13.ホルス
予定より短くなり一泊二日にはなってしまったが家に帰った。
スケジュール通りでははないが……
気配感知で母さんと父さんの気配が重なっている。
ん?ああ、入らないほうがいいタイミングなのね。
カミラも気付いているようだ。
頬が赤い。
家を出て、市場の中を二人で歩く。
「弟か妹ができそうだな」
「体を重ねておるのだろ?」
「だろうね」
カミラが立ち止まると、
「しかし、何でそんなことを知っている。
普通の子は知るまい?
主は何を隠している?
私には言えないのか?」
目に涙を浮かべながら質問攻めを始めた。
次第に声が大きくなる。
周りの人も、何事かと俺たちを見始めた。
そうだな、そろそろカミラに言っていないことを言わないとな。
「カミラ、少し落ち着け」
コクリとカミラが頷く。
「向こうで話そう」
そう言って、人通りの少ない路地に入った。
「ちゃんと話していなかった。
申し訳ない」
「うん」
「まずは俺の精神年齢は四十越えだ。
だからこんな話し方をする。
今更だが俺の話し方が年齢相応だとは思っていないだろ?」
コクリと頷くカミラ。
そして、
「でもなぜ、体と心が合っていない?」
と聞いてきた。
「俺はこの世界の住人ではなくてな結構な年齢なんだ。
さっき言った通り、四十歳越え。
向こうの世界の事故で死んだとき、魂だけになった。
元々この体に居たケインの魂の代わりにこの魂に入った。
そして今のケインになる。
俺は小さなころから……本当に母さんの乳を貰っているころから意識があった。
だから、魔法を鍛え、体を鍛え、今に至るってところかな」
「元のケインの魂は?」
「わからないが、天に昇ったのだろう」
すると、
「ケインの魂には悪いが、私は今のケインがいい」
赤くなってモジモジしながらカミラが言った。
「慣れてるだけじゃない?」
苦笑いの俺。
「違う。
好き。
でないと五年も待たない」
「まっまあ、それもそうか……。
ありがとうな。まあもう少し待ってくれるとありがたい。
「うん、待つ」
この世界の成人は十四歳。
まだまだ待ってもらわないとな。
「どうする?
このまま家に帰っても、父さんと母さんに迷惑だ」
俺も顔を合わすのが気まずい。
「ケインに任せる」
「ふむ、それじゃ、グレッグさんが言っていたコッコーとホルスの場所に行ってみるか?
そこで一泊野営して帰る。
そう遠くない感じなことを言っていたしな」
「二人っきりだな」
「そう二人っきりだ」
それだけで機嫌のいいカミラ。
何か鼻歌を歌っていた。
再び王都を出て北へ向かうのだった。
気配探知の範囲を広げ森へ向かう。
探知範囲が拡大していることに気付いた。
「カミラ、気配探知の範囲が広がっているんだが……」
カミラはさも当たり前のように、
「主はオークをあれだけ狩ったのだ。
当然魔物の魔力を取り込んだ。
それもオークジェネラルやオークキングまで狩った。
能力が上がるのは当然」
そう言えば、父さんも言っていたな。
魔物から得る魔力は経験値のような物なのだろう。
しばらく道を歩いていると両側に森が広がり始めた。
するとポツポツと魔力を表す点が現れる。
気配を消し魔力の点を一つ一つ確認した。
すると、コッコーらしき鳥の姿が見える。
すでに卵を産み温めているようだった。
「ケインどうする?」
カミラが聞いたが、
「コッコーの魔力の気配がわかったから、次には見つけられる。
今日はやめておこう。小屋も無いしね」
俺はコッコーが居る場所から離れ、さらに奥に行く。
奥に大きな魔力の点が見つかった。
それを確認に行くと、見たことのある茶色い牛が居た。
ジャージー種?
こいつがホルスなんだろう。
その向こうにはクマ。
「ケイン、ザグレオンだ。
Bランクでやっと倒せると言われている」
ザグレオンは〇拳のクマのような姿だった。
既にホルスの体にはいくつもの傷がついている。
ザグレオンが致命の一撃を入れようとした時、俺はホルスの前に出た。
そして軽銀の剣でザグレオンの首を払う。
すると、ゴトリと言う音がしてザグレオンの首が落ち血しぶきが上がった。
目を見開き俺を見るホルス。
そして、ホルスは目を瞑った。
ホルスにとって俺はザグレオンに代わる捕食者って訳か……。
死を覚悟したらしい。
俺はホルスに近寄ると傷を治しはじめた。
頭から体、尻尾に至るまで全て。
「ほい、おしまい」
ホルスは目を開け、俺を見た。
「お願いがあるんだが、聞いてくれるか?」
返事はないが続ける。
「お前の乳が欲しい。
だから俺んちに来て欲しいんだ。」
そう言うと、見る間にホルスの乳が張る。
「えっ?」
「ハハハ……。
そのホルス。主に惚れたようじゃな」
カミラが笑いながら言った。
「想像妊娠?」
「想像妊娠というのが何なのかはわからないが、主のために乳を出すことに決めたようだ」
「そうなの?」
ホルスの方を向くと、何となく笑ったように見えた。
「名前が要るな。ジャージーでどうだ?」
首を傾げるホルス。
「乳が出る牛で俺が知っている名前。
これでいいか?」
ホルスは大きく頷き、名前がジャージーになった。
野営の準備をして食事を作る。
スープとパン。
コップを取り出し、ジャージーの乳房を拭くと、乳を搾る。
なぜに恍惚の表情?
