49.嫌がらせ
王都の屋敷でカミラと寝ていると、気配感知に引っかかる何か。
俺もカミラもふと目を覚ます。
「魔物ですね」
カミラが言った。
「その辺はよくわからないが……」
「家の関係上、そういう高位の魔物のに会ったことがあります」
裏の仕事ね……。
「誰かに嫌われたのかね?」
「最近の話から考えると、クリフォード?
それにファルケ王国。
鉄壁のバルトロメを倒されましたし」
「恨まれる理由は多いか……」
「そういうことになります。
まあ、我々を標的にしてくれれば問題ないかと……」
「そうだな」
何者かの動向を監視しつつ、待つのだった。
何も音がしないが、何かが俺の上に来る。
目を開くと天井にクモ?
いや、女郎クモの腹の上に褐色の女性の体……。
上半身裸である。
その目が俺をずっと見ていた。
アラクネ?
「珍しいですね。
気位が高く、人の下になどつかないはずなんですが……」
「それを言うなら、カミラもだろ?」
「でも、強い者には惹かれますよ?」
「ならば、この魔物も強い者に惹かれたんじゃないのか?」
「私のように無理やり奴隷にされるっていうのもありますからね」
アラクネを無視して二人で話をしていた。
さて、
「何の用?
婚約者と二人で寝るのを邪魔する理由が知りたいんだが……」
「私とて人の下になど下りとうなかった……。
気が付けばこの紋章をつけられておったのだ。
しかし、この紋章をつけられれば逆らえぬ」
アラクネは左の肩にある紋章を指差した。
「ああ、さっきの会話を聞いていたのか。
カミラが当たり」
「そうみたいです」
カミラが俺の方を向いて言った。
そして上を見上げると、
「それで、私に用なのですか?
それとも、ご主人様に?
カミラが口を開く。
「そこの男だ。
今の主人はそこの男に恨みがあるそうだ。
びしょびしょにされたとか……」
クリフォードだよね。
「ちっちぇー」
「はい、ちっさい男ですね」
「そっそれでも、主人なのだ。
仕方なかろう?」
「で、どうしろと?」
「私の毒で病死のように見せかけろと……」
アラクネが言った言葉に反応してカミラの背後から何か恐ろしい気配が上がった。
「ヒッ」
アラクネが恐れおののく。
「その主人と離れる気は?」
俺が聞くと、
「無理だ!
魔力が足りん」
涙目のアラクネ。
カミラがクスリと笑った。
誰かさんの過去を思い出しているのだろう……。
「ちょっと、紋章を見せてみ」
アラクネはスルスルと糸を垂らして降りてくると、俺の前で止まった。
肩の紋章を探る。
ああ、やっぱりクリフォードの魔力。
紋章内のクリフォードの魔力を除去すると、紋章が消えた。
「はい終わり。
もう捕まるんじゃないぞ」
「えっ?」
アラクネは何が何だかわからないようだ。
「ほら、紋章が消えただろ?」
俺は紋章があった場所を指差した。
「お前は、もう奴隷じゃない。
だから、好きな所に行っていいぞ?」
そう言うと俺はカミラと横になる。
暫くしてもアラクネの気配が消えない。
何もできんじゃないか。
すると、
「もし?」
と上から声が聞こえた。
「どうした?」
俺は再び上を見る。
「私を雇ってもらえないだろうか?」
「雇うとは?」
「私は密偵や暗殺などの仕事に特化している。
見れば、騎士のような戦いが得意な者や手伝いをするメイドのような者が居ても、影で動くような者が居ない様子」
「よく調べたな」
「まあ、私はコレが仕事。
アラクネは垂直の壁など簡単に上ることが可能。
私ぐらいになれば、人化も可能だ」
ストンという音が床からすると、褐色の肌の全裸の美女が居た。
背中からカミラの気配がする。
「姐さん、別に姐さんの男を取ろうって訳じゃないのです。
ただ、これだけ強いのならば、血も美味いのではないかと……」
「私が旦那様から離れられないのは、婚約者であり愛しているのも有るが、血の旨味もある」
そうなの?
「そうでしょう?
この人の密偵をする代わりに、ちょっとでいいから血を貰いたいのです」
アラクネが手揉みだ。
「カミラ、どうする?」
「良いのではないでしょうか。
ご主人様の血という物を目的としているのです。
一度吸えば離れられなくなるでしょう」
ふと疑問がわいた。
「クリフォードは血をくれなかったのか?」
「あの男は『魔物になどやる血はない!』と言っておった」
アラクネが言う。
「ちっちぇー奴だな」
「小さいですね」
俺とカミラは再び呟くのだった。
「それじゃ、お前は俺付きの密偵ということでいいか?」
「雇ってもらえるのか?」
「雇うから、言葉遣いを直して。
密偵はしてもらうが、カミラの下に付いていること。
平生はカミラ付きのメイドをしてもらう。
魔法師団に行くときは、必ずついてくること」
「わかったの……わかりました」
アラクネは頭を下げた。
「人化は継続できるな?」
「今の魔力では少し難しいの……です……」
アラクネはチラチラとカミラを見ていた。
「旦那様、血を飲ませてやってください」
俺が腕を出すと、チューチューと血を吸うアラクネ。
そして目を見開くと、
「姐さん。
これを毎日?」
と吸血をやめカミラに聞く。
「週一回ぐらいね」
吸血した穴から血が出てるから……。
「ああ、もったいない」
酒をこぼしたオッサンが啜るように、零れた血をアラクネは啜った。
「でもこんな血を吸ったら、もう離れられない」
「そうね、だから裏切れなくなるでしょ?」
カミラがアラクネを見て言った。
「まさかそれを見込んで、私に血を吸わせたとか?」
「そう、私のご主人様が死ねばあなたも他の血を吸えず魔力枯渇で死ぬ。
だから、私とご主人様を守りましょう」
アラクネは頷くのだった。
「名前が要りますね。
旦那様、名前を付けてください」
「俺が?」
「神祖には名前という概念がありましたが、アラクネにはありません。
ですから、名前が必要になります」
「お前には名が無いのか?」
アラクネに聞くと、
「捕まる前は呼ばれることは無かった。
人間に捕まりってからは『魔物』や『バケモノ』と呼ばれていた」
悲しそうに言う。
「無いってことか……。
じゃあ、アラクネだからアーネ。
お前の名はアーネだ」
「アーネ。
私の名……」
呟くアーネを見ながら、
「服装は学校祭の給仕服でいいですか?
私付きということで、少し変えたいと思います」
「ああ、その辺は任せた」
こうして、俺に密偵ができた。
次の講義の時に、アーネを連れて魔法師団に行く。
ちょっとした嫌がらせ。
宮廷魔術師筆頭の部屋にメイド姿のアーネを連れてはいると、クリフォードが顔を引きつらせて椅子から落ちた。。
「ああ、新しいメイドです。
講義の手伝いをしてもらいます。
よろしいでしょうか?」
「ひぃ」
というクリフォードの叫び声が聞こえた。
「よろしいですか?」
俺はニコリと笑ってクリフォードを見る。
クリフォードはコクリと頷いた。
「それは良かった」
俺は部屋を出ようとして止まる。
そして、
「ああ、気をつけてくださいね?
急に毒殺などされないように」
というと、アーネを連れてクリフォードの部屋を出て行くのだった。
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