32.勉強会
俺はラインとレオナと共にラインの家の馬車に揺られていた。
貴族街という貴族の館がある中を走る。
ガラスの窓から外を覗いていた。
高い壁と大きな門、壁の上から少しだけ館の屋根が見える。
「ライン、お前んちって貴族だよな」
「そう。ラインバッハ侯爵。
お父様は武では鬼神に劣るけど、兵を率いたらすごいらしいわ」
「『らしいわ』って……」
「私、見たことないし」
「そりゃそうか」
「いつ見ても貴族街って大きな屋敷ばかりよね」
レオナが壁を見ながら言った。
「確かに、俺んちに比べたら何倍もの広さだ」
「でも、大変みたいよ。大きければ大きいでメイドやら庭師やらを多く雇わないと掃除、剪定がおろそかになってすぐに幽霊屋敷みたいになるの」
「ライン。でも、そうやって必要な人材を雇ってお金を落とすんだろ?
雇用ができて、人々が生活ができるようになる」
「ああ、そういうこともあるのか」
ラインが納得した。
「ケインはよく知ってるね」
レオナが感心して言う。
「ルンデルさんもラウンさんのような執事やメイドを雇っているだろ?
庭師も居た。
解体師も居たね。
商会で仕入れに行ったり、店舗で売ったりする人も居る。
利益を上げるだけでなく、必要な人材を雇用してお金を落としているんだ。
貴族と商人という差があっても同じだよ」」
「確かに……」
頷くレオナ。
「さて、お待たせしました、私の家」
そこには五メートルほどの高さの大きな門が現れた。
門番と御者が軽く挨拶すると、大きな門が開く。
「門番は貴族付きの騎士?」
「そう、戦争時に一定数の兵を出さなければいけないわ。
屋敷の護衛に来ている者は、訓練をしたり交代で門番をしたりしているの」
「そのための広い庭でもあるのか……」
「そういうこと。さあ、玄関に着いたわ」
馬車が止まり、馬車の扉が開く。
玄関の扉は開いており、両サイドに執事とメイドが並んでいた。
「ようこそラインバッハ侯爵家へ!」
の声と共にラインに付いて屋敷の中に入るのだった。
「ホール、広っ」
玄関ホールだけで俺んちが入りそうだ。
「私の家のホールの三倍はあるわね」
レオナんちもデカいけど、ココのほうがデカいな。
「あんなみすぼらしい俺んちに招待して良かったのかね?」
「あれはあれでいいのよ。こじんまりして安心するから」
「そうね、何か近い感じがする」
ラインとレオナが言う。
そんなもんかね……
ラインに連れられ勉強する部屋に連れられて行くのだが、所々に人の気配がするのが気になった。
部屋に入ると、天蓋の付いたピンクのベッドと机と本棚。
「可愛いでしょう! 私の部屋」
二十畳ぐらい?
「可愛い」という前に「金かかってるなぁ」と思う俺。
そして、やはり気になる人の気配。
俺が何かすると思っているのかね?
「すごいなぁ。色々なところから集めてる。
これなんてファルケ王国の物でしょう?」
「そうそう、この前の戦争で見つけてきたってお父様が」
ということらしい。
ラインの父親はラインを溺愛しているみたいだなぁ。
おっと、忘れ物。
「これ、お茶の時にでも出してよ。
新しいお菓子」
「やたっ」
ラインは飛んで喜ぶ。
「これは、ロンデル商会には?」
「ああ、まだ並んでないね」
「私も当然いいんでしょ?」
「ああ、レオナの分とリズの分も作ってきてる」
「これだけでも、ここに来た甲斐はあるわね」
「ライン、残った分はご両親にでも食べてもらって」
「わかった」
そんな話をしていると、
「あらあら、いらっしゃい」
落ち着いたドレスを着て、ちょっとおっとりした雰囲気の女性が現れた。
しかし、雰囲気はまともではない、殺気に近い雰囲気。
普通の女性が纏うような物ではなかった。
「お母様、こちらがケインさんに、こちらがレオナさん。
前に話した学校の友達よ」
「ケインです」
「レオナです」
俺とレオナは軽く頭を下げた。
「私はライン・ラインバッハの母であるミーナ・ラインバッハです。ラインと仲良くしていただきありがとうございます」
「こちらこそ、仲良くしてもらってます。今日はラインさんに勉強を教えてもらいに来ました。
ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
と、二人で頭を下げた。
ミーナ様の右手が動き、シュッという音がすると、針のような物が飛んでくる。
俺は手を出し、針を挟んだ。
「キャッ」
レオナは何も気づいていなかったようで、急に手を出す俺に驚いていた。
何人か殺っているかも、少しカミラに近い気がする。
「ミーナ様。
戯れはおやめいただけますか?
