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ヘンネフェルト白書  作者: Hira@黒幕
第一章 侯国編
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1-5『発端』



「――なんですと!?」

「馬鹿な、あれほどの被害を出したというのに、まだ戦うつもりなのですか!?」

「しかも今度は我々に出兵しろと!? 冗談も休み休みにして頂きたい!」


 世界暦六百二十年十月某日、ウィルランド共和国首都サウスポート、その議事堂にて。

 共和国の首相を含む政治家と、同盟関係にある周辺諸国の首脳・貴族らが一堂に集められ戦略会議が開かれた。だがその会議は和やかな雰囲気とは程遠く、途中退席するものが出るなど紛糾したと言われている。



 五か月前の同年五月、南大陸に覇を唱える大国・ベルラント帝国との間で、後の世に「五月戦争」と名付けられた大きな戦争があった。


 事の発端は四月二十九日。長年続いた共和国・帝国両国同士の領土争いを終結させようと、共和国傘下のモルガナ公国にて停戦協定が結ばようとしていたのだが。その使者として帝国側から派遣されていた第一皇子ウォルスがモルガナ迎賓館にて何者かに暗殺されたのだ。

 結果、共和国領土内で発生したこの事件は和解モードに突入していた両国間に決定的な軋轢を生むこととなり、皇子暗殺の報復に帝国軍はモルガナ公国を奇襲し占領、モルガナ公爵家の一族を皆殺しにしてしまう。

 この暴挙に怒った共和国はモルガナ公国領の奪取を宣言、北と南の二つの大陸に挟まれた海域ウッツ海峡に海軍を繰り出し、武力衝突を発生させたのである。

 元々戦力に大差ない大国同士の戦いは熾烈を極め、帝国軍は軍を率いる第二皇子カイゼルが戦死、対する共和国軍にも兵の半数が消失するという多大な被害が出てしまった。

 その結果、両軍ともこれ以上の戦闘の続行は困難となり、事実上の休戦状態へと追い込まれていたわけだが―――。



「――勘違いされては困る。我が国と貴国らはそもそも対等な立場ではない。我が国の後ろ盾があってこそ貴国の安全が保障されているのだ。よもやそれを忘れたわけではあるまい?」


 会議を取り仕切る共和国大統領ハウマンの冷徹な発言に、他国の首脳たちは言葉を失い黙りこくってしまう。


 北大陸において大陸一の軍事力を誇る共和国との同盟とは対等なものではない。それは一方的な不可侵条約に他ならず、力を持たぬ周辺諸国は共和国に寄り添う事で国の安全が保たれてきたのである。だから「親玉」である共和国の命令には逆らえず、どんな無理難題をも苦汁を舐めて受け入れてきた歴史がある。

 

 そんな共和国側が此度の会議で出してきた条件。それが「モルガナ公国奪取のための出兵要請」であった。先の戦いで兵力の大半を失った共和国は、今度は自らが支配する周辺諸国の力を使って戦争の続行を目論んだのである。



「大統領閣下、お待ちください」


 年の頃は二十歳過ぎ、白い軍服に身を包んだ容姿端麗で眼鏡姿の男性貴族が声を上げる。名前はユーリ=フォン=ヘンネフェルト。ヘンネフェルト侯爵家の跡取りであり、ニナの兄である。


「我が父ラウドは先の戦いで重傷を負い、未だ病床から起き上がることすら叶いませぬ。また騎士団の損耗も激しく、今すぐの派兵は承服できかねます」

「それについては我がエルサーナもヘンネフェルト侯に同意です、閣下」


 ユーリに賛同して、黒髪長髪、黒いプレートアーマーと防寒具を兼ねた深紅の厚いマントで着飾った三十代半ばの男性貴族が立ち上がる。共和国の北に位置するエルサーナ公国をまとめ上げる、「エルサーナの黒狼(こくろう)」ことウィレム=アルド=エルサーナ大公である。


