俺は、約束通りコンピュータ室へ。
カオリさんが頭のいい男性が気になるって話はウソじゃないみたいだし。
書籍化がムリにしても、俺が小説を書いてるって知ったら何らかのイメージアップに繋がるかもしれねぇしな。悪い話じゃない。
何十台もパソコンが並んだ部屋の中で、ノベルが一人で頭を抱えて座っている。
「どしたノベル?」
「ああ、来てくれたかライト。実は…………アカウントを作ろうとしていたのだが、思っていたより手間取ってしまっていてな」
天才科学者みたいな顔して機械音痴なのかよ……つくづく期待を裏切る奴だなコイツ…………。
「ったく……どこが分かんねえんだよ? メールアドレス設定か? プロフィール作成か?」
「この……『信号機を全て選んでください』という文章問題なのだが…………」
「ロボットじゃないことを証明する部分で詰まってんの!!? 機械以外でここ突破できねえヤツ初めて見た!!」
「しっ、仕方ないだろう! 信号機にも色々と種類があるのだから!! えっと…………コレか?」
「いやそれ三色団子じゃねえかボケタコ!!」
マジで小2なんじゃねえのかコイツ……高校生で信号機わかんねえのはさすがにヤバいだろ……。
そこから俺が全ての操作を担当し、無事に『小説家になりましょう』へとログインすることに成功。
したのは、いいんだが…………。
「言っとくけど、俺は小説なんか書いたことねえから、何をしたらいいのか全然わからねえぞ? お前はちゃんと予習してきてんだろうな?」
「フッフッフ……キミはボクを余程バカにしているようだね? 何故ここまで下に見られているのか…………思い当たる節がないよ」
節しかねえだろお前の人生。
「このサイトで人気のジャンルは二つある! ボクたちもそのどちらかを選べば、書籍化への道は一気に拓けるのさ!!」
「んな単純な……。そんで? その二つのジャンルってのは何なんだよ?」
「ふっふっふ…………ハイファンタジーとローファンタジーさ!!」
「あぁ、確かに聞いたことはあるけど……。それってさ、どういう違いがあるんだ?」
俺の質問にビクッと肩を震わせるノベル。
十数秒間の無言タイム。
パソコンのウォォォォン…………という機械音だけがその場を支配する。
「…………おめえまさか、知らねえのか?」
「ば、バカを言え!! これから小説を書こうとしている者が、ハイファンとローファンの違いも分からないわけないだろ!!」
「じゃあどんな違いがあるんだ?」
ノベルは冷や汗を全て拭き取ると、自信満々の顔面を俺に披露した。
「ハイファンとローファンの違いは……………登場人物たちのテンションだ」
なんですって…………?
「そいつぁ……一体どういうことだ?」
「つまり、ハイテンションな登場人物がミュージカルのように歌って躍りながら異世界を冒険するのがハイファンタジー、ローテンションなキャラクターが何のイベントも起こさずにトボトボと異世界を旅するのがローファンタジーってことさ!!」
「そ、そうだったのか!! 要約するとハイファンタジーとローファンタジーは『ハイテンションファンタジー』と『ローテンションファンタジー』ってことなのか!?」
「そう定義してもらって差し支えないだろう」
「やるじゃねえかお前! やっとメガネキャラっぽいところ見せられたな!」
急にノベルが頼りになる心強い味方に思えてきた。伊達に書籍化を目指してねえなコイツ……。
「だが、ここで一つ問題が生じる」
「問題?」
「ああ。先ほどボクは『ローファンタジーは何のイベントも起こらずにトボトボと異世界を旅する話だ』と言ったが…………」
ノベルがメガネをカチャリと正して俺に向き直る。
「それって、面白いのか?」
俺の体に雷が落ちたような衝撃が鳴り響く。
確かに、小説なんてもんは起承転結があってこそだ。
何の山場もない平坦な旅模様を描かれたって、面白くもなんともない。
「そうだろう!?」
だから心読むのやめろって。
「だが、見てもらったら分かるように、このサイトには莫大な数のローファンタジー小説が存在している。このことから推測するに…………」
ノベルの鬼気迫る表情に、思わずゴクリと生唾を飲み込む。
「イベントが何も起こらない作品というのが、逆に最近のトレンドになっているのではないだろうか?」
自身の鳥肌がビンビンと立ち上がっていくのがハッキリ分かった。
