44.伯爵
ある日の深夜。
漆黒の馬車が俺の屋敷に現れる。
頭の無い馬。
御者は自分の頭を抱えている。
デュラハンだった。
「バクスエル、久しぶりね」
御者を見てカミラが言う。
「お嬢様。
人間と共に住むと言って出て行って以来ですな。
それで、そこに居る小僧がお嬢様が見初めた男ですかな?。
にしても、人の世界に溶け込み過ぎて、斥候のコウモリたちも探すのに苦労したと言っていましたぞ?」
苦々し気に言うバクスエルに向かって、カミラが笑いながら、
「それは重畳。
私はそのつもりでしたからね。
私自身も旦那様の婚約者として暮らしています。
旦那様の血以外吸って生きてはいませんしね。
それにしてもどうやって私の場所が?」
「新興男爵の婚約者の届け出にフルネームをお書きになられたでしょう?
事務方に忍ばせていた我が手の者が気付きました」
「ああ、あれですか。
あれでバレたのなら仕方ありません。
旦那様にフルネームで書くように言われましたから」
置いてけぼりの俺。
「えーっと、どういう事?」
俺は二人に聞いた。
「お主、知らぬのか?
この方がヴォーデ・ドラクリヤ様の娘であることを」
「誰それ?
まあ、誰の娘でもいいけど……」
そう言う俺を見てクスリと笑うカミラ。
「この流れだと、両親に挨拶に行けばいいって訳だな?」
俺が言うと、
「急ですが、よろしいですか?」
申し訳なさそうにカミラが俺に聞いてきた。
「行かないと面倒そうだしね。
それに、この場にこの馬車がここに居て誰も出てこないってことは、ミラグロスたちも眠らされているんだろ?
寝ている間に戻ってこないと別の意味で面倒そうだ」
俺とカミラは馬車に乗った。
すると、馬車は浮かび上がり、ものすごい速さで空を飛ぶ。
どのくらいの距離かはわからないが、結構な距離じゃないだろうか。
暫く空の散歩をしていると、真っ暗な中に城のシルエットが見えてきた。
その入り口に馬車が降りる。
ギイと馬車の扉が開いた。
そして、玄関に行くと再びギイと扉が開く。
カミラが先を行き、俺はそれについて行った。
すると、大きな広間に到着する。
そこには二メートルを越えそうな大男に、カミラに似た美女が居た。
「お父様、お母様、ただいま帰りました」
カミラが頭を下げる。
「お初にお目にかかります。
この度カミラと婚約したケイン・ハイデマン男爵と申します」
俺はそう言うと頭を下げた。
「うむ……。
我はヴォーデ・ドラクリヤ伯爵。
バレンシア王国より永世の伯爵の地位を与えられた神祖。
影で暗殺などを請け負っておる」
それ言っていいのだろうか?
「こちらに居るのがヴィクトリア・ドラクリヤ。
我の妻だ」
ヴィクトリア様はペコリと頭を下げた。
アレとアレからコレか……。
余計なことを考えていると、オヤジさんにジロリと睨まれた。
「それで、カミラ。
血はどうしておる?」
カミラにオヤジさんが聞く。
「血の心配はございません。
旦那様に頂いております」
ニコリと笑ってカミラが言う。
「ふむ……」
というオヤジさんの声と、
「ジュルリ」
という、カミラの母ちゃんの舌なめずりの音。
「あげませんからね!」
カミラの忠告。
「最近質のいいデクが来ないのです」
「デク?」
俺が首をかしげていると、
「あっ、デクというのは、我々に提供される犯罪者や犯罪者の家族。
この前、元公爵だというデブが来たのですが、油が多くて……」
カミラの母ちゃんからの説明。
「我はその妻と娘を頂いたが、結構美味かったぞ?」
カミラはそういう家の出身だったわけね。
「お母様に言われ、同い年の男の子の血を吸った時……『お父様が行ったことの結果、仕方ないですね』と言って目を瞑った姿を思い出したくもありません。
私はそれが嫌で、人の世界に出たのです」
トラウマか……。
「その割には俺の血を吸っていたような……」
「あの時は、飢えておりましたし……」
カミラは恥ずかしそうに俺を見た。
「そのせいで、奴隷に落とされたのであろう?」
カミラが俺の下に来た流れを知っているようだ。
「ええ、だから、私は旦那様に会うことができました。
今は幸せ。
遠慮なく暮らすことができる。
それに毎晩、旦那様に愛していただけます」
ニコリと笑って父ちゃんを見るカミラ。
「それでも人間の寿命は短いぞ?」
「お父様、お忘れでしょうか?
