77.無茶振りの準備1
久々の学校。
夏休みが終わり秋の気配。
最終学年の秋ともなると、就職先を探す生徒は登校しなくなる。
俺は伯爵であるため、就職を探す必要はない。
授業もまばらになり、学校に居る人間も少なくなってはいたが、学校に行くときは、いつもの三人が俺の周りに居た。
生徒会室で寛いでいると、
「お父様が、クラヴィスの廃砦を勝手に持っていけって。
あれならば、使えるだろうって言ってたわ」
リズが言った。
以前、
「すみませんが、使っていない硬そうな砦が国内に無いですかね?」
と王に聞いていたのだ。
「クラヴィスの廃砦って?」
「王直轄領、クラヴィスにある砦。
元々は王国の領土が小さかった時に前線用に作った砦だったらしいんだけど、今の領土に合わせた砦はすでに出来上がってしまったから、戦略的にも戦術的にもあまり意味がない砦になってしまって、誰も使っていないの。
中に人を住まわす方が手間だから、管理されて放置されている。
ミラグロスなら知っているんじゃないかしら」
リズが言った。
「ちゃっちゃと行って、ちゃっちゃと回収したいからなぁ……。
リズが言うようにミラグロスと行ってくるか」
俺が言うと、
「ぜひ」
「うん、そうすると良い」
「楽しんで」
三人が言った。
やけに推すな……。
「楽しんで」って何だ?
「中に入っても?」
リズに聞くと、
「問題ないと思います。
管理人には連絡が行っていると思いますので、ハイデマン伯爵の名を出せば、中に入ることができると思いますよ」
「早速、明日にでも廃砦を見に行くかな」
そう言うと、三人は満足げに頷いていた。
屋敷に帰り、
「旦那様、お帰りなさいませ」
とカミラに出迎えられる。
そのまま、リビングに行くと、ミラグロスが居た。
両手を膝に置き、ギュッと握って下を向いている。
緊張?
何で?
俺、なんかしたか?
「ミラグロス、何かあったのか?」
カミラに聞くと、
「特には無いはずです。
私と朝練をして、その後騎士たちと模擬戦をしていました」
といつも通り。
「ふーん」
リズ達三人とミラグロスの様子……はて?
まっ……とりあえず。
「ミラグロス、明日、時間が空けられるか?」
俺が聞くと、
「くっ訓練が終われば特にはないぞ……」
下を向いたままだ。
「じゃあ、クラヴィスの廃砦に連れて行ってくれないか?」
「うっうむ……承った」
そう言うと、顔も見せずにミラグロスが部屋の方へ行った。
「大丈夫なのか?」
気になってカミラに聞くと、
「はい、大丈夫です。
旦那様から誘われたから、緊張したのかもしれませんね」
カミラがクスリと笑う。
「ま、それならいいけど……」
大丈夫かね?
次の日の朝、朝食を終えると、ライアンの所に向かう。
茶のズボンに白いシャツ、背にいつもの大剣を背負っているミラグロスが居た。
肩から腰にかけてかかる大剣の鞘のベルトがミラグロスの胸を強調している。
本来はこんな目で見ちゃいかんのだろうがね。
出発してミラグロスの斜め後方を走る俺。
こんなにミラグロスの姿を見ながら走ることは今までになかった。
すっと伸びた姿勢。
馬が揺れる度にたゆんたゆんと胸が揺れている。
オオ……眼福。
にしても振り返りもしない。
ずっと無言。
なんでだ?
妙な緊張感をミラグロスから感じていた。
実際、廃砦は王都から近く。
二時間ほど走ると、ツタが絡まった五十メートル四方ほどの砦が現れた。
おぉ……歴史を感じる。
壁は十メートル。壁の四方には十五メートルほどの塔。
壁の上がデコボコ、ノコギリのようにしてあった。
今更ながら、西洋風。
木製で、金属で補強された分厚い扉がついた門があり、そこは開いていた。
「ここだ」
ミラグロスが馬から降りるのを確認すると、俺もライアンから降りる。
中に入れば、石造りの建物。
その傍には馬を繋ぐ馬房だろうか。
数が多い。
建物の中には、竈がある部屋にテーブルが並ぶ部屋……多分台所と食堂。
ベッドが並んだ部屋がいくつかある。集団生活用かね?
あと、兵糧や武器用なのか倉庫がいくつか。
二階に上がると、士官用の部屋なのか個室があった。
三階には大きな部屋、中央には会議室。
屋上にも出られるようになっていた。
壁より少し高く。向こう側が眺められる仕様。
「ちっ、地下もある」
そう言うと、ミラグロスが手を引いた。
おっと急に積極的。
何かあるのかね?