第二話 王国からの旅立ち
朝になり、暗かった森林地帯にも微かな光が差し掛かる。これから私は孤児であるスクを王国へ連れて行かなくてはいけない。まあ、1匹霊獣を連れ入れることは出来たが。
この世界の話になるが、人間族と霊獣族は、一定の距離を保っている存在で仲がいい。長所である人間族の知恵と、霊獣族の魔法をお互いで分かち合って協力し合う仲になっている。
そして霊獣族の魔法の力を借りている人間を『霊獣使い』といい、この世界で最も強い種族となる。しかし、この種族の存在を維持することは容易ではない。
これはほんの一例に過ぎないが、人間族が霊獣族が住まう自然を大いに荒らすことがあったり、多くの霊獣族が人間族に非協力的になったりすると、人間族と霊獣族との仲に亀裂が生じて、霊獣使いという種族は存在しなくなるだろう。
「──ここがリフフィリア王国だ」
森林地帯で過ごしていたスクは、人間の住む建物などを珍しそうに見ていた。ルーペの話では大きな木の穴の中で暮らす日々だったとか。
基本的に王国内へ連れ入れられた孤児は王宮で色々と教え込まれ、国の兵士となり地位と生活を保証される。森林地帯で過ごす逞しさがあるスクは屈強な兵士になれるだろうな。
生物の皮を纏わせている孤児は珍しいのか周りの人々からの視線を感じる。寄り道はしないで王宮へ行くとするか。
「──王様、只今森林地帯から戻ってきました」
王様は後ろにいるスクを見て、事情を把握したようだ。
「森林の奥地に孤児がいたのか」
「はい、少々特殊な例でして、ご説明しますと霊獣に育てられた孤児のようです」
「霊獣に育てられたか」
私とスク、ルーペは隣の部屋へ行き、とりあえず浴室でスクの体の汚れを取り、ちゃんとした服を着せた。
「なんか、重い」
「それが、ここでの普通なんだよ、いやどこでもだけどな」
ルーペに教えられたとしても、少なくとも森林地帯で生き抜くための知識だけだろうな。先が思いやられる。しかし、あのリザードマンに勝つ強さがあるのなら、育てがいがありそうだ。
「では王様、スクを兵士の宿舎まで案内してきます」
王様にそう告げて、私はスクを連れて、これからスクが暮らす兵士の宿舎に行こうとしていた。
「おい、坊主! 夢とかあるのか?」
通りかかった兵士の一人がスクに向かって話しかけていた。それを聞いたスクは頭を下げて考えていた。全く嫌味な一言だ、これから兵士になるのだから夢を追いかける時間なんてないだろうに。
「──夢というか、大霊獣に会いたい」
「大霊獣か! 大きな夢だな」
大霊獣。嘘か本当かどんな願いでも叶えてくれるとされている、霊獣たちの神々のような存在、架空の生物だと言われているが、実在するといった声を聞くこともある。
兵士の宿舎で寝床を決めて、私はスクを武器庫に連れてきた。
「確か槍が使うんだよな、この中から好きなのを選んでいい」
スクとルーペが大量に置かれた槍を眺めていた。
『スク! この槍が一番いいぞ!』
「──目利きがいいな、質がいいのはその種類だ」
『俺っちの魔法を使えば、すぐわかるさ』
確かルーペの魔法属性は学問、一瞬で質を見抜けるのか。
学問の中で戦闘に活かせそうなのは、物理学、心理学、これらの情報を一瞬で判断できるとするならば、かなり強い。
例えばどれだけ人間が冷静でいても戦闘中には、相手の力量を把握すること、相手の考えを予想することで、正確な答えは出てこない。しかし、それが可能となるのだ。力と力の勝負なら分からないが、戦略と戦略のぶつかり合いならば必ず勝つことになるだろう。
よく考えみたらとんでもない霊獣を拾ってきていたんだな。
「──ここに居たのかカルバ! これ解読してくれねえか?」
「解読書あるだろうが」
「いや、本当にお前が霊獣文字読めんのかなーって気になって」
「ったく、分かったよ」
同僚の霊獣使いが、霊獣族の古い本を持ってきていた。そして私はある理由があって霊獣文字が読める。霊獣文字が読める人間は私の他に聞いたこともなく、リフフィリア王国で霊獣文字の解読書があることは国家機密である。
実は私は元々孤児でスクと同じ霊獣族から育てられていたのだ。霊獣文字とはその名の通り、霊獣族たちで使われる言葉であり、私は霊獣族から人間の言葉よりも先に霊獣の言葉を教えられていた。
「──とまあ、これは霊獣族の絵本みたいなものだ」
同僚の霊獣使いが驚いたような顔をしていた。
スクが来てから数日が経った頃、私は王様に呼び出されていた。
「カルバか、突然だがスクを連れて旅に出てみないか」
「旅ですか? 一体どういった理由で」
「この前、スクの夢を聞いた時、幼き頃のお前も同じ夢を持っていたことを思い出したんだ」
───そういえば、そんな夢を持っていた、忘れていた。国のために尽くせば気が晴れていたからな。
「リフフィリア王国も昔に比べたら随分と発展して、もうやることは殆どなくなった。今度は国のためではなく自分のために動いてみてくれないか」
思い出した。夢を諦めさせて、強くなれと言われて霊獣使いになったこと、しかし後悔はしていない。
「夢は別に追いかけなくてもいいです!」
それを聞いた王様はあまり落ち込む様子はなかったが、目はずっとこちらに向けていて、私は王様の反応を待った。
「それじゃあ、私の夢を聞いてくれないか」
王様はそう一言零して、少し躊躇う様子を見せながら私にこう言った。
「実はな、不治の病を抱えている。医者によればあと1年あるかないからしい。それでな、死ぬまでに楽しむことを考えた時にお前の夢のことが浮かんできてな、正直に言えば応援したいんだ」
「──王様にはもっといい夢があるのではないのですか?」
私は頬に違和感を感じながら話す。泣いているのか私は。
「私は夢を叶えた、リフフィリア王国の発展という夢をカルバ、お前のおかげでな。だからこそお前には夢を追いかけてほしいのだ。そしてスク、私はあの少年を幼いころのカルバとしか見れなくなっているのだ、頼む夢を追いかけてくれ」
「──分かりましたよ、王様。必ず成し遂げて見せます」
私はスクに事情を話し大霊獣を探す旅へと出ることにした。
『まずはどの方角へ向かうんだ?』
「北に向かおうと思う、特に理由はないが」
私も森林地帯から先の世界は見たことがない。森林地帯を抜けてから少し気分が高揚している。夢を追いかけることに、冒険することに楽しんでいるんだ、私は。
『えっ! ここどこ!?』
ようやく起きたのか、この寝坊助め。