84.公爵登場
屋敷に帰ると、
「お前たち、それで、ケイン・ハイデマンを倒せるのか!
私が連れてきた兵士一人にさえ勝てないではないか!」
カイゼル髭のオッサンが二十人程の兵士に言っていた。
中にはサンチョさんも居る。
ニ十対一で模擬戦をしていたようだ。
剣を肩に担ぎ、ボロボロの兵を見下ろす一人の男。
まあまあ、強そう。
ミラグロスぐらいか……。
アネルマ様は悔しそうに手を握っていた。
「はい、はーい!」
飛び跳ねる俺。
「この家に傭兵として雇われているケインと言います。
そこの、強そうな人と手合わせしたいのですが!
アネルマ様、いいですか!」
俺が言うと、唖然とするアネルマ様。
「そう言えば、そうだったな。
お前の事を忘れていた!」
サンチョさんが立ち上がると俺に近づいてきた。
「誰?」
俺が聞くと、
「カミロ・グリエゴ公爵と、その傭兵だ。
勝てるのか?」
サンチョさんが耳元で囁いてくる。
「さあ? やったことが無いので。
でも、雰囲気的には勝てると思っています」
「うちの精鋭二十人でも勝てなかったんだぞ?」
「まあ、それでも何とかなるんじゃないかなあ……」
俺が言うと、
「ヨシ、信じた。
もう、お前以外に相手ができる奴は居ないんだ。
お前に賭ける」
そう言うと、
「公爵様、先日雇った傭兵が帰ってきたようです。
正規兵ではありませんが、腕は確かかと……。
私よりも強いはずですので、そちらの方と戦ってはいただけないでしょうか」
めちゃ腰が低い。
負けた手前もあるか。
「ダンゲルどうなのだ?」
公爵が兵士に聞いた。
「若造が一人増えたとて……」
ニヤリと笑う。
「いいだろう」
と公爵が言うと、俺は柵を超えて訓練場の中に入る。
中央で、向き合う俺とダンゲル。
「得物は?」
「ああ、別に要らないッス」
軽めの対応。
「バカにしているのか?」
「バカになんてしていませんよ」
「まあいい。あとで得物が無いから負けたなどと言わないようにな」
「そんなつもりはありません」
そう言うと俺とダンゲルは構えるのだった。
サンチョさんの、
「始め!」
の声で模擬戦が始まる。
ダンゲルは一気に近寄ると、突きを入れてきた。
ギリギリで避け、背中を叩いて勢いを増す。
おっとっと……とでもいうように二の足を踏む。
クイクイと手のひらでダンゲルを呼んだ。
速さを増して、俺を狙うダンゲル。
次は上段からの袈裟切り。
俺は十センチほど避けると、木剣を躱してボディーを殴りつけた。
一応手を抜いているつもり。
しかし、盛大にキラキラで隠すものを吐き出す。
「えーっと……大丈夫ですか?」
気を遣って言ったつもりだが、
「バッ……バカにするなぁ!」
と大振りで木剣を振り回す。
それを躱し、俺は顎の先端を掠るように殴ると、ダンゲルは白目になって倒れる。
シンとする周囲。
「終わり……ですよね?
マウントを取って、殴り殺した方がいいとか?」
俺は、ダンゲルに馬乗りになる。
「まっ……待て!」
サンチョさんが止めに入った。
余裕の勝利が俺のような若い男に邪魔をされたせいか、公爵の顔が赤くなる。
公爵が、
「『お前は解雇だ』と気がついたら言っておけ!」
と言って、馬車に戻ると、お付きが追いかけて行った。
それを見送る俺たち。
「お前……、凄いな。
あいつに素手でか?」
サンチョさんが近寄ってきた。
「まあ、ダンジョンに潜っていれば、それなりに……」
「ダンジョンにだって!
それでか……」
ダンジョンで鍛えれば、強くなることを知っているらしい。
「それで傭兵なのに何でわざわざ関わってきたんだ?」
「あの状況で、悔しそうなアネルマ様を見たらちょっとね……」
「それでもいい、あの公爵相手に一泡吹かせたんだ。
俺は満足だよ。
公爵側も傭兵を出したんだ、文句はないだろう」
サンチョさんが頷いた。
あれ?
全速力でアネルマ様は走ってくると、俺に抱き付いてきた。
「アネルマ様! それはダメです」
俺は止めるが、
「しかし、嬉しいのだ。
手も足も出ず、じっと我慢していた。
この仇討の戦争が終われば、私はあのジジイ息子に嫁がねばならん。
上から何でも行ってくるあの公爵に一泡吹かせることができてうれしいのだ」
と言って抱き付くのをやめない。
「嫁ぐ?」
一度聞いてはいたが、本人から聞いてみることにした。
「すでにメルカド伯爵家は伯爵の形を取れていない。
前回の戦争で、あまりにも被害が多かった。
今回の仇討も、公爵が後ろ盾にならなければ、兵士さえ集まらないのだ」
「その体裁を整える代わりに、アネルマ様の身を?」
俺が聞くと、
「いや、アネルマ様の母上、マリーダ様さえも……」
サンチョが付け加えた。
「そうでもしないと、今の伯爵家では資金も兵力もない。
情けないことだ……」
アネルマ様は苦笑いしていた。
俺が原因か……。
勝つものが居れば、負ける者も居るのは世の常とはいえ……。
俺も苦笑いしてしまう。
「私は、男に抱き付いたことはない。
抱き付いた男と言えば、父上ばかりだった。
父上が帰ってきた時にはよく抱き付いていた。
お前は父上のようにがっしりしていて、抱き付きやすいな」
アネルマ様が見上げる。
「で、サンチョさん。
この状況は、良くないのでは?」
俺は抱き付くアネルマ様を指差しながら聞いてみた。
「良くは無いが、悪くもないな。
お前のお陰で、メルカド伯爵家は体面を保てた。
その褒美ってことでいいんじゃないのか?
まあ、アネルマ様も抱き付く相手が欲しかったのだろう。
もう何か月もしないうちに、この屋敷を去らねばらないからな」
とサンチョさんは苦笑いしていた。
「あれ、どうする?」
ダンゲルを指差す俺。
「さて、どうするかね?」
サンチョさんが呟いた。
「雇えば?
強いし、数か月後には元鞘でしょ?」
「その辺はあの男に聞いてみる。
みんな、そいつを連れて行け」
サンチョさんの指示で、ダンゲルは連れて行かれるのだった。
兵舎あたりかな?
予約設定を忘れていました。
遅くなりすみません。