26.試食会
学校が休みになった日の昼過ぎ、俺の家の前に護衛の騎士を連れた馬車が現れた。
王女様御一行だ。
まあ、道のりで襲われてもいけないしね。
「出迎えたりはしません。
ですから、勝手に入ってください」
と言っておいたので、玄関がノックされるとそのまま王女様とラインは家の中に入ってくる。
それに続き、ルンデルさんの馬車が現れ、レオナさんとルンデルさんが家に入ってきた。
外を見ると、
「よう、息子が迷惑をかけるな」
同僚の騎士なのだろう、父さんが声をかける。
「良いんですよ、ベルトさんが居るなら何に襲われても何とかなります。
それにここなら堅苦しくないですからね」
「お疲れ様です。これでも飲んでください」
母さんはアベイユの蜜を入れたジャージーの乳を騎士たちに勧め、騎士たちも飲んでいた。
学校組四人とルンデルさんは食堂に集まる。
そして、今日のために作っておいたホットプレート的な魔道具をテーブルの中央に置いた。
そして、それぞれの前に紅茶を出すと、
「えーっと、今度の模擬店で出そうと思っているのは、ホットケーキというものです」
と説明を始める。
「「「「ホットケーキ?」」」」
皆が声を揃え、首を傾げる。
「今、ルンデル商会で販売しているケーキよりは安くしたいと思っています。
まあ、作ってみますので食べてみてください」
そう言うと、俺はホットプレートに魔力を流し、そこにバターを置いて溶かすとバターのいい匂い。
バターが焦げるか焦げないかという所で、ホットケーキの原液……小麦粉、牛乳、卵、アベイユの蜜を混ぜた物……をお玉で掬って置いた。
熱がかかりプツプツと気泡が弾け始める。
「よし、そろそろかな?」
フライパン返し……これも作った……でひっくり返す。
きつね色に焼けたホットケーキの表面が見えた。
裏面も焼き終わると、皿の上に取り、再びバターをのせ蜂蜜をかけて出来上がり。
四つに切り、フォークを四つ添えて皆の前に出した。
「食べてみて」
各々に口に入れる。
「あっ、美味しいです」
「これいい。
溶けた油と蜂蜜が混ざって良い味になってる」
「これなら私でも作れる」
王女様とライン、レオナさんが口々に言う。
「しかし、材料が難しいですね」
ルンデルさんが言った。
まあ、その点は俺も思う。
「これが、基準の形ね。
お皿がある。
家で食べるならこの形でいいと思うんだ。」
「他の形があるのですか?」
ルンデルさんが興味深そうに聞いてきた。
「さっきのより少し薄く作るんだ」
そう言うと、同じ量の原液をお玉の底で広げる。
クレープまでとは言わないが、少し薄めのホットケーキが出来上がった。
俺は円錐形に丸めると、その中に生クリームを入れる。そして、その上にワイルドベリーをスライスして載せた。
「はい、エリザベス王女様。
はしたないと思わずにガブっと齧りついてください」
「はい!」
王女様がホットケーキ改を受け取るとガブリとかぶりつく。
「あっ、美味しい」
その間に、他の三人分も作った。
「えっ、こんなに美味しいんだ」
「これは女の子に受ける」
「片手で持てるのもいいですね。
お皿が要らない。
しかし、材料の手配が難しく家庭では流行りませんね」
「私はそれでいいと思う。
だから、お祭りなんかの人が集まる場所で屋台を出して売るんだ。
人の多い場所に行って出来たての温かい物を作る。
みんながちょっと贅沢をしたい時、プリン、ケーキは高くても、こんなふうに安いものならば食べてみようと思うんじゃないかな?」
「だから、学校祭なんですね」
ルンデルさんが言った。
「ええ、人気が出ればルンデルさんのお店で店員が実演販売してもいいと思います」
「私の役割はその屋台の作成でよろしいでしょうか?」
さすがルンデルさん、わかってる。
「はい、ホットプレート、材料を置く場所、一応お茶などを置く場所を決めて設計図はできています。腕のいい大工に依頼して作ってもらいたい」
「畏まりました。ところで販売価格はどうしましょう?」
「そうですね、基本の形で学校祭では銅貨三枚、町で本当に売り出すなら大銅貨一枚。クリームを使った物で、学校祭で銅貨五枚、町では銀貨一枚というところでどうでしょうか?
「ケイン様、飲み物も販売なさるので?」
レナさんが聞いてきた。
「はい、求められるならば銅貨一枚で紅茶一杯という所でしょう」
「あのぉ、もう終わりですか?」
恥ずかし気に王女様が聞いてきた。
「終わりとは?」
「お代わりがあるのならば……」
顔が赤い。
「ああ、すぐ作りますね」
俺は再びホットケーキを作るために手を動かし始めた。
「それでですね、配膳係をエリザベス王女様、ラインさん、レオナさんでやってもらいたい。衣装は給仕の服を華やかにした感じで。
その辺は女の子の方が詳しいでしょう。
一応、こういうことをするというのは両親に話しておいてください。
『はしたないからダメ』と言われたら、諦めて私とレオナさんで頑張ります。
ルンデルさん、レオナさんに手伝ってもらってもいいのでしょ?」
「ええ、こき使ってください。
家では娘が働くことなど無いのです。
いい経験になるでしょう」
ルンデルさんはにっこり笑って言った。
話もほぼ終わり、
女性陣はホットケーキに舌鼓を打つ。
「これだけ作るのが早いと、数が捌けますね」
ルンデルさんが言った。
「ルンデルさんのところで販売するなら、砂糖と蜂蜜の量、クリームやバターの量次第で価格が変わると思います。
味が薄すぎず濃すぎず、少なすぎず盛り過ぎずのところを探さなければいけませんね」
マニュアル的な物も必要なんだろうな。
「調理する者の熟練度も問題になるでしょう。
ですから、実演販売で鍛えてもらう」
「そういうことですか……」
食堂の扉がノックされ、カミラが中に入ってくる。
「話は終わった?」
「終わって残った材料で食べているところ。
一つ要る?」
「あっ、いただく」
焼いてカミラに渡した。
「あっ、おいしい」
「で、何か用か?」
俺が聞くと、
「ああ、私も手伝うことは無いかなと……」
カミラが恥ずかしそうに聞いてくる。
「そうだね、配膳係ぐらいかな。
二人ずつで組めるから、休憩をとりやすいかもしれない」
「カミラ様が働かれるのであれば護衛としては十分でしょう。
王城からも護衛の方が出るでしょうが、安心できますね」
ルンデルさんが後押しした。
「カミラさんは強いの?」
ラインが聞いてきた。
「父さんとどっこいかな?」
俺は言った。
本当はこの数年でカミラは強くなり実際は父さんに勝つようになっていた。
「鬼神と同等……」
驚くライン。
「みんな、いいかな?」
と俺が聞くと、
「お手伝いしていただきましょう。
カミラさんが居るほうが、お母さまから許可が得られそうです」
王女様が言った。
「だったら、私も護衛として参加しやすくなる」
ラインも乗り気。
「よろしくお願いします」
レオナさんが納得する。
焼き役が俺で、配膳が王女様、ライン、レオナさん、カミラなんだろうな。
まあ、学園祭ぽいのも久々だ。
楽しむかね。
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