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ヘンネフェルト白書  作者: Hira@黒幕
第一章 侯国編
3/12

1-2『落ちる女』


「アブギド山の地層は石灰岩が大部分を占めているんです。だから石灰成分が雨水で溶けだしたところは穴が開くんだ。そうやって出来た洞穴とかに飛竜が巣を作ったりするんだけど…」

「へぇー。トマスは物知りだね」

「そ、そんなこと無いですよ。これも全部、本に書いてあった情報の受け売りで…」


 ファラ達と別行動を開始してからおよそ半刻。山の中腹辺りまで登ってきただろうか?

 ジェルなどの弱い魔物の襲撃は受けたものの、ここまでは問題なく登ってこられた一行ではあったのだが。


「ぜぇ……ぜぇ……。ちょ……ちょっと待ってくださいよ姫様ぁ! オレっち、も~~体力の限界っす!」

「いやいや、体力なさすぎでしょジェフ。登り始めてまだ一時間も経っていないよ!?」


 二人に遅れて、杖にもたれかかるようにヨロヨロと山道を登ってくる情けない姿の相棒を見て、トマスはかぶりを振る。


「そうだよねー。ジェフはもうちょっと身体鍛えたほうが良いと思うよ? 例えば体力つけるために、毎日城下町とお城の間の坂道を往復してみるとか」

「いや……俺っち運動とかそういうのはちょっと苦手でねー」


 日々の鍛錬のおかげか。努力の天才、体力オバケの彼女は重い鎧姿で山を登ってきたというのに、息切れ一つ起こしていない。

 一方、運動はからきしダメで騎士の道を早々に諦め、流されるままにユラン聖教会の魔術師になったジェフリーにとって、山登りは決して楽な任務ではなかった。


「だ、か、ら、姫様ぁ~、疲れ切った哀れなオレっちをおぶって頂けるとすんごく嬉しいんだけどぉ~!」

「ハル、やっちゃって」

「ああああっ!? 耳! 耳はダメえええええ!!」


 ハルの体当たりを受けて地面に突っ伏し耳を愛撫されまくる魔術師を後目に、「しょうがないなぁ」と独り言ちてニナは丁度良いころ合いの石を見つけて座り込んだ。


「しっかし、居ませんねぇ、ゴブリン…」


 何か痕跡はないかと周囲の草むらを調べていたトマスが呟く。

 歩哨からの事前情報によれば、目撃されたゴブリンは群れを作っていたという。しかしこれまでの所、姿どころかその痕跡すら見つけられていない。


「なにかの見間違いだった、なんてぇー事はないんかい?」

「それならそれで良いと思うんだけど…」

「ま、もしかしたらファラ隊長が何か見つけてるかもしれないしな。とにかく休憩休憩、ちょっと休もうぜ」


 唾液でベタベタになった耳をローブの袖口で拭いながら、ジェフリーもそばの石ころに力なく座り込む。


「おっ、焚火にうってつけの枯れ木の束があんじゃん。ここで火を起こそうぜー。」

「何言ってんだよ、アブギド山は"聖地"だから火気厳禁。信徒なら常識じゃないか。山火事でも起こしたら首が飛ぶよ」

「ひいい、そうでございましたー」


 そう言いつつ、ふと目の前に円形に配列された石ころの集まり…その中心の黒ずんだ跡に目が留まる。


「でも待てよ、じゃあこの焦げた石ころは何だよ? これ明らかに焚火の跡だよな?」

「……え?」

「掟があるんだから、人間はこんなところで焚火はしない……よな?」


 そこまで言いかけてふと気づく。一行は顔を見合わせて叫んだ。


「まさか! ゴブリンの野営跡!?」


 すっと立ち上がり、三人は周囲に敵の気配を探る。しかしその心配は徒労に終わった。空は晴れ渡り、心地よい風が周囲の木々の枝をやさしく揺らしている。

 だがそれでも初めて見つけた標的の痕跡だ。この近くに隠れ潜んでいるのは間違いない。ニナには思い当たる節があった。


「この先に幅は狭いんだけど深い横穴があるの。もしかしたら…」



*****


 登山道を外れた鬱蒼とした茂みの奥にその横穴は存在した。


「ここか…言われなきゃ気づかないな、こんなとこ」


 伸び放題の樹木の枝や蔦を、先頭のトマスが剣で払いながら前へ前へと進んでいく。


「ニナ様、よく知ってましたね」

「実は子供の頃に兄さまと遊びに来たことがあって…それで思い出したの」

「アブギド山って普段は立ち入り禁止ですよね? こんな所でなにやってたんですか…」

「ちょ…ちょっと冒険ごっこを……いいじゃない今はそんな話!」

「ああ~~堅苦しい掟も気にせず野山を駆け回るちょっとお転婆な姫様も素敵だー!」

「……ハル」

「うそですごめんなさああい!」


 石灰質の岩肌が何かの拍子に縦に割れて出来た空洞のようだ。入口は大人一人が蟹歩きでなんとか進める程度の幅しか無い。これでは翼を広げたら二メートルはある飛竜のハルではどうやっても中に入れそうにない。


