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ヘンネフェルト白書  作者: Hira@黒幕
第一章 侯国編
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1-6『意地と決意』

「……大公閣下、申し訳ありませぬ。この忙しい時期にわざわざ見舞いなどさせてしまい……」

「ははは、『大公閣下』か。卿との仲だ。昔のように『ウィレム君』で良い」


 共和国で行われた戦略会議から三日後、ヘンネフェルト城領主私室。帰国の道中でわざわざ見舞いに訪れた黒鎧の男性貴族――ウィレム大公は、寝台に横たわる友人の言葉に目を細めた。

 ヘンネフェルト侯爵家の現当主でありニナとユーリの父、ラウド=ギュンター=ヘンネフェルトその人である。

 だが寝台に臥せった彼は頬はこけ、腕も痩せ細り、"ヘンネフェルトの白き稲妻"と皆に恐れられた、ウィレムが知る侯国最強の竜騎士の面影を全く感じさせない弱弱しい姿を晒していた。


「そうもいきますまい。貴方は亡くなられた先代の後を継ぎ、一国の主となられたのです。もう昔の様な無礼な対応は出来ませぬ」

「それもまた寂しい話だな。……まぁ良い」


 ウィレムは差し出されたラウドの細い手を取り、労わる様に友人の背中を優しくさする。


「……随分と痩せたな。身体の調子は大丈夫なのか?」

「情けない話ですが、大丈夫……とは言い難い状況ですな」

「治癒魔法は受けているのだろう? ただの戦傷ならばこうも回復に時間がかかるとも思えないのだが」


 最もな意見だ。ヘンネフェルト侯国の国教はユラン聖教会である。教会所属の魔術士なら城下にも大勢いる。彼らの治癒魔法を使えば骨折程度ならば一、二週間もかければ快癒は十分可能である。なのに。先の戦争があったのはもう五か月も前の話だ。その時に負った傷が未だに癒えないというのは疑問が残る。


「……父上」


 隣に控えていたユーリが事情を話して良いかと病床の父に確認を取る。無言で頷く父を視認すると眼鏡姿の次期当主はウィレムに向き直り、続けた。


「父上はあの戦場で『呪い』を受けたのです」

「……どういうことだ?」

「これです」


 ラウドがおもむろに羽織っていた上着を脱ぎ始める。痩せて一回り小さくなった彼の胸板は何重にも巻かれた包帯で覆われていたのだが…その下の肌がどす黒く変色し、とても人間の肌の色とは思えぬ異常な様相を呈していた。


「……なんだ、これは!?」

「我々は暫定的に『黒化』と呼んでいます。父と同じく戦場にいた配下の中にはこの『黒化』が全身に回り、命を落としたものが複数名存在しております」


 かぶりを振って苦々しく呟くユーリ。ウィレムは五か月前の休戦直後に目にした、とある国の新聞の記事を思い出していた。


「――瘴気砲、か」



 瘴気砲。


 その名が世に知られたのは、五月戦争の舞台となったウッツ海峡に浮かぶ島国アストリア王国からの公式発表が切欠であった。

 かの国の新聞――アストリアタイムズの記事によれば、王国上空に突然現れた「空を飛ぶ要塞」が「禍々しい黒い光の奔流」を放ち、共和国軍と帝国軍が衝突する海域上空に着弾、爆発四散したのだという。

 直後に起こった衝撃波と大津波により両海軍は壊滅、帝国軍を指揮する第二皇子カイゼルが戦死。一か月に渡る戦争が休戦状態に追い込まれた最大の原因がこの瘴気砲だと言われている。

 その正体は一切不明、ただ解っているのは空飛ぶ要塞にしろ瘴気砲にしろ、ヒトではない異種族が残したロストテクノロジーであるという事、そしてそれから数日のうちに要塞そのものが完全に消滅したという事だけだ。



