14.指輪
ジャージーが我が家に来てから二日ほど経ったとき、朝食用の乳しぼりをしているとルンデルさんの馬車と荷馬車が俺の家の前に止まった。
「おはようございます。ルンデルさん」
「おはようございます。ケイン様。何をなさっているのですか?」
馬車を降りながらルンデルさんが言ってきた。
「ああ、ホルスの乳しぼり。
これがあるとパンが美味しいんです」
母さんも父さんもカミラも朝食で飲むようになっていた。
ジャージーも刺激を受けたのか乳房がさらに大きくなっている。
「それが、ホルスの乳ですか」
「はい、迷信に近いものはありますが、女性の胸が育つと言われています」
「本当ですか! 数を揃えて売れば……」
ルンデルさんの揉み手が早くなる。
「もしかしたら売れるかもしれません。
しかし、人に周知させるのは大変でしょうね」
「そうですか……」
揉み手がゆっくりになった。
商売にならないと思ったのかな?
「コッコーの小屋を作る大工を連れてきてくれたんですか?」
と、俺が聞くと、
「ああ、そうでした。
レンクという男で若いですが腕は立ちます」
馬車からレンクさんが馬車から飛び降りてきた。
「この家か?コッコーを飼おうなんて酔狂な家は」
レンクさんがいきなりそんなことを言った。
「すみません、口が悪いのが玉にキズで……」
ルンデルさんがフォローする。
「いいえ、確かに今の私は酔狂な者なのでしょう。
でも卵の味を知ってしまえば、認識が変わる。
とりあえず、あの角に小屋を作ってもらえますか?
卵を産む場所と運動する場所があると助かります」
俺は簡単な絵を地面に描いた。
「結構な広さになるが良いのかい?」
「ええ、よろしくお願いします。ルンデルさんから勧められた腕のいい大工ということですから、あとの事はお任せします。
どの位でできるでしょうか?」
「地面を固めて、石の基礎で簡単でいいのなら一週間だな」
「わかりました。よろしくお願いします」
俺は、レンクさんと握手をした。
「ルンデルさん。
コッコーは朝鳴くんでしたよね」
俺は憶測で聞いてみた。否定されればそれでいい。
「その通り、夜明けに鳴きます。
冒険者の間では夜明けを告げる魔物として有名です」
やっぱり習性は同じか。
「そうですか、でしたら家が多いこの地域ではうるさいでしょうね」
「そうなりますな」
「近所の迷惑にならない方法はありませんか?」
ルンデルさんに聞くと腕を組んで考え始めた。
「ケイン様、少々お金がかかってもいいのですよね」
と、ルンデルさんが口を開く。
「はい、私は卵さえ手に入れられるのなら問題ありません」
「そうですか……では一つ提案があります」
「何でしょうか?」
「魔石にサイレンスを付与してコッコーの小屋に取り付けるというのはどうでしょうか?
定期的に魔石に魔力を補充することで、小屋の周りにはサイレンスの効果が続きます。
魔石への魔力の供給もケイン様は十分な魔力を持っていますし、もし冒険者ギルドで依頼を受けたたとしても、幸いお母さまであるミランダ様は『魔女』という二つ名を持つ魔法使い。
魔力の供給には問題は無いでしょう」
強制的に声を外に出さないようにするわけか。
「わかりました。
ルンデルさんの提案通りサイレンスを付与した魔石で対応することにしましょう」
「そこでなんですが……。
先日預かったオークの上位種の中から魔石が出ております。
これについてはどうしましょうか?」
ついに王道の魔石に来たね。
「サイレンスを付与するなら?」
「ハイの魔石で十分今回の魔法付与に対応できます」
「だったら、サイレンスの付与に使ってください。
「残りのハイ、ジェネラルとキングの物は?
