87.裏切り
俺はメルカド家部隊の先頭に居た。
メルカド伯爵家の兵は本隊であるカミロ・グリエゴ公爵の部隊から離れるために全速力で走っていたのだ。
そして、開けた平原に出ると、逆から見る砦に圧倒されるメルカド家部隊。
これを落とすのは大変だ……。
俺たちを確認したのか、砦の門が開く。
俺を含むメルカド伯爵の二千ほどの兵が扉に向かって再び全速力で走り始める。
カミロ・グリエゴ公爵には、
「協力者を潜ませ、兵が現れると同時に門が開くようになっています」
とアネルマが言ってある。
メルカド伯爵家は精鋭らしく、公爵家の兵を引き離していた。公爵家の兵は兵が多いせいで、更に行軍が遅い。
これまた都合が良かったりする。
俺たちが全員砦の中に入った瞬間、砦の門が閉じられた。
壁の上からの攻撃、内部で派手な音や爆発音、そして煙が上がる。
こうして俺たちは、計略により討ち取られたことになる。
「これでいいか?」
父さんが笑いながら現れる。
その後ろからカミラとミラグロス。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「おかえりなさいませ、ご主人様」
カミラは軽そうな皮鎧を着て、ダンジョンで手に入れた盾とガントレットをつけている。
ミラグロスは派手な装飾が無いフルプレートを着て腰に剣を履いていた。
「帰ったよ」
俺はカミラに言った。
「それで、あれが?」
カミラの視線の先には馬に乗ったアネルマ様。
「ああ、アネルマ・メルカド元伯爵。
この国への亡命者だ……」
「あのメルカドの」
ミラグロスもアネルマを見ていた。
「初めまして、アネルマ・メルカド様。
私はケイン・ハイデマンの婚約者であるカミラです。
今後ともよろしくお願いいたします」
「私は、ミラグロス・ミルドラウス。
王国ミルドラウス侯爵の娘」
カミラとミラグロスがアネルマ様に言った。
「こちらこそよろしく頼む。
ケイン・ハイデマンの妻になる者だ」
アネルマ様も馬を降りると頭を下げていた。
妻になる者?
俺、そんなこと言ってないけど……。
じっと見る二人。
お互いに様子を窺っている。
ある意味、爆弾岩?
爆風は俺の向かうはず。
「初めまして。
あなたが、鬼神ですか?」
サンチョさんが父さんに声をかけている。
「息子に既に抜かれてしまったがね」
苦笑いの父さん。
「息子が世話になったな。
この通り兵士が少ない。
あのメルカド伯爵家の兵と共に戦えることを嬉しく思う。
ただ、今回は出番がなさそうだがね」
「私どもも、あの『鬼神』と轡を並べることができるとは思いませんでした。
しかし、話には聞いていますが、砦を一日で……って本当にそんなことが?」
「この砦も一日で作ったんだ。
公爵を人質にしてしまえば、あとはあいつが何とでもするだろう」
父さんがサンチョさんに説明を続ける。
「さて、ここからが忙しい。
ミラグロスは父さんと砦を守ってくれ」
ミラグロスが頷く。
「ミンクは?」
と聞くと、
「呼んだか?」
ミンクが上空から舞い降りてきた。
「呼んだぞ」
俺はミンクの背に乗ると、
「それじゃ、バケモノになってくるかね。
さあ、行くぞ、ミンク!」
空へ飛びあがった。
行軍は遅く大半の兵が山道におり、兵が展開できていない状態である。
そのまま空を舞い、後方へ向かった。
ファルケ王国側に居たせいで、軍の配置は把握済みである。
煌びやかな馬車が最後尾で見える。
カミロ・グリエゴ公爵とその息子はその馬車の中に居るのだ。
馬にぐらい乗ろうよ。
「ミンク、あの馬車を」
俺が言うと、
「心得た」
と返事をするミンク。
ズンと馬車の前に飛び降りた。
急に眼の前へ現れたドラゴンに棹立ちになる馬。
馬車の中から二つの顔が見えた。
驚きと怯えの顔。
ん、間違いないね。
ミンクは馬具を引きちぎり、馬車を掴むと空へ飛ぶと、砦に戻る。
「父さん、あとは任せた」
馬車を置くと、父さんに預ける。
「了解だ。
そっちも頑張れよ」
の声と共に、
「こっちも了解!」
と言って再び空へ。
そして、俺とミンクは兵士たちの前でホバリングをする。
「俺の名はケイン・ハイデマン伯爵。
これ以上進軍するというのなら、俺とこいつが相手をするがどうする?」
ミンクがズンと地上に降りると、いつものメイド姿に戻った。
