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ヘンネフェルト白書  作者: Hira@黒幕
第一章 侯国編
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1-4『転ばせろ』



「ニナ様ぁぁ!!?」

「はああああああっ!!」


 気合一閃、少女は力強く地面を蹴り天高く飛び上がる。そして勢いそのままに怪物の左眼目掛け、全体重を乗せてレイピアを繰り出した。


「グオオオオオオオッ!!」


 大量の血しぶきをまき散らし、ずぅんという地面を揺らすような轟音が辺りにこだまする。急所を貫かれた怪物が、派手に土煙を上げて背中から仰向けに倒れこんだのだ。

 衝撃で背中から転倒したニナは骨折した脇腹からの痛みを歯を食いしばって耐え、そのまま転がるように土煙の中から脱出し距離を取る。


「あ、ああ、あああ!!! 姫様あああ、やっぱり生きてた、信じていましたよおお!」


 ついさきほどまで絶望に打ちひしがれていたジェフリーが、歓喜の涙を流しながら少女に駆け寄り抱きつこうと飛びついてくる。

 ニナは身をひるがえしてそれを華麗に回避すると、険しい表情のまま土煙の向こう側へ視線を向けた。


「――怪我は?」

「…もがが、顔面を派手に擦りむきました」

「ふざけないで、状況確認」


 顔から地面に倒れこんで突っ伏していたジェフリーは、ばつが悪そうに頭をかきながら立ち上がった。ちらりと横に視線をやり、まだ倒れて呻いている相棒の姿を確認する。


「俺っちは無事っす、でもトマスは腹に一発もらって……」

「わかった。じゃあもう少し時間を稼ぐから彼を治してあげて」

「時間を稼ぐって……アイツ、死んだんじゃ…?」

「ゴブリンとは違うのよ。あれくらいで倒せるなら苦労はしないよ」

「でも姫様だってボロボロじゃないっすか、大丈夫なんすか?」


 大丈夫なはずがない。つい先ほど、あの化け物の強烈な一撃を盾越しとは言え喰らったばかりなのだ。吐く息は荒く、体力は既に尽きかけている。少女の華奢な身体は悲鳴を上げ、額からの流血は左側の視界を赤く染め上げ奪っている。もはや気力だけで立っているに等しかった。


「とにかく止血だけでも」

「…ごめん、話してる時間は無いみたい。そっちはお願い」


 濛々と立ち上る土煙の向こうに黒い大きな影がゆっくりと立ち上がるのが確認できる。致命傷を与えたつもりであったが、やはり一筋縄ではいかない。

 怪物は怒り狂っていた。楽勝で勝てるはずだった下等で非力な人間ごときに片眼を潰され、オーク族の戦士たる彼のプライドはズタズタに引き裂かれた。

 許さない、許せるわけがない。殺してやる、否、殺しただけでは飽き足らない。四肢をもぎ、肉片すら残らぬよう粉々に叩き潰してくれよう――。


「ウオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 オークは雄たけびを揚げると小生意気な人間どもを今度こそ粉砕すべく駆け出した。もはや一刻の猶予もない。

 ニナは一歩前に出て盾を構え、突っ込んでくる怪物を迎え撃つ為に右足を一歩引き、地面に踏ん張って体勢を低くした。


「さぁ、このニナ=アリソン=ヘンネフェルトが相手よ! かかってきなさい!」

「グオオオオオッ!!」


 全てを粉砕する凶器がニナの頭蓋をたたき割ろうと振り下ろされる。強靭な肉体から繰り出されるその一撃の速度は尋常ではない、当たれば確実に即死クラスだ。

 しかし冷静に動きを見極められれば、怒りに任せただけの単調な攻撃は決してかわせないものではない。

 片眼を潰したことによって出来た相手右側の死角に跳躍して渾身の一撃を回避する。そしてくるりと身体を左回転させ、凶器を持つ伸びきった敵の右腕を狙ってカウンター気味に斬撃を繰り出した。ザクッという鈍い音と共に、その傷口から溢れるように獣人の青い鮮血が吹き出す。

 だが――。


(思ったより硬い――。)


 硬い骨に阻まれ腕を切り飛ばすには至らない。怒り狂う怪物が続けて繰り出す鋭い横薙ぎを盾を構えたまま身体をひねり、再びカウンター狙いでギリギリでの回避を試みる。しかし避けきれない。

 ガキン!と乾いた金属音が空洞に響きわたり、あたりに火花が飛び散った。オークの得物がかすめ、激しい衝撃が盾を持っていた左腕を通して少女の身体を突き抜ける。


「ぐっ……はっ……!」


 一瞬、気が遠くなるのを感じた。数メートルほど吹っ飛ばされて背中から地面に叩きつけられ、激しい痛みに気を失いかけたのだ。

 だが相手は苦しむ猶予すら与えてくれない。続けて襲い来る強烈な縦薙ぎは地面を転がることで回避。大きく息を吸って肺に無理やり空気を送り込み、消えそうになる意識を必死に呼び起こし、四つん這いの体勢から立ち上がり敵との間合いを測る。