「そうか…………この世には二次元の世界でしか起こらない奇想天外な出来事を綴ったラノベ作品が溢れてる!! それをあえて避けつつ、平々凡々な何の面白味もない冒険を行う斬新な作風が、近頃は好まれてるってのか!!」
「そういうことさ! それこそがローファンタジー…………いや、ローテンションファンタジーなのさ!!」
「っしゃあ!! そうと決まれば早速文章を書いていこうぜ!! 主人公はどうする? ローテンションで、静かなのを好む人といえば…………」
「お坊さんとかにすればいいんじゃないのかな?」
「それいいな、新しい!! あとはハーレムとか悪役令嬢とか、そういうちょっと聞いたことのある流行りっぽい物をぜんぶ排除していけば……………へへへ、随分とまとまってきたじゃねえか!」
「斬新な作品こそ人々が求めるもの。立とう……………ボクらがラノベ界の頂点に!!」
それから約二時間後。
「「できたあ!!」」
ライトとノベルが記念すべき初ライトノベルを完成させたと同時に、下校のチャイムが鳴り響いた。
今の俺たちにはそれが、最高の作品の誕生を祝福するファンファーレにすら聞こえる。
「よし、じゃあ早速投稿しようぜ!!」
「待ちたまえライト」
「ど、どうしたノベル?」
ノベルは俺の目を見て、ふっと優しく微笑んだ。
「本作はこの先、多くの人に読まれることになるだろう。だから…………記念すべき一人目の読者は、白河 香織にしてはいかがだろうか?」
「なっ…………そ、そんなの恥ずか」
「恥ずかしくなんかない。きっと彼女も気に入ってくれるだろう。なんたって、ボクたち二人が血と汗と涙を込めて完成させた…………精神と魂のソウルスピリットなのだからね」
「意味被りまくってっけど……ありがとなノベル。俺、やるよ! カオリさんはまだ生徒会室にいるはずだ! すぐに原稿をコピーして、読んでもらおう!」
「ふっ……もうキミのことをシケた顔だなんて言えないな」
俺とノベルは互いの健闘を称え、固い握手を交わした。
******
生徒会室では、カオリさんが一人で帰る準備をしていた。
「カ……………カオリさん!!」
憧れの存在がゆっくりと俺の方に振り向く。
夕焼けに照らされた彼女はどこか幻想的で、この世のものとは思えぬほどに美しかった。
「ん? あ、えっと……加瀬クン、だよね? 同じクラスの」
カカカ、カオリさんが俺の名前を覚えててくれた!?
いや、こんなことで喜んでいちゃいけない!!
ノベルと作ったこの小説で、必ず彼女のハートを射止めてみせる!!
「どうしたの? 私に何か用があるの……かな?」
「あ、あの…………これ!! 一生懸命書いたから、カオリさんに読んでほしくて!!」
四つ折りになった紙を震えながら手渡す。
カオリさんが受け取ったのを確認し、一気に数歩交代して距離を置く。
「こ、これって…………」
「感想は、明日聞かせてくれたらいいから! それじゃ!!」
俺は生徒会室のドアを勢いよく閉めて、そのまま廊下を全力疾走する。
「わたしちゃったわたしちゃったわたしちゃったわたしちゃったわたしちゃったわたしちゃったあああああああああああい!!!!」
今になって少しだけ後悔が押し寄せる。
だが、脳内にノベルの顔が浮かぶ。
そうだ、きっと大丈夫だ!!
ライトとノベルが書いた、最高のライトノベルなんだからな!!
「いきなりどうしたんだろう加瀬クン? これ何かな? もっ、もしかして…………ラブレター!? わわっ、どうしよう……私そんなのもらったことないから心の準備が…………! いや、でも加瀬クンの想いを無下にするわけにはいかないよね! ちゃんと読まなきゃ……………よしっ!」
【坊主が世界を救う也
作者 ライトニング☆ノベリスト
儂は宗雲。
写経中に意識を失い、異世界に参った次第。
すらいむに遭遇したが、仏の力で倒した。
れべるが1上がった。
ごおれむにも遭遇したが、仏の力で倒した。
れべるが1上がった。
その後、数人の女子と邂逅を果たした。
儂と共に魔王を討伐せんと欲していたが、色欲に惑わされてはならぬと丁重に断った。
儂一人で旅路を往くことを決心した次第。
はあれむ展開には陥らぬ。女子共は仏の力で倒した。
れべるが1上がった。
悪しき令嬢にも遭遇したが、仏の力で倒した。
れべるが10上がった。
そして儂は魔王の元に辿り着いた。
魔王は強かったが、仏の力で倒した。
れべるが1上がった。
こうして世界に平和が訪れ、儂は元の世界に帰還した。
さあ、今日も写経に励むとしよう。
完 】
「……………………なにこの怪文書?」