特にキングの物は特大で強力な魔法付与が可能かと思われます」
「ちなみにどうするのが得策でしょうか?」
「魔力操作に特化した者であれば、魔石を指輪の宝石大に圧縮し縮小化することが可能です。
ただし、キングの魔石の大きさの物を圧縮縮小化したのは聞いたことがありませんね。
縮小化した魔石は指輪に取り付けて、防御や攻撃に使うことが可能です。
ちなみに私の指輪もプロテクションやレジストマジックなどの魔法が付与されており、命を守るようにしてあります。
まあ、ケイン様には必要ないかもしれませんが……」
指輪かぁ……。
「ルンデルさん。魔石を縮小化しているところを見せてもらえるようなところはありませんか?」
「魔石屋で見せてもらえるとは思いますが……。
魔法付与の際に見せてもらえるように口利きしておきますね」
「はい、お願いします」
「それでは二、三日中にお迎えに上がります」
こうして、俺は魔石の魔法付与と縮小化を見ることができるようになった。
そして二日後。
「私は行ってはいけないのか?」
「ダメ、内緒の事をするつもりだから。
でも悪いことはしていない。カミラが喜ぶことをするつもり」
「本当?」
「ああ、本当だ」
俺が一人でルンデルさんと魔石屋に行くのが気に入らないカミラ。
ただ、母さんは薄々何かを感じているようでニヤニヤしていた。
「カミラさん、ケインがこう言っているんだから我慢なさい」
母さんの助け舟でカミラは渋々、
「わかった。でも早く帰ってきて欲しい」
と言った。
俺はルンデルさんの馬車に乗り、タイガーマーケットへ向かう。
大通り沿いにルンデルさんの商会ほどではないが大きな店が見えてくると、そしてその前に馬車が止まった。
「ココがラウルの魔石屋。私が懇意にしている所です」
手に包みを持ってルンデルさんは馬車を降り店に入った。
「ルンデル様、今日は魔法付与の依頼とか」
「ラウル、そうなんですよ。
こちらがケイン様で、私の命の恩人です。
この方がサイレンスの魔法を付与した魔石が欲しいとおっしゃっているんです」
「魔石はどちらに」
ルンデルさんは近くにあった台に包みを置き、広げた。
これが魔石か……。
大中小があり、黒く輝く。
大がキング、中がジェネラル、小がハイということになるのだろう。
「まさか、この大きな魔石を?
サイレンスだけでしたら一番小さなこの魔石でも十分です」
そう言ってラウルさんは一番小さな魔石を手に取った。
「いえねケイン様は魔石を縮小化するところを見たいとおっしゃっています。
できればどれか魔石を縮小化するところも見せてもらえませんか?」
「わかりました。
しかし縮小化するにはまず魔法を付与してからになります。
サイレンスの魔法を付与して縮小化すればいいのですか?」
とラウルさんが聞いてきた。
「どうしますか、ケイン様?」
ルンデルさんが俺に聞く。
「父さんへプレゼントにしたいので、プロテクションを付与した魔石にしてもらいましょうか」
咄嗟だが、そう言った。
「畏まりました。プロテクションもこの小さい方の魔石で十分になります」
もう一つ小さな魔石をラウルさんは台の上から取り上げた。
「それで始めますね」
そう言ってラウルさんは台の前に立つ。
「別に台は必要ないのですが、私としては固定用として使っています。
それでは台の上に魔石を置きます」
そう言うと台に小さな魔石を置いた。
「そして、付与する魔法を魔石にかける。
ただし魔石に普通に魔法をかけても表面にしか色がつきません。
芯まで色が変わるようにいつもより多い魔力で連続して魔法をかけます。
魔法をかけた回数だけ層ができます。私は無理ですが魔力の多い人であれば一回魔法をかけるだけで色が変わり層が無い単結晶の魔石を作ると言われています。
層が無いほど宝石としても価値を持つので高価になります」
そう言っているうちに、魔石が緑になった。
サイレンスは風魔法だから、緑になったようだ。
「これで付与は終わりです。この石に魔力を満タンにすれば一か月ほどサイレンスの効果が続くでしょう。
範囲指定ですので、部屋の中に着ければその部屋の中が静かになります」
そう言うと、ラウルさんは俺に魔石を渡した。
同じようにラウルさんは魔石にプロテクションをかけた。
プロテクションは光、透明な魔石になった。
そして、
「これを縮小化していきます」
魔石を手で囲んだ。
魔石を包むようにして周りから均等に圧力をかけて圧縮する感じかな?
