40.初陣
俺はラインバッハ侯爵の下に入った。
新人男爵の噂で賑わっていたが、父さんが一睨みすると静かになる。
そんな状態で、一カ月ほどして戦場に到着するのだった。
広々と広がる平原。
騎兵が有利に思われた。
右翼、左翼、中央三部隊で一部隊が三千ほど。
ほぼ同数とはいえこちら側には歩兵が多く、騎兵を相手するには辛い状況だ。
「ケイン君、久しぶりだね」
ラインのオヤジさんであるラインバッハ侯爵が声をかけてきた。
「ラインバッハ侯爵、お久しぶりです」
「男爵になったんだってね」
苦笑いで俺に言う。
「王の戯れのお陰で男爵になることができました」
俺は笑う。
「さて、ケイン君、この戦場をどう思う?」
「兵士数は一万弱でほぼ一緒なのですが、バレンシア王国側の騎兵が三千。
それに対して、ファルケ王国の騎兵が倍の六千。
平原で戦うにはいささか不利かと……」
「君ならどうする」
「ラインバッハ様は私とフィリップ王子との戦いをご覧になっていましたか?」
「ああ、フィリップ王子相手に、ああも簡単に勝つとは思わなかった」
「さて、騎兵の弱点とは何でしょうか?」
「私に聞いてくるか……。
思い浮かぶのは沼地だろうか……。
足の細い馬は埋まってしまう」
「はい。
平原の中央に沼を作ればどうでしょう。
それも、見た目は平原のままで……。
騎兵の多さにこちらを見くびっているファルケ王国はわざわざ沼へ突っ込んでこないでしょうか?
沼に嵌った騎兵を弓兵で殲滅。
歩兵はこちらの騎兵で潰します」
フィリップ王子との戦いを見ていたラインバッハ様は俺が言いたい事に気付いたようだ。
「地の魔法が使える者たちは?」
控えている者たちに声をかけるラインバッハ様。
「火力に勝る火の魔法が使える者は多いのですが、地の魔法は陣地作成程度にしか使わないので、少ないのです」
控えの者が言った。
「それならば、私が沼を作りましょうか?
ラインバッハ様が指揮する場所は右翼。
早期に敵部隊を殲滅できれば中央の側面を突けます。
勝利は右翼のお陰で成ったと言わしめられるでしょう」
わざとラインバッハ様の有利に働くことを言っておく。
まあ、成功すればの話だが……。
「そうだな、我々の前だけでも沼にしておけば、騎兵の脅威が減る。
ケイン君、そうしておいてもらえるか?」
「はいわかりました。
この先中央辺りに沼地を作成します。
間違えて味方が入ってもいけないので、部隊長だけにでも周知をお願いします」
「わかった」
ラインバッハ様が俺から離れると、俺は右翼の前面百メートルほど先に右翼の幅で沼を作った。
何もなかったかのように対峙が続く。
何の合図もなく目の前で数千人単位の兵士が動き始めた。
数千人単位の兵士が動き始めるのを俺は初めて見た。
最初に動くのが俺たちの部隊が含まれる騎兵。
その後ろに歩兵が続く。
更に後ろに弓兵と魔法使い。
左翼、中央が戦い、それに少し遅れて右翼が続く。
指揮能力の低さに見えただろう。
右翼側の騎兵がまんまと沼にはまった。
動きの遅い右翼を攻めようと全速で走っていたのだろう、止まれずに騎兵隊が次々と埋まっていく。
歩兵が二の足を踏んだところに、弓と魔法が襲った。
俺は沼を硬化させ、抜けられなくする。
なすすべもなく転がるファルケ王国側の騎士たちを俺たちバレンシア王国側の騎士は蹂躙していった。
俺は敵の弓矢と魔法をはじき返すシールドを展開する。
右翼側の敵は歩兵だけになり、騎兵と歩兵、更には弓と魔法でさんざんにやられ敵の歩兵部隊は敗走した。
元々正規の兵は少なかったのか、散り散りに逃げていく。
それを騎兵が追い、味方右翼の敵陣に突き刺さる。
そして、向こうの指揮官を父さんが討ち取った。
「右翼の将は討ち取った。
次は中央の総大将だ!」
父さんが声を上げると、そのまま総大将の陣を目指す。
父さんは知らぬ間に何人かの騎士を連れ、そのまま総大将の陣を目指し、右翼の歩兵は中央に向け進軍を始める。
膠着状態の中央に側面から歩兵の攻撃。
ラインバッハ様の指揮なのだろう、右翼の弓兵と魔法使いたちも前進し中央の兵を削っていく。
俺と父さん、カミラは先陣を切り、豪華な鎧を着た男に向かう。
護衛と思わしき騎士が数名、総大将を守ろうと前に出てきたが、父さんとカミラが切り飛ばした。
父さんは俺に総大将を打ち取らせようとしたのだろう。
父さんほどもある偉丈夫。
年齢的には父さんより上だろうか。
相手も赤い馬に乗り、若造である俺を笑う。
「小僧が俺に勝てると思うなよ!
