6.お使い
七歳になった。
俺は母さんに言われ家を出てお使いに行く事も多くなる。
近所に子供が居ないため、相変わらずカミラと組手三昧だ。
「ケイン、悪いんだけど玉ねぎ買ってきてくれない?」
俺の部屋に来て母さんが言った。
「ん?良いけど」
「じゃあ、コレで買えるだけ」
と母さんが俺に籠とお金を俺に渡した。
おぉ、懐かしの網込みの買い物籠。
おばちゃんが腕に通してたなぁ。
昔はマイバックが当たり前だったんだよ。
懐かしさを覚えつつ玄関から出ようとした時、
「主よ、どこへ行く?」
カミラが後ろから俺に声をかけてきた。
「ん?お使いだ」
振り向くと暇そうなカミラ。
「一緒に行っていいか?
一応私はケインの護衛設定だし……」
チラチラと俺を見ながら聞いてくる。
「いい」と言って欲しいのだろう。
「カミラは冒険者ギルドカードの再発行をしたんだろ?
依頼は?」
と俺は聞く。
要は「暇じゃないんだろ?」と聞いてみた。
カミラは冒険者ギルドカードを再発行してもらい、知らない間に軽そうな黒い皮鎧を着るようになっていた。
「一人で依頼を受けてもな。
もう二年待てばケインも冒険者ギルドに登録できる。
だったらそれを待つのもいいかと思ってな……」
「そうだとしても、俺はカミラと一緒のランクじゃないぞ?」
「大丈夫。私が受ければケインのランクが低くても問題ない。
パーティーメンバーで一番高い者のランクが基準になるから」
ちなみにカミラの冒険者ランクはBランクらしい。
冒険者は強さでGからSSSで別れている。そのBランクだから、中堅ってとこなのだろう。
結局、
「私がついて行くのは嫌か?」
と涙目で言うカミラに負け、
「まあいいや、カミラも一緒に行こう」
俺が言うと、嬉しそうに俺の背中に抱き付き、そのままカミラが付いてきた。
王都は王城を中心に東西南北に東西南北に大通りが伸び、それぞれの門に繋がる。
そしてその通り沿いに出店費用を払って色々な出店がて市場となっている。
東がドラゴンマーケット、西がタイガーマーケット、南がフェニックスマーケット、北がタートルマーケットちなみに俺が行く市場は東にあるドラゴンマーケット。
理由は単純。
家から近いから。
玉ねぎを籠一つなんで、そんなに難しい買い物ではない。
大体玉ねぎ一個が五セト。
生きてきた感覚では、一セトが約十円になる。
一セト硬貨が鉄貨一枚。これがこの国の硬貨であった。
鉄貨 一セト・・・ 十円
大鉄貨 五セト・・・ 五十円
銅貨 十セト・・・ 百円
大銅貨 五十セト・・・ 五百円
銀貨 百セト・・・ 千円
大銀貨 五百セト・・・ 五千円
小金貨 千セト・・・ 一万円
中金貨 一万セト・・・ 十万円
大金貨 十万セト・・・ 百万円
白金貨 百万セト・・・一千万円
と言う感じになる。
俺の手には大銅貨一枚。
つまり五百円分のお金を持っていることになる。
そして玉ねぎを十個程度買って帰るのが俺の仕事。
俺とカミラは野菜を売っている店をまわった。
「ケイン、この玉ねぎなんかどうだ?」
カミラが俺に聞いてきた。
「ダメだよ、その玉ねぎは多分箱の底の方だったんだろう。
上から押されて少し凹んでいる所がある。
そういう所から痛むんだ。
玉ねぎは長持ちする野菜だから、そういうところを見ないと、腐ってしまうぞ」
「難しいのだな。
それにしても主はよく知ってるな」
年齢相応でない事を言っているのだろう。
「まあ、いろいろあったからね」
一人暮らしで玉ねぎを腐らせてしまったことを思い出す。
袋に入れたまま置いていたせいで湿気により腐敗してしまったのだ。
帰ったら、軒下にでも干しておくか……。
