71’.小さな婚約者
私はエルザ。
この国の王の弟がお父様で、私はその娘になります。
「エルザ! エルザ!」
ある夜、お父様が私を起こしました。
いつもは寝ている時間なのに……。
「どうしたのですかぁ?」
私は眠たいのに……、何でこんな時間に……。
いろいろ考えるけど、何にもわからない。
目をこする私を見るお父様。
眠い目をこする私を連れだすと、お父様はある部屋を指差し、
「ちょっとあの部屋に行って欲しいんだ」
と私に言いました。
「何かあるんですか?」
何のことかわからない私。
「あの部屋にはお前の夫になる男が居る。
『迷った』と言えば部屋に入れてくれるだろう。
優しいから、甘えてくればいい」
お父様はニコリと笑のです。
でも、目は笑っていない。
何でだろう?
「やさしい?
抱っこしてくれる。
トントンしてくれる?」
私が聞くと、
「情報なら、そのくらいはするはず。
思いっきり甘えればいい」
お父様は言います。
「うん、わかったぁ」
私はお父様が指差す部屋にむかうのでした。
うー、眠たいよぉ!
そんなことを思いながら、部屋の前に立つと、
「どうしたんだい?」
男の人が現れました。
ガッチリとした黒髪の男の人です。
「迷ったのぉ」
と私が言うと、
「どうかしましたか?」
綺麗な女の人がベッドから起き上がってきました。
うわっ……綺麗な人。
私は見とれてしまいます。
「子供が迷い込んできた」
男の人が言うと、
「そうですか……。
仕方ありません、一緒に寝かせて明日にでも城の者に聞きましょう」
女性が私を見て優しい顔をします。
そして、
「そうだな」
男の人が私を抱き上げ、ベッドに入るのでした。
「寝られるか?」
優しい顔でその男の人が私に言います。
お父様が言うには私の旦那様になる方。
男の人と女の人が布団を上げて、二人の間に導いてくれます。
二人は優しく笑っていました。
ベッドの中は暖かく、軽くトントンと背中を叩かれると、すぐに寝てしまいました。
次の日の朝、
「そろそろ、朝ご飯に行こうか」
男の人に軽く揺すられると、私は起こされました。
うにゅう……、眠い。
目をこする私。
そして、
「あっ、私寝間着しかない」
私が気付くと、
「王宮に詳しそうな人が居るから、ちょっと待っていようか。
一緒に朝食をするのなら、着替えないとな。
それから、親探しだ」
男の人が頭を撫でる。
あっ、お父様と同じごつごつした手だ……。
男の人と女の人と待っていると、
「エルザ、ここに居たのか!」
さも探していたように、お父様が現れ、私に近寄ると抱き上げました。
あれ? 私が居る場所、知っていたでしょ?
「ケヴィン様、おはようございます」
あっ、エリザベス殿下だ。
私は小さなころに一度見たことがある。
そう言えば、バレンシア王国から来ていると聞いていました。
「エリザベス王女、お久しぶりですな」
と返事を返すお父様。
「エリザベス王女、この方は?」
男の人に聞くと、
「王弟のケヴィン様です」
エリザベス殿下がお父様を紹介している。
「それにしても、その子は?」
今度はエリザベス殿下が私を見て言った。、
「私の娘のエルザだ」
とお父様がエリザベス殿下に私を紹介した。
「もうこんなに……大きくなって!」
私を見て驚きます。
以前エリザベス殿下がこの国に来た時は、私は生まれたばかりで小さかったようです。
「その男は?」
今度はお父様がエリザベス殿下に聞きました。
あれ? 知っているんじゃ?