あれ? カミラもアーネも居るのね。
あー、ヴォルフまで。
「殺しちゃダメだよ?」
俺が言うと、
「存じております」
「我々もたまには戦わねば……」
「だのう」
「犯罪者の血肉を頂いているお礼もしたいので」
魔物組が言う。
「それでは」
俺の言葉に、皆が散った。
カミラの拳とヴォルフの拳が敵兵の頬に鎧越しで埋まる。
ミンクが前進すると、馬が暴れて逃げ出す始末。
ミンクよ、拳圧で兵士を吹き飛ばせるとは凄いな……。
アーネの糸が兵士を絡めとり、動けなくする。
そこで亀甲縛りは見たくないのだが……。
何と言っても俺の出番がない。
五人で前に進むにつれ、勝ちを意識していた兵は山道の隘路を逃げようとする。
大混乱が起こり、押し出された兵が崖から落ち始めた。
「あーあ、殺す気はなかったんだがなぁ……。
スタンクラウドとかで麻痺させた方が良かったかね?」
「それでは恐怖が産まれないのではないでしょうか?」
カミラ俺を見る。
「一度、完膚なきまでに負かし、二度と反抗できないように心を折るのです。
そうしないと『もしかしたら』などと考えて、余計な血が流れます」
「俺は甘かったかな?」
俺が言うと、
「私は、甘い旦那様が好きですよ?」
「私もです」
「私もだな」
カミラだけでなく、アーネやミンクも言う。
ヴォルフは?
チラリと見てみると、
「俺は言わないからな!」
両手で否定していた。
山道を歩く俺たち、半日ほど歩いていると、荷車が散乱していた。
「あー、兵糧やら資金やら……。
程々盗まれたかね?」
「仕方ないな。兵士など負けても勝っても野盗と同じだ」
そういう場所を見てきたのかヴォルフが苦笑いしていた。
この辺は後で回収。
伯爵の身代金もあるだろうから、まあいっか……。
馬も放置のままだ。
これもいただきだろうな。
公爵の兵士を追い立て山道を出れば、ラフティーの街を避けるように誘導する。
まあ、ドラゴン形態のミンクを門の前にドンと置けば、兵士は逃げるわけで。
兵士はラフティーの街を避けて王都への道を行くのを確認すると、再び追い立てる。
寝る暇など与えない。
さっさと出て行って欲しい。
村などに潜む可能性も考えたが、まずは大部分を追い出すのが俺の仕事。
散り散りに去っていく公爵の兵士を見送ると、メルカド伯爵家の領界から追い出すとミンクと共に空に飛びあがり、街道の上にドンと砦を置くと、領界に沿って壁を作って終わりである。
ラフティーの街のメルカド伯爵の屋敷に向かい、その庭に降りた。
「ケイン殿」
マリーダ様が現れる。
「首尾は?」
「あとは、ここに出口を作れば……。
ミンク、頼む」
「任せるのだ」
ミンクがムム……と唸ると屋敷の庭の隅に洞窟が出来上がった。
待ちわびていたのか、メルカド伯爵の屋敷の庭に大挙して兵士たちがなだれ込む。
メルカド伯爵の軍勢だ。
「本当に……簡単に……」
アネルマ様が俺を見つけると言った。
「結局、最前線にしてしまった訳だがね」
俺が言うと、
「元々ファルケ王国の最前線だったのだ。
方向が変わるだけ。
立派な長城もある。
これで援軍があれば、負けることなどありえない!
ありがとう!」
アネルマが馬から飛び、抱き付いてくる。
「ゴホン」
カミラの咳払い。
あらら……。
「戦後処理も終わっておりません。
そういうのは後で……」
厳しいな……カミラ。
俺は集まった面々を見ると、
「それじゃ、旧メルカド伯爵領の管理をアネルマに任せる」
と指示を出す。
「うむ、畏まった」
アネルマが頭を下げた。
アネルマは、旧メルカド伯爵領の代官になることになる。
「そして、マリーダ様にそのフォローをお願いします」
「はい、わかりました。
ハイデマン伯爵」
マリーダ様も頭を下げる。
そして、
「サンチョ。
ここの軍はサンチョが率いろ。
まだ、村や森などに公爵の残兵が居る可能性がある。
任せられるか?」
「変わるもんだな。
領主様の貫禄って奴か。
ああ、任せろ。
勝手知ったる我が領土。
守るのは俺たちの仕事だ!」
サンチョが手を上げると、兵士たちは「おー!」と声をあげた。
その土地は、その土地の者に任せる。
面倒臭くなくていい。
俺は、少し税率を下げて、住民たちの機嫌取りをすることを考えるのだった。