「この先はハルは無理だね。外で待ってて」


 不満げに喉を鳴らすハルの頭を軽く撫でてなだめると、ニナは狭い洞窟の横穴にその身を滑り込ませた。


「俺たちも行くぞ。このまま姫様一人行かせるわけにもいかねーだろ」

「う、うん」


 ジェフリーの問いかけにトマスも覚悟を決めた。

 

 入口の狭さとは対照的に洞窟の内部は意外と広かった。これならば三人が横に並んで歩いても何の問題も無いレベルである。

 だが、石灰岩の壁や天井は風化によって脆くなっており、ところどころ崩れた様子が伺える。


「崩れやすいから足元に気を付けて―――」


 この洞窟に入ったことがあるニナが仲間に向けてそう言いかけた刹那。

 洞窟内に響き渡る轟音と共に、まるで巨大な隕石が飛来して付近に着弾したかのような地響きが発生する。


「ななななな、なになになになに!?」

「うああああああああああああ!?」


 蜘蛛の巣状に広がった地割れはあっというまに一行の足元へと達し、その姿を大穴へと変えて多数の瓦礫と土ぼこりを上げて暗闇の奥へと引きずり込んだのだった。



 やがて――。

 パラパラと小石が上から降ってくる音以外は何も聞こえない静寂の時間が訪れる。


 

 どれくらい落ちてきたのだろう? 幸いにも意識を失うことはなかったようだ。身体は痛むが大したケガを負っている感じではない。

 眼前の土ぼこりを手で払いつつ、ジェフリーは一緒に落ちてきたはずの仲間に問うた。

 

「いってててて…。姫様! トマス! 無事か!?」

「わ、私は大丈夫。何か柔らかい物の上に落ちたので…。なんでしょうこれ」

「姫様……。下敷きになってるのはトマスです」

「あああああああああ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」


 狼狽してニナが慌てて立ち上がろうとする。だが瓦礫に足を取られて体勢を崩し、トマスの顔面に尻もちをついてしまう。

 グエッと、まるでカエルを踏んづけてしまったかのような短い悲鳴と共に、不幸な軽装兵の意識は闇の奥底へと沈んだ。



***** 


 

「ああ……いや、お役に立てて、よかったです……」


 ひたすら謝り倒す主人に赤面して恐縮しつつ、トマスはどう反応して良いのか解らず頭を掻いた。

 痛かったし重たかったけど、ちょっとだけ柔らかかった感触に幸福感を感じたのは頭の片隅に置いといて。


 せっせとスカートに付いた汚れを払う主人の様子を微妙な表情で見つめるトマスに、彼女は頬を赤らめ慌てて取り繕った。


「ち、ちがいます! これは装備のせいであって! 私の体重がどうとかいう話じゃ…!」

「わわわ、わかってますよ! 何も言っていませんって!」

「こんのぉトマスてめぇ、うらやましすぎるぞこんチクショオ! こうなりゃ姫様! 俺っちにも是非一発……」


 ゴッ!と鈍い音を立ててトマスが振り下ろしたボウガンの角が、調子に乗った魔術師の頭にめり込む。


「いい加減にしないと殴るよ!?」

「そういうセリフは殴る前に言うべきだと俺っち思うんスけど!?」


 いつもの漫才を繰り広げる仲間達に苦笑しつつ、ニナは自分たちが落ちてきたと思われる天井を見上げた。


「……だいぶ落ちてきたみたい。入口に戻るのはちょっと無理かな」


 一行が落ちた先は巨大な空洞であった。崩れ落ちた衝撃からか、そこかしこに空いた穴から日光のカーテンが差し込み、周囲に舞う土埃が光を乱反射してキラキラと輝いている。薄暗い事には違いないが、目視が全く効かないな状況でもなかった。


 とにかく地上に戻る道を探さなければ。そう思った矢先。唐突に何者かの気配を察知し、彼女は叫んでいた。


「待って、何か居る!」


 少女が叫び終わるや否や、風を切る音と共に何かが彼女の胸元を目掛けて飛んでくる。

 矢だ。敵襲を受けている!

