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大きな愛に至る小さな恋

 それは私が小学4年生の頃に起きた。

 その日、私の通う小学校では校庭の草取りがあった。それは毎週水曜日の昼休み後15分ほど実施された。校庭には、というか土には危険が少なくない。どんなことで指先を怪我するか分からない。だからこの時には生徒たちは持参した軍手をはめて作業を行う。

「アウチ!なんてこった!」

「どうしたんだ妙な声をあげて」

 思わず妙な声を上げた私に友人が何事かと尋ねた。

 簡単なことだ。間抜けなことに持参した軍手がどちらも左手だったのだ。これでは右手が守れない。何がどうなってこんな組み合わせになったのか、これを用意して私に渡した母に問いたい。

 周りの友人たちは笑っていた。幸い私は左利きだったので左手一本でも作業が出来ないことはないのだが、それでも右手を使えないのは何かと不便だった。草や土を素手では触りたくない。

 そこで愛すべき友人の一人が私に声をかけた。

「おい、お前みたく両方とも同じ軍手を持ってきてる奴があっちにもいるぞ」

 これは朗報だ。そいつと片方を交換してもらえば、私達は左右両方の軍手を揃えることが出来る。私同様間抜けなミスをしたのは同じクラスの女子だった。私は彼女に軍手の片方を交換しようと提案した。向こうもそれは良い案だと話にのってきた。これで万事解決!とはいかなかった。なんと、彼女も左手側を二つ持って来ていたのだ。てっきりどちらも右を持っているかと思ったのでがっかりだった。

「何だこれは!どうしてまた好んで左ばかり揃えるんだ!クラスは三十人、左手は三十本。それなのに左手二つ分余計に余りやがる!」

 期待が外れて私はちょっと腹が立っていた。だから少々乱暴な物言いになった。

「なんだと!誰も好きで左手ばかり集めてないわよ。そっちこそなんだ!右手を持っていると期待したら間抜けに左手を二つ持ってくるなんて」と相手の女子は言う。互いに抱える怒りは一緒だった。随分男勝りに言いたいことをはっきり言う女子だった。

 こんな感じで私達は怒りのままに吠えあった。そして騒ぎはいつしか取っ組み合いへと発展した。

 五分後、教師が仲裁にやって来た。他の生徒たちが丸く取り囲む中で私達二人は左手のみ軍手をはめてやりあっていた。さながら片手ボクシングといったところだった。

 私達二人は五時間目の頭まで担任に説教を受けた。喧嘩の引き金となったアイテム「左手の軍手」の話を聞くと担任は笑っていた。しかし4年生にもなって掃除中に喧嘩は情けないと叱った。しかも男子の私に対しては、女子に手を上げるとは何事だとおまけの注意を受けた。確かに今考えると野蛮だったかもしれないが、当時の私は男女の区別なく学校生活を行っていたのでそこに意識が行かなかった。

 そんなことがあれば彼女のことを強く記憶に刻み、意識せずにはいられない。その後長らく、私達は教室で顔を合わしても仲良しとは行かなかった。なにせ拳を交えた相手だからだ。リングを降りても敵同士だった。

 不思議なもので、こんないがみ合いからでも深まる縁というものがある。私達は喧嘩した仲だが、5年生、6年生と付き合いを続ける内に男女を越えて友情を育んで行った。私の通った場末の三流学校は生徒数が少なくクラスが一つしかなかった。クラス替えは一切無しで6年間全く同じメンバーで完走した。だから、彼女とは嫌でも毎日顔を合わすことになる。毎日喧嘩する程暇もなければ体力もない。

 5年生の中頃で、私ははっきり彼女が好きだと認識した。

 男として十年も人生を積めば、だんだんと女性の美醜の区別が出来るようになる。私には彼女が大変愛らしく見えた。クラスの他の女子よりも彼女が抜きん出て美しいと想うようになった。彼女は確かに美しい。そして強かった。男の私に引けを取らず強かった。可愛いものは誰だって好きだ。次に心惹かれる要素は強さ。彼女は腕っぷしもそうだが、ハキハキと自分の意見を言い、意志を示しそれを曲げない。心までも強かな女性だった。

 その後、彼女とは中学も高校も同じだった。それ以降の進路は別れたが、それでも私達は付き合いを続けていた。互いに惹かれ合っていたのだ。

 そうして時を重ねた末、今日というめでたい日を迎えた。今彼女は純白の衣をまとって私の隣にいる。


「というのが、私と新婦との馴れ初めです」

 私は挨拶を終えた。

 彼女は、いや妻は私の横で涙を流していた。

 妻が立ち上がって話し始めた。

「私は、この話の二年前、小学校3年生の時からこの人のことを意識していました」

 なんだと!初耳だ。

「図書館で借りた本が同じで、図書カードに夫の名前が先に書かれていて、それきっかけです」

 確かに私は本をよく読む少年だった。まさかそんな昔に出会いがあったとは。ちなみに女子にそれほど興味を示さなかった私は、毎日顔を合わあせておきながら喧嘩をしたあの日まで彼女の名前を覚えていなかった。

 出会いは諍いから始まり、それが今では人生のパートナーだ。小さな恋は大きな愛にまで育った。

 今となってはあの日、軍手を左右揃えて渡さなかった母に感謝している。

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