みるみる小さくなり五ミリほどの大きさになった。
見失ったら大変だ。
「ケイン様このままでは見失いますので、どのようにしておきましょうか?」
ラウルさんが俺に聞く。
「そうですね、私は父さんの指のサイズを知りませんから、ペンダントにしてもらいましょうか。銀製でシンプルにお願いします」
そう俺が頼むと、
「畏まりました」
と言って奥に下がる。
すると、ルンデルさんが
「鬼神にプロテクションですか」
と聞いてきた。
「最近は戦争が無いですが、やはり生きて帰って欲しいですからね」
と言うと。
「優しいですね」
ルンデルさんが言った。
「そう言われると……」
俺は恥ずかしくて鼻を掻いた。
奥からラウルさんが戻ってくる。
「シンプルな銀のネックレスにしましたが、良かったでしょうか?」
「ええ、これで十分です。父さんも喜ぶでしょう」
俺はネックレスを受け取った。
「ちなみにお父様のお名前は?」
「ベルト・ハイデマン」
俺が言うと、ラウルさんが固まる。
「鬼神」
「そう呼ばれているようですね。
でも、だからと言って死なない訳ではありませんから」
実際に怪我をして帰ってきたし……。
「これで、少しは私も安心できると思います」
「ひとつ忠告を……。
同じ魔法を付与した宝飾品を複数身に着けても、更には同じ魔法をかけてもらっても効果が重複することはありません。
つまり、プロテクションを付与した物を二個着けても、プロテクションを付与した物を一個付けてプロテクションをかけてもらっても、二回分のプロテクションをかけた効果がある訳ではないのです」
ラウルさんはそう言った。
俺はラウルさんを見ると、
「ちなみに、強化魔法でこの一番大きな魔石に付与するとしたら?」
俺はラウルさんに聞いてみた。
「オールアップですね」
カミラが強かったので使ってはいなかったが、光魔法の最上位で身体能力を倍化する。
「ただ、この大きさの魔石を縮小化できる者が居るかどうか……。
大きすぎて邪魔になっては意味がありませんからね」
戦いの邪魔になっては意味がないということか……。
「すみません。
魔石を入れる場所のある金の指輪を一つ貰えませんか?」
「それは構いませんがなぜ?」
「私も魔石に魔法を付与してみようかと思いました。
幸い自分の魔石もありますので、挑戦してみます」
「そうですか……。
少しお待ちください、いろいろな指の太さの物がありますので選んでもらえればいいと思います」
そう言ってラウルさんがサイズ違いの指輪を持ってきた。
その中からカミラのサイズを探す。
これで違ってたら情けないな。
「これにします」
と、俺は指輪を選んだ。
「新しい付与魔術師が産まれるのは良い事です。
頑張ってください」
そう言って、ラウルさんは俺の手を握る。
俺は、
「ありがとうございます」
と言って頭を下げた。
そして、
「ルンデルさん。
お陰で勉強になりました。
お金は足りましたか?」
と聞いてみる。
「はい、預かっているお金で十分。こういうものならまだ十回以上いけます。
それでは、帰りますか」
おう、そんなに。
「はい。ラウルさんお世話になりました」
「こちらこそ、お買い上げありがとうございました」
俺はルンデルさんの馬車に乗り家に帰った。
家に帰りノックして母さんの部屋に入る。
そして、
「母さんの部屋を使わせてもらえる?」
と聞いた。
「いいわよ。指輪を作るんでしょ?
出来上がったら婚約でいい?」
俺は驚いて母さんを見た。
「知らないでしょうけど、私とベルトの指輪は私が作ったの。
ちなみにどんな魔石を使うの?」
俺はキングの魔石を見せる。
「何この大きさ。何の魔石?」
「内緒だよ?