私はお父様の顔を見た。
お父様は人差し指で口を触る。
これは、何も言っちゃいけない合図。
何で、知っているのに知らないふりをするんだろう。
「私の私的な護衛のハイデマン伯爵です」
とエリザベス殿下が言うと、
「ああ、あの……」
お父様が頷いていた。
「にしても、そのハイデマン伯爵がなぜエルザと?」
ハイデマン伯爵にお父様が詰め寄った。
「昨日の夜、私の部屋に入ってきたのです。
夜も更けておりましたので、婚約者のカミラと共に私のベッドで寝てもらいました」
そう、その通り。
お父様に言われた通りに私はハイデマン伯爵の部屋に行きました。
すると、
「何、未婚の娘が男と同衾しただと?」
お父様が大げさに驚きます。
「エルザ。あなたがお父様以外で一緒に寝ていい男性は、心に決めたお方だけ」
あっ、そんなことをお母さまが言っていた。
「本当なのか、エルザ!」
お父様が聞いてくる。
正直に、
「お父様、このお方と一緒に寝ました。
頭を撫でてくれて、気持良かったです」
私が答えると、
「あー、そうなのかぁ!」
大げさに頭を抱えるお父様。
「これは困ったぁ。
王族の未婚の女が親族以外の男と同衾した場合、その女を娶るのがこの国のしきたり。
ハイデマン伯爵にエルザを貰ってもらわねばならない!」
チラチラとハイデマン伯爵を見るお父様。
エリザベス殿下は顔に手を当てていました。
「あー、言っていなかった私も問題があるけど、一応王宮内だから王の血統の者が居ることを考えて欲しかったです。
ハイデマン伯爵が同世代以上の女性を警戒するのを見越して、こんな子で攻めてくるとは思いませんでした……」
半ばあきらめたような顔。
すると、お父様は、
「『しきたり』は『しきたり』だからな。
エルザはハイデマン伯爵に貰ってもらう。
年齢的にすぐに結婚は無理だろうから、婚約でいいぞ。
責任取れ!」
大きな声で怒ったようにハイデマン伯爵に言います。
「完全なハニートラップだよな。
子供を利用しての……」
ハイデマン伯爵が苦笑いしていました。
ハニートラップって何だろう?
私が考えていると、
「ハニートラップだろうが何だろうがいいんだよ。
お前を押さえられるなら。
ただ、お前と結びついておいた方が、この国に利益があると考えた。
婚約者が既に三人居て、婚約待ちの者が嫌がっていないのなら、貰ってもらってもいいだろう」
と、お父様が言いました。
「身辺調査を?」
ハイデマン伯爵が言う。
「すでに調べは付いている。
エリザベス王女さえも視野に入れていることもな」
身辺調査……たしか、いろいろその人の事を調べるってことでしたっけ?
だから、お父様はハイデマン伯爵の事を知っていたのですね。
続けて
「その情報源はお父様ですね!」
エリザベス殿下が聞かれ、
「あっ、まあ、そうだな」
お父様が答えるのでした。
「女は国と国、家と家を繋ぐもの。
いつかは出て行かなければいけないの。
そして、お父様があなたにして欲しいことがわかったら、お父様に協力してあげて欲しいの」
悲しそうな目でお母さまが言っていたことを思い出した。
お父様が私を見る。
知ってるよ。嫌でも「好き」って言わなきゃいけないんでしょ?
でもね、ハイデマン伯爵と一緒に寝てわかったんだ。
私が眠るまでハイデマン伯爵は私を見てくれていた。
ハイデマン伯爵は、私を見てくれる人。
だから、大丈夫。
私は心を決めると、
「私はハイデマン伯爵、優しいからだーい好き。
ちゃんとお勉強して、いいお嫁さんになるね!」
ハイデマン伯爵に抱き付くと、諦めたように笑います。
それから私はハイデマン伯爵との婚約が決まり、その婚約者たちと一緒に居ることになりました。
訓練場に行って模擬戦を見るだけだけど、ハイデマン伯爵は私を膝の上に乗せてくれます。
「このほうが見やすいだろ?」
って言っていました。
そして、手が光ると、焼き菓子を出してくれます。
クッキーっていうお菓子で、パクリと食べると、凄く美味しくって……。
ちなみに、ハイデマン伯爵は収納魔法っていうのを使えて、別の次元に一杯いろいろ持っていて、私が食べるお菓子ぐらいは準備できるって言っていました。
クッキー以外にもお菓子を出してくれて……だからじゃないけど、私はいつもハイデマン伯爵と一緒に居ることにしました。
だって婚約者だもん。
そんな日が何日か続くと、ハイデマン伯爵がエリザベス殿下と帰る日が訪れる。
「今日、ハイデマン伯爵が帰る。
婚約者として、見送りに行くぞ!」
お父様に言われた。
ええええええ……。
私のお菓子が無くなる。
王宮に無いお菓子ばっかり。
それも美味しいのばっかり。
それが無くなる。
親善訪問が終わり、ハイデマン伯爵が乗る馬が動き始める。
「私のおーかーしー!」
思わず私は走り出そうとしていたみたい。
お父様は私を捕らえて、抱き上げると、
「四年後にバレンシア王国の学校に留学させるから、後は頼んだぞ!」
お父様がハイデマン伯爵に言うのでした。
お菓子は四年後ですか?
お父様。