私への物ならいいですが、レオナのほうに飛んでいました。
当たらないとはいえ、そこまでする理由をお教えいただきたい」
「当たらないことまで気づいていましたか。
その歳でそこまでの技量を持っているとは……。
そして目上である私に臆さず話す勇気もある」
「試されていたと?」
「ええ、愛娘のラインが毎日のように話すお方です。
どのような者であるか確認するのが当たり前ではありませんか?」
「気になるのは良いのですが、レオナを巻き込まないでください」
正直迷惑だ。
「これで、武においてはラインに相応しいことがわかりました。
知においてはどうなのでしょうね」
チラチラと俺を見ながら言うミーナ様。
「さあ、それはわかりません。
今回は社会……それも地理関係の勉強のためにここに来ました。
このように補習が必要な分相応しくないかもしれません」
イラっとした俺は少し毒が入った感じでかえした。
俺とミーナ様の舌戦に、
「お母さま!
何をなさっているのですか!」
とラインが割り込んできた。
「この者を試していたのです。
考えてもみなさい、今後この屋敷に入るかもしれない男ですよ?
全てにおいてふさわしくなければ意味がありません」
「お母さまも『いいわね』とおっしゃっていたではありませんか?」
「それとこれとは話は別です」
大人の便利な言葉。
まあ、俺も使っていたがね……。
「ケイン様はあのロンデル商会にお菓子の知識を提供しているお方です。
お母様もお好きなプリンはこのケイン様が発案したもの。
先日持ち帰ったホットケーキもケイン様が作りました。
ある意味『知』の部分でもふさわしいと思いますが?」
「あのお菓子を?
この少年が?」
「この家で勉強をしようと言ったのは私です。
私の顔を潰すのであれば、この箱をケイン様に返し、レオナ様かケイン様の家に行って勉強をします」
「その箱は何ですか?」
箱に興味を持ったのか、ミーナ様が聞いてきた。
「ケイン様が作った新しいお菓子だそうです。
折角『家族の分も作ってきた』と言っていたのに……。
これは、レオナ様かケイン様の家で食べます!」
ラインがそう言い切ると、ミーナ様が、
「それは、ロンデル商会に……」
と恐る恐る聞いてきた。
「お母様、並んでいませんよ。
これは新作のお菓子ですから当然です」
ラインが悪い顔で笑う。
「今日を逃せば、いつ食べられるのでしょうね。
試作品らしいですから、商会にも並ばないかもしれませんね。
まあ、私は食べられますが……」
「うー」
箱を見てうなるミーナ様。
「執事を呼んで!
エリザベス殿下へ『場所を変えますので連絡があるまでしばらくお待ちください』と連絡をしますね」
「待ちなさい。
何もここで勉強をしてはいけないとは言っていません。
ただ、私はあなたを心配して……」
親心って奴なのだろう。
「すみませんでした」
俺はおもむろに謝った。
「私が勉強を教えて欲しいと言ったばかりに、親子で喧嘩のような物をさせてしまったようです。
女性ばかりに、男が混じるのはミーナ様もご心配でしょう。
私は家に帰ります。
お菓子はそのまま置いて帰りますので、お茶の時にでも召し上がってください」
「なぜ?」
俺の言葉にラインが驚いていた。
「ん?俺みたいな騎士の息子がここに来るのは早かったんだと思う。
それに、このままだと雰囲気も悪いだろ?
だから、今日は帰る。
地図はなくとも想像して考えればなんとかなるだろうし。
リズにも場所を変えるなんて言わなくてもいい。
三人で楽しんで」
「だったら、馬車で」
「いいや、歩いて帰るよ。
迷惑はかけたくない」
まあ、入口の門までも大分歩く必要がありそうだがなぁ……。
「それではご迷惑をおかけしました。
失礼します」
俺は頭を下げそのまま部屋を出て玄関に向かった。
本来ならば、メイドか執事あたりがつくんだろうが、道は覚えているから問題ない。
まあ、一代限りの騎士爵じゃ無理か……。
身分の差って奴だね。
成り上らないとなぁ……。
にしても、門までが長い。
そんな事を考える。
トボトボと門に向かいそのまま外に出してもらった。
門番も俺の顔を覚えていてくれたたようだ。
さて、どうやって成り上って侯爵になろうか……。
先ずはテストで目立つかね……。
読んでいただきありがとうございます。