「あらゆる治癒魔術を試してはみましたが…現状全く効果はなく、回復の見込みはありません…」

「――そうか」


 一瞬の沈黙。部屋の中を重苦しい空気が支配する。


「大公閣下」


 沈黙を破ったのはラウドだった。


「息子から聞きました。共和国は依然モルガナ領の奪還を諦めていないと。ならば此度の戦い、この私も同行願えないでしょうか?」

「卿は突然何を言い出すのだ、そんな身体で戦えるはずが無かろう!」

「ヘンネフェルトは共和国の『盾』、先代よりその役目を引き継いだ責任が御座います。我が国は共和国の前身――ウィルランド王国時代に王より拝領した領土です。故に祖先が受けた恩義は還さねばならない」

「王国は八年前に革命によって倒れたのだ! 今の共和国は王族とは所縁の無いハウマンが支配する全くの別の国といっても良い! 卿が命を懸けてまで尽くす義理が何処にある!?」

「それでも――!!」


 病床の男が力強く絶叫する。それまで今にも死にそうだったのがまるでウソだったかのように。 


「それでも今行かねばならぬのです! 王国が倒れた八年前のあの日、私は指を咥えているだけで何もできなかった。だからこそ今動かないわけにはいかない。でなければこれまで我が身を削り、かの国に捧げてきた忠義が全て無意味なものになる。私にはそう思えてならぬのです――」

「――――」


 友人の悲壮な覚悟に言葉が出ない。ウィレムは苦悶の表情を浮かべ、考えて考え抜いてようやく呟くように言葉を絞り出した。


「……そんなものはまやかしだ、ただの意地に過ぎない……」

「そうでしょうな、これは私の意地です。だが私は戦いしか知らない。この命の灯が近い将来失われるのは解っています。ならば寝台の上ではなく、戦場で華々しく散りたいのです」


 ウィレムは深く息を吸うと嘆息してかぶりを振った。これ以上どんなに説得を続けても彼の決意が覆ることはあるまい。私は知っている、この男は絶対に己の信念を曲げない男であると。

 説得が無理ならば致し方ない。もう迷うな、決意しろ―――。


「長居して済まなかった、これにて失礼する」

 

 大公は病床の親友とその息子に一礼すると踵を返した。


「閣下!」


 ウィレムは廊下へ続く扉のドアノブを握りしめ、悲痛な声で呼び止めるラウドの声に振り返らずに静かに応えた。


「――残念ながらその希望には応えられない。養生しろよ、ラウド候」

「待て! 待ってくれ!」


 必死の嘆願を振りほどくように。硬い表情のまま"エルサーナの黒狼(こくろう)"は、友人の元を足早に去っていったのであった。



*****



「あ……ウィレム様、もしやお帰りですか?」


 憮然とした表情で城門に向かい廊下を歩いていると、声をかけてくる者があった。ブロンドの長い髪を三つ編みでまとめた騎士風の恰好の少女。彼女は鎧姿のままお盆の上に茶菓子を載せ、今まさに領主の部屋を訪れようとしていたのだ。知らない顔のはずだが、古い記憶のどこかで彼女を見た気がする。確かあれは……。


「そうか、君はニナか! 久しぶりじゃないか。ずいぶんと美しく成長したな、気づかなかったぞ」

「い、いえ……」


 大公の発言に彼女は少し気恥ずかしそうに視線を逸らす。最後に会ったのは十年ほど前だろうか。兄ユーリの後ろにくっついてちょこちょこと走り回っていたのを思い出す。


「ああ、これで帰る。部下と合流する出立予定時刻まで少し間がある故、久々のヘンネフェルトを堪能していくつもりだが」

「でしたら、私が城下を案内しましょうか?」


 彼女の唐突な申し出にウィレムは顎に手をやって少し考える。


「そうだな……ただ漫然と歩き回るのも悪くないと思っていたが……。女性からの誘いを断るのも男が廃るというもの。是非喜んでお願いするよ」


 大公は一礼するとその場に跪く。


「え…?」


 予想外の反応に呆気にとられた彼女の手を取ると、大公は慣れた仕草でその甲にそっと口づけた。


「わ、わわわ……」

 

 顔を赤らめて狼狽するニナ。そんな初々しい彼女の反応を見て、してやったりと百戦錬磨の色男はニヤリと笑うのであった。

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