56.野営訓練
三年の冬が終わり春に差し掛かるころ、野営訓練が始まる。
わざわざ雪解けのころを狙っているのは泥だらけになってもらおうってことなのかね?
魔法も使ってはいけないという設定だった。
剣とナイフ以外で持って行っていいのは支給された小さな袋に入るものと水筒、マントのみ。
後は剣やナイフを使えってことなのだろう。
弓でも自分で作れってか?
食事も現地調達。
少々ズルいが袋に火打石と火口、調味料を準備した。
カレー粉があると少々生臭くても食べられると聞いたことがあるが、そんな物は無い。
あと、火は重要だと思う。
後は無理やり毛布を入れて終わりだね。
俺もこのタイミングでの野営はしたことが無いなぁ。
騎士組と魔法使い組混合で班分けはあったのだが。
当然リズはお付きと一緒だ。
俺はボッチだった。
四人編成ということで、お付きの中からラインが俺のところに来る。
ということで二人班になるのだった。
隊列を組み徒歩で森を目指す。
雪解けのころとあって、やはり地面は緩く歩き辛かった。
所々に雪も残る。
森までの小休止の時には、乾燥した細い枝を回収しておくようにラインに言っておいた。
「ここから地図を使って目的地まで歩いて欲しい。
タイムリミットは一週間。
森の中にあるモノなら何でも使ってもいい。
ただし、魔法の使用は禁止。
弱いとはいえ、魔物も出るから騎士たちは魔法使いを守りながら行くんだぞ?」
との事。
既に日が傾いた状況。
周囲は薄暗くなっていた。
先に進もうとする者も居る。
それを見て、
「どうするの?」
とラインが聞く。
「ああ、先ずは野営だね。
夜中ウロウロするのは危ない。
夜の方が強い魔物も居るだろうし」
夜襲をしないなら、たき火の灯が見えても問題ないだろう。
とにかく、冷える。
まずは体温の確保。
「ラインはこの場所を取って待っていてくれ」
たまたまあった乾いた場所に居るように指示した。
程々の太さの枝を二メートルほどで切り落とす。
それを担ぎ、ラインの下に戻る。
「ライン、マントを貸してくれ」
俺はその枝のうち四本を組むと、マントで囲い簡易のテントを作る。
「うわっ、すごい」
ごっついナイフで枝を割り、下に敷くと火打石と火口で火種を作る。
木くずに火口を入れ、ぼろ布に入れて振り回すと火が着いた。
その上に、手に入れておいた枝を置き、火を大きくする。
「冷えてるだろ、温まれ」
「うん」
大きくなっている炎の上に川の字で太めの枝を置く、しばらくすると燃え始めた。
生木が燃えてくれたか。
火勢が強くなれば、下手な事では消えないだろう。
「干し肉でもあればなぁ……」
ラインが口さみしそうにしている。
「ひもじい思いをしろということなんだろうな。
さて、体が温まったから、俺は狩りに行ってくるよ。
食い物がないと寂しいだろ」
俺は気配感知で獲物を探す。
魔法は使っちゃいけないらしいけど、これは攻撃魔法じゃないし……。
最近常駐しているのが当たり前だし……。
という言い訳
皆、いろいろ探しているようだ。
デカい気配が走り抜ける。
俺はデカい気配を追いかけると、デマゴライと言われるイノシシの魔物が居た。
全長でニメートルほど。
俺は木の上に上ると、ナイフを出し枝の上からデマゴライの首の上に飛び乗った、そのまま喉笛をナイフで掻き切る。
「グエ」
という声がしたが、そのまま血を吹き出して倒れた。
血抜きができたのを確認すると、内臓を取り出し首を切って頭を外す。
そして、胴体を担いだ。
血まみれの俺は獲物を探す生徒たちに、
「ヒッ、バケモノ」
と言われながら、ラインのところに戻った。
「はい、お待たせ」
「うわっ、凄い。
これケインが?」
「ああ、運良くね。
さて、捌くから待ってて」
俺は後ろ脚をばらして腿を露出させると、石の上に置いて直火で焼く。
「こうしてれば、焼けるからちょっと見てて。
俺は水を確保してくる」
沢を探し、水を確保。
煮沸しなくて大丈夫かね?
まあ、この時代の腹になっているって事で……。
希望的観測だが、雪解け水だしね……。
丁度水を確保して戻ったところで、いい具合に腿が焼けていた。
「さて、飯にしよう」
「ウン」
ナイフで削いだ肉に塩を少し振ってそのまま噛り付く。
「あっ、美味しい」
「だろ?