 

「ゴブリンだ!」

「戦闘準備!」


 即座に金属盾を構えて矢を弾き飛ばすと、岩陰からこちらの様子を伺っている小柄な獣人――ゴブリン目掛けて突進する。

 奇襲に失敗した狙撃手は慌てふためいて逃げ出すが、その背中をニナの鋭い一撃が捉え絶命させた。


「まだ居るよ! ジェフ、お願い!」

「光よ!!」


 ジェフリーの掛け声とともに天井近くに小さな光球が生み出される。光魔法(ライティング)の光に照らし出された周囲一帯は予想よりもだいぶ広く、そこかしこの岩陰にゴブリンが潜んでいるのを確認できた。

 その数は目視できるだけで五体。この程度なら十分対処できる。


「トマス! 後ろだ!」

「解ってるよ!」


 トマスの狙いすましたボウガンの矢が背後にいたゴブリンの頭を貫く。そのあとにニナも続き、一塊に密集していた獣人たちの中に突入、軽やかにレイピアで切り刻み次々と仕留めていく。

 戦闘はあっけないほど簡単に、数分もかからずに片付いた。


「ま、獣人の中でも最弱のゴブリンだしな、こんなもんだろ」


 周囲に敵影がないのを確認し、ほっと一息ついたジェフリーが呟くが、状況は楽観視できない。


「当たり、か…。不味いことになったな」

「偵察任務のはずが、まさか巣穴に飛び込んじゃうなんて…」


 広場は行き止まりとなっていて、奥に一本だけ道が続いている。ゴブリンたちはどうやらあちらから向かってきたようだった。危険なのは解っているが進むしかない。


「とにかくここを脱出してファラ隊長たちと合流しましょう。出口を探さなきゃ」


 トマスの意見に賛同してニナは頷いた。


*****


 

「はぁ……お腹空いた……こんな事なら出撃前に何かつまんでこれば良かった」


 皆が疲れをだいぶ意識し始めたころ、唐突にニナが不満を口にする。


「こんな状況下でも食べ物の話とはさすがですね姫様…」

「何言ってるの、食べなきゃ動けなくなっちゃうじゃない」

「まぁそうなんですけどー」

 

 そんな取り留めのない会話を続けながらも周囲への警戒は怠らない。暗闇から突然飛び掛かってくる獣人の攻撃を盾で軽く往なし、レイピアで止めを刺す。

 もう半刻ほど進んだであろうか。ゴブリンの襲撃は何度もあったものの、ここまでは問題なく対処出来た。だが……洞窟は奥へ奥へと下る一方で、肝心の出口は一向に見つかりそうもない。

 さすがに深部までは日の光は殆ど届かず、今はジェフリーの杖の先からほとばしる光魔術の明かりだけが頼りである。

 この状況下で出口が見えない闇の中を進むのは、精神的にも容易ではない。不安に押しつぶされそうになりつつも、一行はひたすら突き進む。


 そんな中ふいに視界が開けた。広場だ。五メートルほどの高い天井は所々崩れ落ちており、その隙間から日の光が優しく地面を照らしている。

 ここなら敵の奇襲にもすぐに気付けるし、休憩できるかもしれない。


「ちょっと休もうか、みんな疲れたよね?」

「ふいー、助かるぜ。俺っちもうヘトヘトで参ってたんだ」


 ニナの提案に同意してジェフリーが荷物袋を無造作に放り出し、近くの岩場に腰を下ろすと仰向けに倒れこむ。


「あーー脚がいてぇ、喉が渇いた、もう歩きたくねーー」

「しょうがないなぁ、じゃあジェフはここに置いて行こうか」

「姫様、冗談でもそういう事言うのやめてね? 俺っち野垂れ死にしちゃうよ!?」


 くすりと笑う少女の姿を見て、先程まで不安でいっぱいだったトマスはなんだか少しだけ安心した。この二人と一緒なら怖くない。そう遠くないうちにここから脱出できるはずだ、と確信する。

 

「さっき近くで湧水を見かけたんだ、僕、水を汲んでくるよ」

「おー、助かるぜ」


 トマスは腰に下げた道具袋から水筒を取り出すと、足早に来た道を駆けてゆく。




 だが―――。

 程なくして彼の絶叫が広い空洞内に響き渡った。




「な、なに!?」


 尋常ではない叫び声に反応して二人はすぐさま立ち上がり、トマスがいるであろう暗闇の方角へ駆け出す。

 彼らの視界に飛び込んできたのは、尻もちをついて恐怖に震えている身動きの取れないトマスと、


「お、オーク、だって!? なんでこんなところに!?」


 体長は二メートル半から三メートルはあろうか。ゴブリンとは明らかに違う引き締まった鋼の肉体を誇り、その丸太のような腕にはこれまた図太い木製の棍棒が握られている。

 それが今まさに、トマスの頭蓋を叩き潰さんと振り下ろされる瞬間であった。


「トマス、危ない!!!」



 躊躇なく敵前に飛び込んでトマスを突き飛ばしたニナは、彼の身代わりとなって怪物の振り下ろした凶器に殴り飛ばされ意識を失った。


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