61’忘れ物
私はミンク。
カイザードラゴンである。
物語に出てくる悪役という事らしい。
あの時は寂しゅうて、人が居るこの王都に来たのだが、この国の王の祖先に騙されダンジョンマスターにされただけなのだが……。
ご主人様であるケインに倒されたことで、外に出る魔法陣ができた。
そのお陰で、私はここに居る。
現在メイドの勉強中である。
カミラ姉が、
「あら?
ケイン様が忘れ物をするなんて珍しいわね」
と呟いていた。
ご主人様が教科書というものを忘れたらしい。
「無いと困るのかの?」
私が聞くと、
「まあ、困るのでしょうが、リズにとっては嬉しいでしょうからね。
あっ、でも、隣同士じゃないからそういうのは無理か……」
リズというのはこの国の王女エリザベス。
ケインが狙っている女だ。
カミラ(ねえ)を筆頭に商会の女レオナ、公爵の娘ラインを手籠めにしている。
アーネ姉も狙っているようだ。
「ご主人様の血を吸えるなら、私の全てを投げ出してもいい」
なんて言っていた。
私も、その辺は同意だ。
私は初めて負けた。
魔物の世界で負けた者は殺されるのが当たり前。
でも私を受け入れてくれた。
私が大人の体に変わると、ご主人様は手をわしゃわしゃとしていた。
カミラ姉が言うには「オッパイ星人」という病気らしい。
「何かあるといけない」ということで今はラインより少し幼い程度に抑えている。
メイド服は今の体形に合わせてあるので、どちらにしろ年齢を上げるのは難しい。
私は何かあってもいいのだがな。
カミラ姉が警戒しているのか……。
「私が届けましょうか?」
カミラ姉に聞いてみた。
カミラ姉は
「ケインの学校の場所はわかる?」
と私に聞いた。
「私はご主人様の学校は知らないが、ご主人様が居る場所は魔力でわかる。
だから大丈夫」
私はカミラ姉に言った。
「そうね、じゃあ行ってもらおうかしら。
学校で何かあっても、旦那様が何とかするでしょう」
カミラ姉は笑って言う。
こうして私はご主人様の学校に行くことになる。
屋敷の玄関に出て、教科書が入った包みを胸に抱き、背中から翼を出すと、
「背中に翼をもつ人間は居ませんよ」
とアーネ姉に注意された。
「じゃあ、屋根の上を飛んでいくのは?」
「それもダメ。
歩いて行くか馬車で行かないとね」
「面倒。
早いのに」
「私たちが自分たちの力を解放して良いのは、ご主人様が言った時だけ。
でも、ちゃんとしたらご主人様は褒めてくれる」
「だったら、歩いて行く」
私は歩くことを選んだ。
少しでもご主人様に近づくように私は歩く。
すると、泣いている子供が居た。
「どうしたのだ小僧」
私が小僧に声をかけると、小僧は泣きながら、
「おかーさん!
おかーさん!」
としか言わない。
ふむ……この小僧に近い魔力の波長の者か……。
私は気配感知で近くの者の魔力を見る。
あれが近いな。
聴力を上げると、
「坊や~!
坊や~!」
という呼び声も聞こえた。
人間の体は脆い。
「来い!」
と小僧の腕が抜けないように引きずると、その人間の前に連れて行った。
「お前の子供か?」
私が聞くと人間は驚き、
「ええ、私の坊やです」
と答えた。
「そこで、泣いておった」
小僧を人間に差し出すと、すぐに私はご主人様の魔力を目指した。
背後から、
「ありがとうございました」
という声がしたが無視した。
ご主人様の魔力に近づくために街中を歩いていると、
「ドロボー」
という声が聞こえた。
逃げ去ろうという人間に当身を当てる。
「グエ」
とボロウスという魔物の声のように呻くと、人間が気を失った。
「お嬢さん、強いんだね。
助かったよ。
この金が無いと私の店はつぶれてしまう。
お礼をしたいんだが……」
と声をかけられたが、
「忙しいから行く」
と言って私はその場を去った。
更にご主人様に近づくと、
「嬢ちゃん、これ何だかわかる」
と、刃物を持った人間が現れ、私の前に立った。
「知らぬ!」
と手を振るうと壁に張り付いて気絶する。
「私はご主人様への用事があるのだ!」
私はそう言って、その場を去った。
少し進むたびに、人間と絡んでしまう。
思ったより時間がかかってご主人様が居ると思われる場所に付いた。
「入口がわからん。
壁が邪魔だ」
私はそう言うと、ひょいとその壁を越えた。
「ご主人様の前では静かにだったな」
建物の中では、私はゆっくり歩く。
すると、
「ミンクちゃん、何でこんなところに?
部外者は入れないはずなんだけど……」
ラインという女が私の前に現れた。
私が来た方向から、壁を越えてきたことに気付いたらしい。
「ご主人様が教科書を忘れた」
そう言って、包みの中身を見せる私。
「ん、わかった。
一緒に行こ!」
ラインという女は私がカイザードラゴンだということを知っても気にしない。
私の手を取ると、ご主人様が居る教室というものに連れて行ってくれた。
ラインという女が私を連れてご主人様の教室に入ると、
「ありゃ?
ミンクが何でここに?」
ご主人様が驚いていた。
「ご主人様、忘れ物」
私は教科書を差し出す。
「おう、助かった。
ありがとな」
ご主人様は私の頭を撫でてくれた。
ご主人様の撫では手に魔力を纏っているので気持ちいい。
しかし、気になったのは、なぜかリズという女が苦笑いしていたことだ。
ご主人様は教科書を受け取ると、
「ミンク、入口までしか連れて行けない。
授業があるからな。
屋敷には一人で帰れるな?」
と聞いてきた。
「はい、ご主人様」
私はご主人様に返事をする。
「わかった。
それじゃ、一緒に来て」
ご主人様と二人で入口に向かい、
そこでご主人様と別れた。
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数年後、エリザベス様に教科書を届けた時のことを聞いた。
「なぜ、エリザベス様は苦笑いしておられたのですか?」
私が聞くと、
「言っていいのかしら。
まあ、もう卒業もしているし、いいか……」
私は気になる。
「あのね、あの時、あの教科書が必要な授業は終わっていたの。
でも、ケインはミンクちゃんに言わなかったの。
ケインは『ありがとう』と言っただけ。
だから、あんな顔をした」
私は知らなかった。
ご主人様も誰にも言っていないようだ。
帰った時も「ありがとな」と言って私の頭を撫でてくれた。
ご主人様は優しい。
ずっと一緒に居たい。
そう思う私だった。
読んでいただきありがとうございます。