旦那様には既に神祖の因子が幾度となく入っております。
我々の唾液に含まれる因子が二つなのはお父様も知っておられるでしょう。
一つは吸血鬼になる因子。
もう一つは長寿になる因子。
魔力によって消されるのは吸血鬼になる因子。
つまり、旦那様は私と居る限り長寿になります。
私ほど長生きはしないかもしれませんが、それで十分。
共に生きる時間があれば、その後は灰に戻るのも一興。
もしかすれば私にも子が授かるかもしれません。
その子の成長を見守ってもいい」
「では、その男ならその生活を守れると?」
「はい!
現状でこの世で一番強い方と思っておりますから」
カミラが大きく肯定した。
「ふむ、では我と戦ってもらおうか。
カミラが自分を守り通せると言う、お前の力とやらを見せてもらう。」
有無を言わせぬ雰囲気で立ち上がると、カミラの父ちゃんは黒い刀身の細剣を取り出す。
そして、俺の前に立った。
戦いが始まる。
見えない刀身が襲ってくる。
見えないなら見ればいい。
気配感知を最大級にすると、刀身込みでフレームになって見えた。
攻撃が速いのは速いが避けられなくはない。
おっと、影移動まで……。
カミラの父ちゃんが一瞬で背後にまわる。
そのあとの一撃を避けると、父ちゃんに焦りが出た。
必殺の一撃なのだろう。
蝋燭の灯しかないこの部屋には影だらけ。
いたるところから攻撃が可能だろう。
その利点を生かし、俺にあらゆる方向から攻撃してきていた。
でも、俺も影移動は使える。
俺は影移動を使い現れた父ちゃんの後ろにまわると、鞘が付いたままの剣で父ちゃんの肩を叩いた。
驚きの顔で振り返る父ちゃん。
「お前も影移動を?」
「はい。
闇に適性があり使えます」
「人間に影移動は使えないと思っていた我の負けか……。
そのような強さならば、カミラを守れよう。
五百年を超え生きてきた我らの一人娘だ。よろしく頼む」
カミラの父ちゃんが俺に頭を下げた。
そして、
「その剣は常夜という。
カミラよ、使うがよい」
と言って持っていた剣を鞘ごとカミラに投げるのだった。
「カミラ、私にも一吸い……」
というカミラの母ちゃん。
「ダメです。
この血は私の物。
旦那様、早く帰らないとミラグロス様が起きてしまいます。
それでは、お父様お母様失礼します」
そう言うと、俺を追い立てるように再び馬車に乗り屋敷に戻る。
「伯爵の娘だったとはね……」
「嫌ですか?」
窺うように見るカミラ。
「いいや、驚いているだけ。
『俺の周りに高貴な方の娘が多いもんだ』ってね」
「いつか言おうとは思っていましたが、見つかって手紙が来ましたので、挨拶ついでにさせてもらいました」
「あんな感じで良かったのか?」
「そうですね、親子ですが関係は薄いのです。
何十年も会っていませんでしたし。
でも、守り刀を貰えました。
これは、ご主人様との間に子ができたら、持たせることにします」
鞘も剣身も全てが黒い剣をカミラは抱いていた。
オヤジさんの事を考えていたのかもしれない。
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