いいのが狩れた」
「全部は食べられないでしょ?」
「ああ、残りは解体して、煙で燻す。
デマゴライは比較的魔力が多い魔物と言われているから、一週間ぐらいは持つだろ。
野営訓練の間の食糧になってもらおう」
腹がいっぱいになると、早々に解体を行う。
最後に残った皮はテントの下に敷いて湿気対策として使うことにした。
上に毛布をかければ小マシだろう。
ダニとかが居ないか……。
まあ、まだ寒いから大丈夫だろう。
最終的に売れる物として残らないだろうけど。
「さて、風呂などないんだ。
毛布を出して寝ろ。
指定の袋に入れてきているだろ?」
「ああ、ええ」
「俺は、薪を足して肉を燻せるようにしたら寝る」
俺は、ラインに毛布を持ってくるように指定しておいた。
火が確保できなかった場合の事を考えたのだ。
「じゃあ、寝るね。
ケイン、カッコよかった。
今なら襲ってもいいよ」
「何バカ言ってる。
早く寝ろ」
ラインはデマゴライの皮の上に毛布を敷くと眠り始める。
俺は木の枝に肉を乗せ燻せるようにした後、火に薪をくべ周囲を警戒しながら毛布を被って寝るのだった。
朝もやの中、薪の爆ぜるパチンという音で俺は目を覚ました。
まあ、理由としては気配感知に何かがかかったから。
魔物じゃないね。
まあ、暴動の原因は大体空腹だからなぁ……。
腹をすかせた生徒たちが食料の多い俺たちから盗もうとしているらしい。
俺は、今起きたふうに立ち上がると、枝に置いていた肉をすべて回収し、指定の袋に入れた。
毛布は丸めて背に担ぐ。
意外と表面が乾いており、持ち歩くには問題がなさそうだった。
そうすると、周囲の気配は消えた。
俺と戦う気はないようだ。
俺は薪をくべ、再び寝た。
雪解けの時期だけあって水の確保が簡単なのが助かった。
水が無ければ魔物の血を飲まないといけないと思っていた。
食料は初日のデマゴライが決め手となり、朝昼晩とデマゴライの干し肉になったが何とか乗り切る。
デマゴライの皮はよく水を弾き、丁度いい寝床となった。
こうして地図を見ながら、山越え、谷越え、沼超え、俺とラインはゴール地点に到着する。
「ケイン・ハイデマン。
ライン・ラインバッハ。
到着おめでとう。
君たちが一番だ。
三日半と言うのも最短記録。
鬼神の記録を抜くとはね」
先生が言った。
「エリザベス様は?」
俺は聞いた。
「物見の話では三分の二ほどは到達している。
ただし、寒さにやられているようだな。
魔法無しで火を起こせる者が居なかったようだ」
「私たちはケインが火を起こしてくれたし、デマゴライの皮もあったから温かかったわ。
食料も十分あったし」
ラインが言う。
「チラチラと俺たちの周りにいたのは物見だったんですか」
「気づいていたのか?」
「ええ、まあ、俺たちの邪魔をしなければ問題ありませんし……」
「さすが鬼神の息子か……」
先生が呟いた。
「ご褒美は何がいい?」
伝統として、一番にゴールした者にはご褒美がある。
まあ「爵位を上げてくれ」と言うのは無理らしいが……。
「そうですね、風呂に入ってふかふかのベッドで寝たいです。
ラインそれでいいかな?」
「ええ、それで」
こうして、近くの村に準備されていた、風呂とベッドでの一泊がご褒美として提供された。
魔法の縛りもないので、着ていた服もマントも毛布も綺麗にしておく。
「あー楽しかった。
ケインを独り占めですものね」
風呂を出た俺たちが合流したのちツインの部屋に通される。
「これはどういうことだろう……」
「ああ、大体男二人女二人または、男四人って感じだから、二人パーティーなら一部屋でいいって勘違いしたんじゃない?」
「ほう……」
「私はいいわよ?」
「仕方ねぇなぁ……。
ツインだから良しか……」
こうして同じ部屋に寝ることになった。
寝ていると、気配を感じる。
俺のベットに誰かが滑り込む。
「起きてる?」
聞いてきたが寝たふりをした。
「あー、ケインの匂い。
デマゴライの獣臭い匂いと一緒に嗅ぐケインの匂いもいいけど、これもいいわね」
そう言って俺の体を触るライン。
「二人で寝るなんて思わなかった。
襲ってくれてもいいのに……。
お父様も婚約の話がいつになるか気にしているみたい。
知ってる?
学生で伯爵なんて、娘をあなたの妻にしようって貴族でいっぱいなのよ?
クラスの女性となんて色めき立って……。
私は気が気じゃないんだから……」
ふむ……。
俺は振り返るとラインを抱き寄せキスをした。
「ん!」
しばらくして外すと軽く唾液が糸を引く。
ラインの顔が紅潮していた。
ニッと笑ってごまかすと、再び振り向き不貞寝する。
するとラインが後ろから抱き着き背中にぐりぐりとおでこを擦り付けてくるのだった。
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