カミラ以外知らないんだから」
母さんはコクリと頷く。
「オークキング」
「ぶっ!」
母さんが吹いた。
「母さん汚い」
「ああごめん。
この前のオーク狩り?」
「そういうこと」
「本当に規格外ね。オークキングは災害指定だったと思ったけど」
「ギルドマスターで止めてもらった」
「オークキングの魔力を得たりしたら相当強くなってるんじゃない?」
「ああ、実際強くなってたよ」
「何の魔法を付与するのかは知らないけど、縮小化は一回勝負。
頑張ってね」
「わかった」
俺がそう言うと、母さんは部屋を出ていった。
早速付与にかかる。
「えーっと、魔石を固定だったな」
クッションのような物があったので、母さんの机の上に置いて、その上にキングの魔石を載せる。
「そんで、魔法をかけるんだよね。
必要魔力より格段に多く……」
俺は魔石にオールアップを通常の何十倍もの魔力を使ってかける。
「ん?透明な単結晶になったぞ。
黒い部分が無いや」
光の魔法だから透明で間違いないと思う。
父さんのネックレスに付けた魔石も透明だった。
年輪のように何層かあったが……。
「これを縮小化だったな。
えーっと魔石を手で包むようにして魔力で圧縮する。
一応金の指輪を出しておくか、魔石を入れる穴の大きさの参考にしないと」
魔石は最初は簡単に小さくなったが、ある大きさからはそれまでの何倍もの魔力が要る。
「こりゃキツイな」
一センチぐらいの大きさになると、更に魔力を消費する。
「んー、もうちょい、もうちょい、ヨシ、こんなもんかな」
俺は圧縮をやめた。
台座に入れると、若干大きい。ただ金よりも魔石のほうが固いようで、押し込むと何とか入った。
周りを埋め更に魔石を固定する。
「うし、できた」
見るとダイヤモンドのような透明な輝きだ。
金の無垢の指輪に魔石を入れただけ……。
向こうじゃアラフォーで未婚だった俺がこっちじゃ十歳で婚約か……。
そんな事を考えながら出来上がった指輪を見るのだった。
その夜、風呂から出てくるカミラを俺は部屋で待っていた。
漆黒の髪を上げたカミラが部屋に入ってくる。
「カミラ……これ……ケジメって奴」
俺はカミラの前に指輪を出した。
「えっ?」
「婚約指輪って奴。
知らないって訳じゃないだろう?」
無言で立つカミラ。
目に涙が浮かぶ。
「おいおい、前振りは結構あっただろう。
母さんもあんなこと言ってたし」
涙をぬぐうと、
「でも嬉しいから」
と言って笑った。
「ほら、左手出せ」
スッと、カミラが左手を出す。
俺はカミラの薬指に指輪をはめた。
おっとピッタリ。
よくやった俺。
カミラは左手を自分の胸に当てると、右手で愛おしそうに指輪を触る。
「その指輪にはオールアップの魔法を付与してあるから、上手く使ってくれ」
「うん」
その後無言でカミラが近づくと俺にキスをしてきた。
そういや血を吸わせては居たがキスはしたことは無かったな。
「舌を入れるのは無しだよ」
「だって……」
「だったら一つ教えてくれよ。
そしたら舌を入れた大人のキスをするから」
「何?」
「カミラって何歳?」
「百六十七歳……」
「正確に覚えてるもんだな。
百五十歳以上サバを読む女ってことか……」
「バカ……そういうことは言わないの」
結局ベッドに押し倒された。
朝起きると、体中にキスマークがついていた。
首には吸いあと。
別にナニしたわけじゃないが、激しかった。
恥ずかしいので魔法で消しておく。
それでも食事の時にカミラの左手を見て父さんも母さんも気付いたのだろう、
「カミラ、長い間待たせたな。
私は婚約を認める。
今後は私のことを『父さま』、ミランダの事を『母さま』と呼ぶように」
と言った。
当然、
「ありがとうございます。お父さま、お母さま」
という感じになる。
俺も父さんから、
「お前も妻になる者が決まったのだ、しっかりするようにな」
と言われた。
忘れないように父さんにプロテクションの付与された魔石の入ったネックレスを父さんに渡しておく。
喜んでくれたようだ。
婚約指輪を見て触ってニコニコするカミラ。
そんなカミラを見て、何となく幸せを感じるのだった。
読んでいただきありがとうございます。