「今は十月、時期的にまもなく冬でございます。極寒地域の我が国では一足早く大雪が降り、街道の厚い積雪をどけなければ兵の移動もままなりません。我が国は傭兵国家である故、資金さえ出して頂けるなら出兵に関して異議はありませぬが、流石に今すぐというのは無理でございます」

「そんな悠長なことを言っていては、ベルラントの馬鹿共が息を吹き返してしまうではないか!奴らが弱っている今叩かねば次はいつ叩けるというのだ!?」

 

 ダン!と長机を握った拳で激しく叩き、額に青筋を立てて大統領が怒鳴る。

 

「金なら出してやる! だから一日でも早く出兵できるよう今から準備をせよ! わかったな、エルサーナ公!! ――それから!」


 次に大統領はユーリを指さして激しく糾弾する。


「ヘンネフェルト辺境伯! 貴様の国の事情など知ったことか! 良いか、ヘンネフェルト侯国は我が共和国の属国、「盾」の役目を与えられていることを忘れるな! ワシが兵を出せと言ったら素直に出せばよいのだ!」

「し、しかし!」

「人を出せぬというのなら、金を出せ! エルサーナ公国軍に支払う軍資金を貴様の国で捻出しろ!」

「な――――!?」


 大統領のあまりの剣幕に議場はざわめき重苦しい沈黙に覆われる。


「それは他の国においても同じだぞ! 兵を出せぬなら金を出してもらう! それが受け入れられぬというのなら……解っていような?」

 


 大統領の恫喝ともとれるその威圧的な態度に、周辺国の首脳たちはただ黙って頷くしか他なかったと、後の議事録にはそう記録されている。



*****



「大統領は大変焦っておられるな」


 議事堂ロビーにて、声をかけられたユーリは顔を上げた。ウィレム大公である。父ラウドとは古くから見知った仲であり、ユーリ自身も子供の頃から大公には年の離れた弟の様に良くかわいがられたものである。


「裏返せば、それほどまでに今の共和国は戦力がひっ迫していることだ」

「大公閣下……先ほどはありがとうございました」

「何、気にするな。事実を述べたまでだ」


 大陸の北部の山岳地帯を領土とするエルサーナ公国は不毛の地だ。土地は痩せ年中雪に覆われ、作物は簡単には育たない。だから外貨を稼ぐために軍事力に特化し、他国の戦争に自国兵を傭兵として貸し出すことで体制を維持してきた国家である。

 だが、そんな彼らに至っても此度の戦争には実利がない。エルサーナ公国にとってみれば帝国に奪われたモルガナ領など何の関係も無いしどうでもよいのだ。増してや相手は世界一の軍事力を誇るベルラント帝国軍、戦えば相応の人的被害が出るのは間違いない。要するに割りが合わないのだ。


「大雪を言い訳に出兵を先延ばしし、あわよくば時節を逸してうやむやに…とも画策してみたが、どうやらそれすら叶わぬらしい。まったく……大統領の独裁ぶりには困ったものよな」

「閣下、言葉にはお気を付けください。誰が聞いているかもわかりません」

「ははは、そうだったな」


 軽く笑ってごまかそうとする大公ではあったが、聞き耳を立てている不届き者が居ないかと周辺に気を配る彼の視線は鋭く、瞳の奥は決して笑ってはいない。

 そんな彼の様子にユーリは少しだけ寒気を感じた気がした。この男は昔からそうだ。幼き頃から良く知っているが、相変わらず何を考えているのかわからない所がある。警戒しろ、油断してはならないと心の中で警鐘を鳴らす。

 

 ユーリの心境を知ってか知らずか、大公は再び柔らかい表情に戻り会話を続けた。


「私はこれより帰国の途に就くつもりだが、その道中で公国に立ち寄りラウド候を見舞ってこようと考えている。良かったら君も一緒の馬車でどうかね」

「それは願っても無い事です。我が父も喜びましょう」

「では参ろうか。君とは話したい事も山ほどあるのでな。」

「話したい事……ですか?」

「なに、君たちの子供の頃の恥ずかしい話だよ」


 ウィレムは悪戯っぽく片眼を瞑ると、怪訝な顔をしたユーリに対してニヤリと笑って見せた。


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