目を細め上を向く。
何気に目が潤んでいるのが気になった。
ジャージーから搾った乳を飲むと、脂肪分が多いのか美味い。
カミラに飲ませてみても、
「これは美味いな。
パンと一緒に飲むとさらに合う」
と、絶賛した。
牛乳のある食事を堪能した後、
「夜に強い私が監視はやろう」
と言って、カミラが焚き火の横に座った。
一人で寝ようとしているとジャージーがテントを開けて入ってくる。
「ん?おまえ、俺と寝るのか?」
返事も無く俺の前で横になった。
「狭くないか?」
若干ジャージーの足がテントから出る。
カミラが笑う姿が入り口の隙間から見える。
「仕方ないな……」
俺は、ジャージーの腹を撫でると寝始めた。
寝入ったのを見計らい、たき火の傍行く。
「笑ってただろ」
「まあ、ジャージーの心もわかるからな。
私としてはここに来てくれて嬉しいぞ」
しばらく話していると、ジャージーはテントから出てきて俺の横で寝始める。
「主は魔物に好かれるようだな。
最初は私。
そしてジャージーか」
「そんなつもりはないんだがな。
カミラだって奴隷から解放して、自由にしていいと言っただろ?
居候しなくても良かったのに」
「そっそれはまあ、なんだ、いいじゃないか。
私は主に惚れたのだから」
顔を逸らしたカミラの顔は赤い。
すると、ムクリとジャージーが起き俺とカミラの間に割り込んだ。
そして再び眠り始める。
「私が先で、ジャージーが後だ。
順番は守るように」
カミラはそう言うが、ジャージーは無視をして眠るのだった。
次の日も朝食はジャージーの乳を搾って飲む。
「美味いねぇ」
と言うと、何となくジャージーの目が嬉しそうだった。
野営の道具を片付け王都に向かって歩くと、昼前には家に着いていた。
「ただいまー」
俺は、玄関で声を出す。
昨日の事は気にせず、平常心平常心……
「ああ、お帰り。
どうだった?」
母さんの明るい顔。
「見て!
ホルスも見つけたんだ」
俺はジャージーを指差した。
「良かったじゃない!」
「奥様、ケインはオークジェネラルまで討伐しました。
その総数二百以上」
「二百も凄いわね、さすが私とベルトの子」
母さんは手を叩いて喜んだ。
「報酬については、僕とカミラのギルドカードに分けて入れたんだ。
これで良かったかな?」
「いいわ、元々あなたが頑張って得たお金です、自由に使いなさい」
と、当たり前のように言った。
「奥様、私は今までこの家にお金を入れていません。少しでも入れさせてもらえないかと……」
「バカね。
あなたはケインの妻になるつもりなのでしょう?
家族になる者からお金が取れると思いますか?
まだ、婚約もしていないから、『奥様』と呼ばせていますが、本来は『奥様』ではなく『お母様』なんです。」
「私は魔物ですが?
それも老いづらい神祖です」
申し訳なさそうにカミラが言うと、
「そんなものはあとから考えなさい。
今あなたがどう思うかじゃないの?
ケインもちゃんと考えているのでしょう?」
と、母さんが怒り出した。
とばっちりが俺に来る。
「成人したら結婚はするつもりだけど……」
「だったらさっさと婚約する事。
でないとカミラさんが不安になるでしょ?」
「いや、父さんや母さんの考えも聞いておきたかったし」
「今更でしょう?
さっさと公表しておきなさい。
そうね、カミラさんはケインより四つぐらい上ということにしておけば問題ないでしょう。
十分その年齢に見えます。どこで生まれたなんかは、だれもわかりはしません!」
ということらしい。
「そういうことなんで、婚約するか?」
「えっ、いいのか?」
カミラの目に涙が浮かぶ。
「いいも何も、そのつもりだからね。
だから、カミラが最初だって言っただろ?」
無言でカミラが抱き付いてきた。
ギュッと抱きしめられる。
蚊帳の外のジャージーが、
「モウ」
と言いうと、俺とカミラははっと我に返った。
「おう、忘れてた」
俺はジャージーを連れ、厩のロウオウの横に繋ぐのだった。
読んでいただきありがとうございます。