幸せになってください。
「幸せになってください」
そう言って笑う彼女はとても綺麗だった。
2ヶ月ぶりに会う由香は前よりも髪が短くなって少し色が明るくなっていた。これまで手入れしかしていなかった爪はとても美しく彩られている。
前よりも綺麗になったと思う。僕の知らない間に何かあったのか、なんて勘ぐってしまう。
昼下がりに入ったカフェはよく2人でいつもデートで使う場所だった。
いつものように僕はブレンドコーヒーとパウンドケーキを、由香はホットミルクティーにレアチーズケーキを頼んだ。
手持ち無沙汰を紛らわすように水の入ったコップを握りしめる。久しぶりで何を話せばいいのか分からなかったから。
彼女はなんだかそわそわして落ち着きのない感じだ。こちらを見ては目を逸らし、またそーっと視線を向け口を開きかけては閉じる。
何とも言い難い空気の中、時間の流れがいつもよりゆっくりに感じた。
頼んだものが届き、店員は伝票を置いてどうぞごゆっくりと言って去って行った。
「食べよっか」
そう言ってほんのりと笑いながら彼女はミルクティーに砂糖を2杯入れる。僕はミルクを少し入れ、ゆっくりとかき混ぜる。黒が少しだけ優しい水色になった。
お互いにケーキを食べながらぽつりぽつりと近況を話し出す。新しく行った美容院がネイルサロンも併設されていたから試しにやってもらっただとかこの間やっていた展示会がとても楽しかったとか他愛もない話。
僕も僕で仕事でやっていた事がうまくいって嬉しかっただとか近所で美味しい喫茶店を新しく見つけただとか。
こういう風にゆっくりとお互いの事を話し合う時間が好きだなと、とても実感した。
彼女はとても素敵な人だ。仕事もこなし、私生活も楽しんでいるのがよくわかる。いろんなものに興味を示し手を伸ばすことを恐れない。
そしてその事を楽しそうに話す彼女は、とてもかわいい。
ゆっくりと話は盛り上がり、お互いに食べ終わるころには少し落ち着いた。
チーズケーキの最後の一口を食べた彼女は、ゆっくりとフォークを置きミルクティーを口に含む。置いたティーカップを両手で包ながら、少し緊張しているような感じだ。
覚悟を決めたように由香は僕の名前を呼ぶ。
それを見て僕もつられて背筋を正す。なんだ。何を言われるんだ?
この2ヶ月会えなかったのはお互いの休みが完全に被らなかったからで。夜にご飯だけでも、なんていう会いたいという気持ちは予定が全てが噛み合わなかったから、心の奥に閉じ込めていた。
それがいけなかったのか。もっと会えるようにやりくりしていれば……?もしかして別れ話をされるのか……?
不安がっている表情を取り繕う事も出来ないまま、僕は由香に声をかける。
「なんだい? 由香」
そう問い返すと彼女は鞄から小さな小包を取り出した。それはよくプロポーズなんかで使われていそうな、感じの、あれで……?
不思議に思って小包から由香の方へ視線を向ける。そこには顔を赤らめながら口を開く彼女がいた。
「私と結婚してください」
そう言って彼女は白い手で蓋を開ける。その中にはシンプルな光沢のある指輪が1つ。柔らかく微笑む彼女は、僕の手をとり指輪を左の薬指に通しながら言った。結婚して私と幸せなってください、と。
答えはイエスしか思い浮かばなかった。