 視界が霞む。血を流し過ぎた。長期戦は不利――。


「ニナ様!!」


 ジェフリーの治癒魔術を受け回復したトマスが声を上げた。怪物から視線を外していないので確認はできないが、声の調子から察するにあちらは大丈夫そうだ。


「援護するっす、指示を!」

「二人はいつでも動けるように待機! 必ず隙を作るから、そこを狙って!」


 一歩踏み出した仲間たちを制し、襲い来るオークの連続攻撃を盾でガードし或いは跳んで回避する。

 

(カウンターはリスクが大きすぎる。体力のない今の私には対処しきれない)


 何度も身を守ってくれた青銅製の金属盾は既に大きく凹んでいた。とんでもない破壊力だ。もしも盾がなかったらどうなっていたかと考えると背筋がぞっとする。あれをもう一発身体に受けたら次はきっと耐えられない。

 だが、大振りの攻撃ならば直後は隙だらけだ。あの一撃さえどうにか出来れば勝機はある――。

 ニナは敵が繰り出してくる次の必殺の一撃を見極めるため、敵の凶器の動きに全神経を集中させた。




 ヘンネフェルト侯国はかつて共和国が王制を敷いていた頃、王に使える騎士が褒美に与えられた領土が国となったものだと伝わる。

 共和国領西端の戦略上でも重要な位置する侯国は、西側諸国や海賊らの侵攻から本国を守る「盾」の義務が与えられている要衝でもある。

 ――攻める事よりも守る――。

 ヘンネフェルト侯国騎士団に金属盾を使う守りに特化した戦闘術が広まったのは、そんな背景があったからなのかもしれない。




(正面から受けてはダメ。攻撃の軌道を見極めて………弾く!)


 再び振り下ろされたオークの強烈な一撃にタイミングを合わせ、絶妙な角度で盾をぶつけて往なし弾き飛ばす。

 激しい衝撃と共にそれまでギリギリで耐えていた左腕の骨が遂に砕け、耐えがたい痛みとしびれが襲う。だがそんな事知ったことではない。

 勢い余った怪物は弾かれた棍棒に身体ごと引っ張られ、体勢を崩して前へよろめいた。


 ――これを待っていた、ここしかない!


「お願い! "転ばせて"!!!」

「はい!!」

「待ってたぜええっ!!」


 刹那。右足一本でふらついている怪物の膝にトマスの放ったボウガンの矢が突き刺さる。

 と同時に詠唱を完了させていたジェフリーの氷結魔法が、オークの足元を鏡のように凍らせた。


「倒れろーーーッ!!」


 即席の滑る氷の床に足を取られ、巨大な怪物はバランスを崩して派手な音を立てながら前のめりに倒れ伏す。

 その隙を逃すまいとニナは再び地面を蹴って跳躍し、倒れたオークの後頸部にレイピアの刃を深々と突き立てた。

 狭い洞窟内に響く耳をつんざく絶叫。派手に噴き出す怪物の鮮血はニナの全身を青に染め上げる。暴れて振りほどこうとする怪物に必死に食らいつき、少しずつ確実にその刃を奥へ奥へと捻じりながら食い込ませていく。

 生へ執着するあまり最期の力を振り絞って抵抗していたオークではあったが、数秒後にはそれもなくなり洞窟には静寂が訪れた。


「や、やった……、やったぞ!」

「いよっしゃあ! さすがは姫様、惚れ直したぜ!」


 ハイタッチで喜びを表現するトマスとジェフリーを横目で見ながら、ニナは緊張が解けて全身の力が抜けていくのを感じていた。

 あらぬ方向に折れ曲がった左腕の感覚は既に無い。目の前が暗くなり意識が飛んでいく。彼女はそのまま膝から崩れ落ちて地面に突っ伏した。


「ニナ様!」

「まずい! 待ってろ、オレっちが今すぐ治癒魔法を…!」


 狼狽した仲間が自分を心配して駆け寄ってくる足音が聞こえる。しかし身体がもう動かない。トマスに助け起こされ仰向けに寝かされた彼女は、ちょっと気恥しそうにつぶやいた。


「ううん、違うの……。お腹が空いてもう動けない……。二人とも、あとはよろしく……」


 ぐううう…と空腹を告げる彼女の腹の音が静寂の洞窟に響いた。

 トマスとジェフリーは困惑して顔を見合わせ、言葉の意味を理解して噴き出した。



「帰ろうよ。僕らのヘンネフェルトにさ。」


 安心してそう呟いたトマスに傷だらけの少女は満足そうに笑みを浮かべて頷くと、信頼する仲間たちにその身を委ねて意識を失った。


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