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ヘンネフェルト白書  作者: Hira@黒幕
序章
1/12

0-1『プロローグ』

 むかしむかし。


 とある王国に邪竜が突如現れ、夜な夜な街を荒らして回りました。困った国王は討伐部隊を差し向けますが、空を自由に飛び回る邪竜相手に手も足も出ませんでした。


 そこで国王は邪竜討伐の為、とある一族に助力を請いました。それは幼き頃より飛竜と共に暮らし使役する竜使いの一族でした。


 竜使いの一族と邪竜の戦いは熾烈を極めましたが、彼らは長い戦いの末、その災厄を止めることに成功したのです。されど邪竜は死の間際、自身を殺した竜使いの英雄に呪いの予言を残しました。


「将来、お前の子孫の中に竜の刻印を持った者が現れる。

 彼の者は人間にそぐわない強大な魔力を有し、やがて英雄となるであろう。

 しかしその者はやがて己の力に食われ闇に落ち、一族を滅ぼすであろう。」




 戦後、竜使いの英雄に竜の刻印を持つ一人の赤子が生まれました。彼は立派な竜使いとして国に仕えて領土を賜り、敵国との数々の戦いで活躍し新たな英雄となりました。


 けれど、邪竜の残した予言は当たってしまいます。彼は己の力を過信して刻印の魔力の暴走を許し、遂に闇へと落ちたのです。もはや人の心を失い、自らの飛竜と共に国中で破壊の限りを尽くすその姿は、かつて国を滅ぼしかけた邪竜を彷彿させるものでした。



 あれを放置する事は一族の名誉にかかわる―。


 既に現役を退いていたかつての英雄は一族の不始末に決着をつける為、まがまがしい"何か"に変貌してしまった息子と対峙する道を選びます。そして激しい戦闘の末、遂に討ち滅ぼす事が出来たのでした。


 血の繋がった息子を自らの手で殺さねばならなかった英雄は、悲しみに明け暮れ己の運命を呪いました。やがて病を得て己の死期を悟った英雄は、残った子孫に遺言を残します。


 例えどんなに愛する存在だったとしても。一族に竜の刻印を持った者が現れた時は即座に殺さねばならない。一時の感情に流され放置すれば、いずれ大きな悲劇が一族に襲い来るであろう、と。



 それから百年の月日が流れました。大陸では戦争が何度も起こり、繁栄と衰退が繰り返されましたが、竜使いの一族が治める小国は時代の波に飲まれずに残っておりました。



 けれど一族にかけられた呪いは今も尚、生きていたのです。




*****


 北大陸の西部地域に「ヘンネフェルト侯国」という歴史ある小さな都市国家がある。


 辺境伯ヘンネフェルト侯爵家、並びに彼らが率いる屈強なるヘンネフェルト騎士団によって統治されている鉱山町だ。河川によって台地が深く抉られ、河床の低地と急な崖によって分断された田切地形と呼ばれる場所に、その町は存在した。


 この町は大きく分けて三つのエリアに分類される。高い崖という自然の要害を生かして丘の上に建てられたヘンネフェルト城。良質な鉄が取れるため集まった鉱員たちが、崖にへばりつくように家を建てて住み着いた鉱山区。そして河床の低地に古い町並みが広がる商業区の三つである。


 広い商業区でも一際目を引くのが、山頂の城へと続く道中に建てられた石造りの立派な砦だ。ただ、砦とはいっても実際は城門的な要素が強く、平時は検問は必要ではあるが崖の上へ向かう一般人にも解放されている。


 世界暦六百二十二年、六月某日、正午過ぎ。天候は曇り。


 いつもならば旅人であふれかえる活気のある砦ではあったが、この日ばかりは普段と様子が違い物々しい雰囲気が漂っていた。バリケードによって一般人の入場は制限され、大勢の騎士たちとローブを着こんだユラン聖教会の聖職者によって警備されている。そして砦の周囲はウワサを聞き付けた多くの領民によってごった返していた。


 本日、ここで罪人の処刑が執り行われるというのだ。


 町中に処刑の開始を告げる教会の鐘の音が響く中、両手足を拘束された罪人が屈強な騎士団に囲まれて引き立てられてゆく。

 罪人は少女であった。その名はニナ=アリソン=ヘンネフェルト。先の戦いで無念の戦死を遂げた先代ヘンネフェルト侯国領主、ラウド=ギュンター=ヘンネフェルトの実の娘である。


「この人殺し!」

「俺たちをずっとだましていたのか!」


 かつて領民から愛され慕われた少女は罪人となり、周囲から容赦ない罵声を浴びせられていた。ブロンドの長い髪はぼさぼさに乱れ、頬はこけて覇気も無く身体中傷だらけ。泥と埃にまみれた汚らしい囚人服を身に纏ったその凋落ぶりは、かつての彼女を知る者たちの涙を誘った。


「ウソだろう!? あんたが"咎人(とがびと)"だなんて! ニナちゃん、これは何かの間違いだろう?」


 年配の女性が懇願するような悲痛な声で処刑台の上の少女に声をかける。だが少女の瞳は焦点も合わず虚空を彷徨うばかりで心既にここに無く、見知った女性の声にもうつむいたまま全くの無反応であった。