そんな事を考えながら歩いていると、
「きゃっ」
と言う子供の声が聞こえた。
体格のいい男に躓いた俺くらいの歳の女の子。
金髪に赤い目。
見るからに高そうな服を着ていた。
「アイタタタタタ……。
足が折れた」
大男が足を押さえ、転げまわる。
まあ、見た感じそうじゃないんだけど……。
手下のような男が、
「兄貴、大丈夫ですかい?」
と言ったあと、
「嬢ちゃん、兄貴の足が折れちまったようだ。
治療費を払ってもらえないかい?」
男はニヤニヤしながら女の子に声をかけた。。
「お金を払えばいいのですか?」
そう言うと女の子は素直に財布を取り出したが、その財布も金糸や銀糸で細工がされている。
いいカモだと思ったのか、大男も手下も笑っていた。
「ああ、小金貨一枚あれば、兄貴の足は治る」
手下が、小金貨をねだる。
「それでは小金貨を……」
そう言って女の子差し出そうとした時、
「バカだなあ、そのおっさんの足は折れていないよ」
そう言うと、俺は大男に近寄り脛をバキリと踏み折った。
「ギャー!」
という本気の叫び声が上がると大男が転げまわる。
「君、これが折れた時。
足がまっすぐじゃないだろ?」
手下は俺の突然の行動に唖然として動けない
女の子は大男に近寄ると、
「あら、ホント。
折れると本当に足が曲がるのね」
折れ曲がった足を観察していた。
それを確認すると、俺は大男の足をまっすぐにしてから治す。
「これが折れていない時」
今度は痛みがなくなった大男が唖然として俺を見る。
「本当にまっすぐ」
女の子は大男の脛をじっと見ていた。
「だから、この大男は足なんか折れていないんだ。
だから、そんな小金貨を払わなくていい」
俺がそう言うと、女の子は財布を仕舞った。
「小僧、邪魔しやがって!」
大男が俺を殴ってきたが、俺はギリギリで避けると足をかけ倒した。
今度はカミラが大男の足を踏み折る。
「バキン!」
俺より派手な音がした。
あらぬ方向に足が折れる。
「カミラ?」
「手加減を失敗したのだ……」
苦笑いである。
ヤレヤレ……。
「あらあら、折角足が戻ったのに残念」
女の子が笑う。
再び大男の足を治すと、
「とりあえず、ここから離れようか。
けっこう目立ってるからね」
と俺は言った。
「わかりました」
の声と共に、俺は女の子を連れカミラと路地裏に向かう。
「で、君は何でこんなところに居るの?
その格好からして、豪商か貴族、王族ってところだと思うんだけど」
女の子は王族という所でビクリとした。
えっ、王族?
マジですか。
「隠れてお城から出てきました。
私は馬車越しでない王都が見たかったのです。
そして言葉ではない本当の民の生活を知りたかった」
女の子は胸の前で手を組み何かを想像しながら言う。
「お城って……まさか王女様?
こんなところに来てはいけない人じゃないですか」
暴れ○坊将軍にでもなるつもりなのだろうか?
「ええ、でも……」
「まあ、あの大男みたいな人ばかりじゃないけども、危ないですよ?
本当は護衛を連れて来ないといけません」
ん、正論。
「護衛をつけると民の本当の生活は見えません」
「そりゃそうでしょうが、そういうものを見るのはあなたの部下です」
「私の目で見たかったのです」
強い言葉で女の子は言ってきた。
「俺もそれは良い心がけだと思います」
そう言うと、誉められたと思ったのか女の子は嬉しそう。
「でも、あなたの命はあなただけの物ではないんですよ?
あなたが死ねば国の威信にかかわる。
護衛担当者などは責任を取って自決しなければいけなくなるかもしれない。
その家族も路頭に迷う。
その責任をとる覚悟で、この散歩をなさっているのですか?