この守護の鎧があれば、魔法など効かぬ」
そう言って馬を走らせ俺に向かってきた。
馬ごと切ろうとする相手の大剣。
それをギリギリで避け、すれ違いざまに相手の左脇の鎧の隙間にロングソードを突き刺した。
手ごたえから致命傷であるとわかる。
ロングソードに血の筋ができ、柄のところからポタポタと血が垂れはじめた。
「小僧、何者だ」
苦しげな声で俺を見る総大将。
「ハイデマン男爵」
「ハイデマンか……。
ふっ、鬼神の姿があったが、それを上回る力量のようだな」
「鬼神は我が父になります」
俺は言った。
ふぅ……と総大将がため息をつくと、
「そうか、鬼神はいい息子を持った。
鬼神を超える力量に、魔法の才があるとは……。
いつもの将に変わらぬ編成、いつも通りだと見くびっておった。
さあ、私を殺すがよい。
お前なら、儂の首をやろう」
と言った。
俺は人を殺したことは無い……でも、自分の欲のために総大将の首をロングソードで切り落とした。
馬上から総大将の首のない体が落ちる。
総大将の髪の毛を腰に括り付け、首を固定すると、再び三人で左翼の陣を狙った。
中央の戦いは右翼と中央からの二面の攻撃で、すでに軍としては活動できていない。
そのまま左翼の援護に向かう。
負傷者が下がったとはいえ、バレンシア王国の兵は八千ほど残っている。
それに対して、ファルケ王国は負傷者込みで四千程度。
数の上で戦いは既に決まっていた。
後は、全滅するか降伏するか……。
角笛のようなものが鳴ると、相手の陣から黒い煙が上がる。
父さんが、
「降伏ののろしだ。
この戦いは終わりだ。
初陣で総大将の首を取るとはな」
と笑っていた。
「そう仕向けてくれたんでしょ?」
俺が聞くと、
「ばれていたか」
と苦笑いの父さん。
父さんは一頭の馬を連れていた。
「この馬はバルトロメ・メルカドの馬。
ファルケ王国の名馬、ライアン。
レッドラインと呼ばれ、その足はファルケ王国で一番と言う。
貰っておけ」
そう言って、俺にライアンの手綱を手渡した。
「さあ、その首を持ってラインバッハ様のところへ戻ろうか」
父さんが言った。
「カミラもありがとな」
俺はカミラの頬を撫でる。
「いいえ、私はケインの後ろを守れたから……。
それでいいの」
カミラの頬にはいくつもの血しぶきの跡があった。
「ベルト師匠!」
「おお、フィリベルト、生きていたか。
俺が育てたのだ、死んでもらっては困るがな。」
「私も、何人かの騎士の首を取りました」
腰に括り付けた首がフィリベルトの成果を物語る。
「そうか、よくやった」
父さんはフィリベルトの頭を撫でていた。
そして、右翼の陣幕に呼び出される俺。
「ラインバッハ様、ケイン・ハイデマン男爵です」
ラインバッハ様付きの兵士から紹介され、俺たちは天幕の中に入った。
俺は総大将の首を差し出す。
父さんは右翼側と中央の将の首ををいくつか差し出した。
「ふむ、定例のにらみ合いになるかと思ったが、早々に勝てるか……」
俺を見てラインバッハ様が呟くと、
「ケイン君。
君が言ったことが当たり、ほぼ無傷の我々右翼がこの戦いの流れを決めた。
そして、ケイン君自身がファルケ王国の総大将であるバルトロメ・メルカドを打ち取り、その配下の武将を鬼神ベルトと婚約者のカミラが討ち取った。
目立ちすぎだ」
実際目立ちすぎたのだろう。
ラインバッハ様は苦笑いしていた。
「もう少し別の者に手柄を立てさせることはできなかったか?」とでも言いたいのかもしれない。
父さんの後ろを走っていた騎士はそれなりに戦果を挙げていたと思うのだが……。
「知っての通り、私は侯爵にならねばなりません。
ですから、目立つ必要があるのです」
「詳細は報告書に上げ、王に渡すことにしよう。
誰も信じないだろう。
鉄壁のバルトロメを王立学校の生徒が討ち取ったなどと……。
まあいい、そこの者たちに首を渡し、自分の天幕で今日は休め」
そう言われた俺たちは、陣の端にある自分たちの小さな天幕に入った。
「父さん鉄壁のバルトロメとは?」
と聞いてみた。
「この二十年以上、バルトロメ将軍の軍は負けたことがない。
勝てはしなくとも、今回のように散々な目に遭ったことは無いんだ。
ライアンを駆って、逃げ足も速かったしな。
守りに強い将。
バレンシア王国にとっては強敵だった」
そんな将の首をとったのか……。
考えている俺を見て疲れていると感じたのか、
「ケイン、疲れてはいないか」
と聞いて来た。
「わからない、初陣で興奮しているんだと思う」
初めて人を殺したこともあるのだろう。
「そうだな、こんなふうに言っている俺も、お前と戦場で戦えることに喜びを感じる。
よくぞここまで育った。
さて、休憩の指示が出たんだ、ゆっくり休むとしよう」
「はい、父さん。
そこで、お風呂は要りますか?
汗でべたべたでは寝づらいでしょう」
俺は言う、
「戦場に風呂など……」
「いいえ、休憩の指示が出た今だからこそ、汗を流す必要があるかと……」
俺の男爵家当主権限で父さんを納得させて、結局風呂を作って入る。
その後、呼び出されるまで休息を行うのだった。
読んでいただきありがとうございます。
ネタ的にしんどいので今後は6時更新のみにします。