「ウソではなぁい! 信じられぬというのなら、証拠を見せてやろう!」


 一段高い処刑台の前に立つ一人の老司祭がざわつく民衆に向けて声を張り上げる。処刑の指導役たるユラン聖教会高位司祭、サビーノ=ペドローニ枢機卿だ。


「民衆たちよ、見よ! これがこの娘が呪われし咎人(とがびと)である証拠、竜の刻印である!」


 枢機卿は勝ち誇った表情で娘の右腕を取り、今にも雨が降り出しそうな曇天の空へ向けて見せびらかすように高々と掲げる。民衆が注目する彼女の甲には、痛々しく焼けただれた火傷のような赤黒い紋章が刻まれていた。


 竜の刻印。

 かつて大陸を滅ぼしかけた邪竜。その呪いと祝福を受け(しもべ)となった"咎人"は、必ず身体のどこかに刻印が浮き出るというのである。それが確かに、かつて領民の誰もが愛した領主の娘の右手に宿っていた。


「そんなバカな……!」

「信じて、いたのに……!!」


 民衆の中には教会による公式発表の後でさえ彼女を慕い、その凶報を信じない者も多かった。だが、枢機卿によって提示された動かぬ証拠にもはや反論の余地はない。そこには諦めと困惑、そして裏切られたことによる怒りの感情が渦巻いた。


 老獪な司祭はニナの左手を掲げたまま、勝ち誇った表情で民衆に問いかけた。


「敬愛なる信徒の諸君、皆も知るように竜の刻印を持つ咎人は世界を滅ぼすとされる存在! この世に存在してはならない絶対悪である! されど、教皇テッサリーニは事もあろうにこの娘に"聖女"の称号を与え、民心をたぶらかし混乱をもたらせた! 教皇猊下は咎人の手先と化したのです! この娘の口車に乗り、ニールセン砦では守備隊はおろか罪なき一般人まで皆殺しにした! これが神に仕える者の所業であるか!?」


「否! 断じて否!!」


 処刑台を取り囲む聖職者たちが、彼の呼びかけに一斉に声を上げる。その様子にペドローニは満足そうに頷くと、ニナの手を無造作に振り払い拳を握って力強く訴えかけた。


「その通り、断じて違う! これは悪魔の所業であり、世界の平穏に弓引く愚かな行為である!! 世間では我らの事を公国軍に寝返った裏切り者だと蔑む者たちも居る。だがよく考えられよ! 祖国の開放を口実に平然と民衆を殺戮する教皇派が、果たして本当に正しいのか!? これではまるで、解放軍を騙るだけの山賊連中と何も変わらないのではないか!? 民衆よ、考えることをやめてはならない! あなたたちは賢い、ならば考えればわかるはず! どちらが正義でどちらが悪であるかを!!」


 興奮した様相で訴えかける枢機卿の演説に、民衆は息を呑まれている。ペドローニは自分の演説に酔っていた。ここまでは計算通り、あと一推しだ。――これなら行ける。


「ゆえに、私はここに宣言する! 教義に背き大罪を犯した教皇テッサリーニを排斥し、この私サビーノ=ペドローニが新たな教皇として立つ事を! そして我らが率いる新生ユラン聖教会は人類に仇なす呪われし咎人に裁きの鉄槌を下す!こ の娘の心臓に杭を打ち、浄化の炎で現世より完全に消滅させなければならないのだ! 咎人を赦してはならない! 我ら人類の恒久なる平穏を守り抜くためにも!!」


「おおおおおーッ!」

「ペドローニ新教皇閣下、万歳!!」

「咎人と前教皇に死を!」


 エルサーナ公国の侵攻に端を発する大陸全土に及んだ数年間の内乱は、確実に人心を疲弊させていた。戦争に疲れ切った人々は救いを求め、神にすがり英雄を求めた。世界を救ってくれる英雄を。か弱き存在たる自分たちに救いの手を差し伸べてくれる新しい英雄を。

 だから人々は熱狂した。新教皇への就任を宣言したペドローニの力強い演説は、聞き入る民衆たちに新たな英雄の誕生を予感させるには十分なものであったからだ。



 ポツリ、ポツリ。



 周囲の喧騒とは裏腹に。


 肌を伝う冷たい感触にニナは虚ろな瞳で小雨が降り始めた空をふと見上げた。厚い雨雲に覆われた周囲は昼間だというのに薄暗く、遠くでは雷鳴が轟いている。数刻もしないうちにこの時期特有の通り雨に見舞われるであろう。



 ――せめて最期くらい、青い空が、見たかったな――



 全てに絶望した少女は瞼を閉じると思考を止め、視覚と聴覚を遮断した。そして目の前の現実から逃れるように、楽しかった"あの頃"を思い出すように意識を集中する。人間は死の瞬間に、生前の記憶が走馬灯のように蘇るという。その脳裏に幻の様に浮かぶのは、かつてヘンネフェルト城の裏山で毎日見ていた澄み切った青空であった。


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