ただの我儘でここに居るのなら、お城にお帰りください」
すると目が細くなり、
「あなたは無礼ですね」
と言ってきた。
しかし、気配感知に不審な光点が映って居るのに気付いていた。
ずっと等距離でついてきていた光点。
俺と女の子が話している間に後ろの家の屋根に居た。
あっ、何かを放った。
「無礼で結構です。
こんなふうに襲ってくる者も居るのです」
俺が言った時に放たれた何か……。
俺は振り向きもせずに女の子の直前でその何かを掴んだ。
弓矢か……。
矢じりには毒のような液体。
ヘナヘナと崩れる女の子。
すぐに弓を撃った者の周りの酸素を抜き窒息で気絶させる。
カミラは何も言わずに屋根の上に飛び上がり、弓を撃った者を捕らえ、担いで戻ってきた。
「王城の前までは連れて行きます。
ちゃんとご両親や護衛の者たちに謝れば許してくれるでしょう」
「あなたたちは?」
「私は王城が見える所でお別れです」
「名前を教えてくれませんか」
「嫌です。
目立ちたくありませんから。
まあ、あなたを助けに入った時点で目立ってはいるのですがね」
俺は頭を掻いていた。
俺は王城の正門が見える所で止まると、
「どうぞ行ってください。
門番に話しかけるのを見たら私は去ります」
と女の子に言った。
「わかりました」
そう言うと門に向かって歩き始める。
そして女の子が門番に話しかけると、門番が驚いた顔になり、急いで城の中に入れるのだった。
ふう、終わり。
「主よこの男をどうする?」
カミラが俺に聞いてきた。
「そうだなあ、カミラが血を吸って吸血鬼にして太陽の光に晒す?」
「嫌だ!
私は主の血しか吸わない」
涙目で即答である。
「即決だねぇ。情報聞ける?」
「わかった、私に任せろ」
カミラは催眠が使える。
それを知ったのは最近だ。
俺に催眠をかけてきたからだ。
ただ、やはり魔力の差が大きかったせいか俺は催眠状態にはならなかった。
その時、
「何をやっている」
と俺が聞くと。
「催眠」
と隠さずに言うと、
「残念だがやはりかからなかったか。
抱いてもらおうと思ったのに」
と本当に残念そうに言っていた。
俺は少し考える。
「心配しなくても、最初はお前になると思うよ。
だって、今まで暮らしてきたんだ」
そう言ったあと、
「ただ、俺はまだ成人していない。
精通さえない。
だからもう少し待って欲しいな。
長寿種である神祖ならそのくらいは待てるだろ?」
そう言うとカミラはぽっと頬を染め
「わかった」
と言って俯いていた。
俺とカミラは男を連れ人気のない路地に入ると、カミラの目が光る。
「お前の雇い主は誰だ、そして依頼内容は何だ?」
「リンメル公爵。エリザベス王女を殺す依頼」
と、男は言った。
「またリンメルか……。
まあ、俺に実害が無いからいいけど。
カミラ、『任務は失敗、エリザベス王女は城に戻った』とこいつからリンメル公爵に報告させてくれ」
「わかった」
そう言うと、カミラの目が再び赤く光る。
カミラが思い出したように、
「主よ玉ねぎはいいのか?」
と言ってきた。
「おっと、ヤバい、時間かけすぎだ」
俺は急いで買い物を済ませ家に戻るのだった。
その夜の食卓。
父さんが、
「今日は大変だったんだ。
エリザベス王女が城を抜け出してな。
どこに行ったのかもわからず、皆で探していたんだが、ひょっこり戻ってきた。
エリザベス王女の護衛担当なんて顔を青くしていたよ。
でもひょっこり帰ってくると『護衛の皆さんごめんなさい』と言って頭を下げた。
あの我儘で有名だっただった王女がだぞ」
と言った。
「抜け出した時に何かあったのかもしれないわね」
考えている母さん。
「そのあと、女連れの男の子を捜せと言いだしたんだ。
うちのケインみたいに女を連れた子供なんて珍しいだろ?」
父さんはそう言ったあと、
「まさか、関与してないよな」
俺をジロリと見る。
「無い無い」
と俺は手を振った。
しかし、
「簡単な買い物の割には、ケインの帰りが少し遅かったけど……」
母さんが俺に聞く。
「それは、玉ねぎを選んでいたからだよ。
痛んでいる玉ねぎなんて無かったでしょ?」
下手な言い訳を言って必死に事を隠そうとする俺。
「そうね、どれもきれいな玉ねぎだったわ」
と母さんは言うが、事情を知っているカミラは俺を見てニヤニヤしているだけだった。
読んでいただきありがとうございます。