58.夜が明けて
部屋に戻って、大欠伸をした後、俺はラインが寝ていないベッドに入って眠る。
しかし起きるとラインが横にいる。
それも全裸で……。
「何をやっている?」
俺が聞くと、
「私の裸を見たって言う既成事実を作ったの」
との事。
「今更だろうに。
学校祭の打ち上げで俺に全部見せただろ?」
「それはあるけど『野営訓練を一番にゴールしたら一番いい部屋で寝られる』ってお母様は言っていたの」
ふむ、ミーナ・ラインバッハ夫人は実際にトップを取ったのかね?
「お母さまは、私があなたの所に行くのに賛成なんだけど、一人娘だからって手放さない人が居て……」
「ラインバッハ侯爵?
つまりラインのお父様?」
俺が聞くと、
「そう、お父様」
と苦笑いしていた。
「で、それを納得させるために既成事実を作れと?」
侯爵を納得させるために俺を悪人にしろという事らしい。
「ええ、お母さまが……」
「俺恨まれるでしょう?」
「ケインなら大丈夫でしょう?」
ニッと笑われた
「正直今はそういう気分じゃないんだ」
そう言うと、意味がわからないラインに事情を話す。
「つまり昨晩リズの班が黒ずくめの男に急襲された。」
「えっ、みんなは?」
驚く、ライン。
「何とか生きていた」
「誰が助けたの?」
ラインが少し考えると、目が俺を見る。
「ご名答。
俺は気配感知と言う魔法が使える。
そのお陰でわかった。
大分参っていると思うから、リズに後で声をかけてやってくれ」
「わかった」
ラインは頷いた。
「私はケインが居たから助かったんだ……。
四人と言う制限が私を助けた」
「どうなのかな?
黒ずくめの男の動線上に居て俺たちに気付いたら、俺たちも襲われていたかもしれない」
「ケインが嫌われていたから、お陰であたしは一緒の班になった」
「そうかもしれないけどよ『嫌われていた』はないんじゃない?」
「私は好きだよ?」
「それは知っている」
俺が言うと、ポッとラインが頬を染めた。
「黒ずくめの男は倒したんでしょ?」
「いいや、逃げられたけどね」
嘘をついておく。
「それでも私は守られる。
ケインが居れば私は助かる」
風が吹けば桶屋が儲かる的な言い回し。
野営訓練を終えたら、次の日には帰宅と言う流れだが、どうなるのやら……。
結局のところ、リズが無事だったという事で帰宅できることになった。
王城も襲われた原因をある程度把握しているのかもしれない。
学校の馬車に揺られ、学校の門まで行くと、ラインバッハ家の馬車が既に来ていた。
ゴールしてからの一日の休憩は、家への連絡のためらしい。
俺とラインは学校が手配した馬車を降りる。
すると、ラインバッハの馬車から使いの者が降り、
「ケイン様もこの馬車にお乗りください。
伯爵の屋敷には既に連絡をしてあります」
と耳打ちしてきた。
結局俺はラインと一緒に馬車に乗りこみ、ラインバッハ侯爵家に向かう。
侯爵家に入ると夫人が現れる。
「いらっしゃいませ、ケイン伯爵」
「お久しぶりです、ミーナ侯爵夫人」
「お帰り、ライン。
早かったのね。
もう何日かかかると思っていたけど……」
「ケイン君のお陰でね。
火を起こしてくれて、暖かい寝床で美味しい肉を食べて寝ることができました。
ケイン君が『準備しておけ』って言った毛布。
その毛布が一枚多いだけでも全然違うことを思い知らされました。
あっ、お母様。
私たち、訓練の最速記録だったのよ」
嬉しそうにミーナ様に言う。
「知らないだろうけど、あの野営訓練の記録保持者はケインの父親である鬼神ベルト。
それを越えるなんてね。
足手まといのラインを連れてよくやったわ」
ミーナ様がラインではなく俺を見て言った。
「足手まとい」と言われて、ちょっと膨れるライン。
「ラインはよく言う事を聞いてくれました。
持ってくるものもちゃんと厚手の毛布。
お陰で、体温が下がらずに眠ることができた」
「それだけじゃないんでしょ?
ちゃんと魔法無しで火を起こせたのね」
ミーナ様も野営訓練の経験があるらしく、その辺のことを知っているようだ。
「ええ、冒険者としてのたしなみです。
今回運が良かったのは
デマゴライを狩ることができたこと。
肉は食料として、油は灯明として、皮は敷布として使うことができました」
説明が終わると、
「で、ラインの裸は見たの?」
ミーナ様からの質問。
俺はミーナ様の目を見ると、
「はい見ました。
誰か大人の入れ知恵のようですが?」
ミーナ様に問いかけた。
「淑女たる者が男に裸を見せるのは覚悟を決めた時。
『どうしてもケイン君の下に行きたいのならやりなさい』とは言いましたが本当に実行するとはね。
さすが私の娘」
クククとミーナ様は笑っていた。
ラインバッハ侯爵はミーナ様にこうやって落とされたのだろうか?
「ラインよくやった!」と言う感じだね。
「それで、ハイデマン伯爵はどうなさるおつもりですか?」
ミーナ様が聞いてきた。
「元々ラインを手に入れるために爵位を上げてきたつもりです。
婚約は卒業の後でどうでしょう?」
俺が言うと、ミーナ様の溜息。
「ダメね、今あなたの下に娘をねじ込もうとしている貴族は多い。
そう、今すぐでもいいぐらい。
だから、できるだけ早くね」
有無を言わさぬ雰囲気。
まあ、俺としては今だろうが後だろうがどっちでもいい。
「早くしろ!」と言うなら今してしまうほうがいいのかもしれない。
しかし、俺は正式な婚約という物を知らない。
カミラは流れだったからなぁ。
「わかりました。
しかし、私は貴族にはなりましたが、正式に婚約をしたことがありません。
どのような事をすれば?」
「そうですね、指輪と支度金を準備してください。
あとは公文書として、ライン・ラインバッハと婚約すると残していただければ問題ありません」
「支度金はいつ?」
「いつでも」
相場は知らないが、
「では、白金貨十枚を今お渡ししておきます。
これを支度金にしておいてください」
俺は仕舞ってあった宝石箱に白金貨を入れて夫人に渡した。
宝石箱は象牙に金をあしらい、宝石をちりばめた工芸品のようなもの。
すると、何故か夫人の額に汗が流れる。
「ほっほぉ……。
私のラインにここまでの価値を……」
ん?
多すぎた?
ミーナ様は明らかに焦っていた。
「しっ支度金は受け取りました。
ラインバッハ侯爵の代表として、私はあなたとラインの婚約を認めます。
あの人は納得しているんだけど、どこかで許せないんでしょうね。
逃げちゃった」
ミーナ様は苦笑いをする。
「まあ、任せると言ってるから大丈夫」
こうして、ラインとの婚約が成った。
読んでいただきありがとうございます。




