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愉快な遺書

 拝啓皆さん。僕です。

 僕は現在、まだまだ死の足音を聴くには遠い元気な若者です。でも、死というのは助走無しに人の運命に飛び込むものと聞きます。少しずつ近づく合図となる足音を聞かせてくれないかもしれません。だから僕は、いつ来るとも分からぬ死に備えて、まだ元気な内にあなた達へメッセージを残します。

 まず、僕という人間は人生を謳歌しています。日々は楽しく充実し、朝陽が登るのを見るだけでも心が弾みます。もちろんもっと生きたいと思いますが、今死んでも悪くない人生だったと振り返ることが出来ます。そんな僕の人生を産んでくれた両親には感謝しています。僕が死んだとしたら、その時にはお父さんはまず生きちゃいないはずだからお父さんへの言葉は省きます。お母さんは丈夫で生命力が強そうだから、もしかすると僕が死んでもまだ生き残っているかもしれません。そんなお母さん、毎日おいしいご飯を作ってくれてありがとう。いつだってお母さんは僕を愛し、大事に育ててくれた。いくら鈍感な僕でも溢れる母性愛を感じない訳にはいかなかった。

 僕がただ一度だけ中学校に遅刻した日がありました。自転車で転んで踏切に閉じ込められたおばあさんを助けていたために遅刻したのに、その理由を話しても先生もクラスの皆も信じてくれなかった。けどお母さんだけは信じてくれた。

 僕がソフトボール、サッカー、あとはただの喧嘩で計3回学校の窓ガラスを割ってもお母さんは僕のために学校に出向いて頭を下げてくれた。申し訳ないと想いながらも僕は嬉しかった。ガラスは割れども良い子だからとお母さんが教員に話してくれたからだ。学校教員からすれば校舎の窓を割る者など一様にして悪ガキなのだろうけど、お母さんがそうして味方してくれるのは嬉しかった。

 そんな訳で、僕は「母の日」なんて改まった感謝デーなんかをきっかけにすることなく、いつだってお母さんには感謝しています。あんな日などなくとも僕には毎日が母の日だったわけです。もしも生き残ってこれを読んでいたら、お母さんが好きな本を買えるように図書券500円を同封しておきます。これで遠慮なく活字と戯れてください。

 人生の恩人への感謝はここらで済ませます。


 次に、僕がこの世を去るとしたら、その時に残る不安は可愛い妹のことです。妹よ、お前はいつだって兄を心配させたんだぞ。特に一番の心配は、どこぞの馬の骨と想いきや出処のしっかり割れた由緒正しきあの家の坊っちゃんとできちゃった結婚したこと。僕は最近の人間だけど、そこのところは昔気質だから婚姻と子作りの順が逆になったのにはちょっとおこだったんだぞ。まぁそんなお前も可愛い娘を産んだね。なぜか僕に懐かないあの天使のように可愛らしい娘をね。僕がお前達に残してあげられる財産に大げさなものはない。何せお兄ちゃんは仕事が嫌いでサボりがちだったからね。同級生よりも実入りが少ないはずだ。課長にもお前は私達を、そんで社会をもバカにしていると良く言われたっけ(笑)。まぁ現に課長はオツムが足りない冴えない会社員だったんだけどね。皆には体毛が少なくて言葉を喋るだけの猿だっていうとびっきりの揶揄を貰っていた。これを誰かに読まれた時にはそんな課長も僕もきっと墓の下だろうな。

 で、妹よ。お前に残してあげられる物といえば僕が長年集めたコレクションだけだ。内容はお前も知っての通り、数多のフィギュア、ビデオテープ、DVD、BD、CD、LD、レコード、カセットテープ、本。古今東西のゲーム機とそのソフト。いい加減床が抜けそうだから運び出せと、僕が元気な今の段階で両親から小言を貰っているんだ。丁度良いから僕が死んだら売ってお前の金にすれば良い。僕のコレクションを見てもゴミと思う者もいるだろう。現に兄貴は僕のコレクションをゴミと呼んでいたし。しかし、見る人によってはあれは宝の山。中には今の段階で入手困難なレアものもある。僕が死んだ時にはもっと価値が上がっているかもしれない。そこら辺はお前がしっかりリサーチして上手に売るんだな。あと、お前の娘には死んだ後くらい伯父さんに愛想よくしろと言い聞かせて、たまには墓参りに来させること。

 さっき兄貴の話をしたが、僕が死んで彼が生きているとはとても思えない。何せ不健康な奴だからな。だから彼へのメッセージはここには記載しない。お互い生きている内に何でも話しておくさ。

 僕は友人や恋人というものを持たず、また欲しいとも思わないので、遺言を残すなら家族の中だけで話が済むだろう。これくらいで終わりにしても良いかな。


 あ、遅れて思い出した。こいつをおしゃれに筆ペンなんかで書いたばかりに、後で思い出しても文章を前の行に挿入出来ないから困ったものだ。

 で、何を思い出したかっていうと、実は僕、誰にも内緒でネット銀行に口座を持っているんだ。今僕が死んだら誰もそれを知らぬまま放置されてしまう。大事な金が国庫のものになるのは気に食わない。妹よ、ここに入ってる金もその時にはお前が好きにすればいい。死んだ人の代わりに金を引き出す方法があるのか知らないけど、まぁ妹だって言い張ればくれるんじゃないかな。口座の情報とかも遺書に同封しておきます。お金は結構入ってると想うよ。

 最後に葬式のことなんだけど。やって欲しくないけど、どうせやるんだろうね。その時には棺桶に花を詰めるあれは止めてくれないかな。人の葬式を見ても思うんだけど、ああも狭い棺桶に花って植物臭いだろう。どうせなら食べれるものがいいな。気軽に詰めれておいしいものだから竹輪とかカマボコでも入れてくれたら良いよ。紅白のカマボコなんて入れとけば色合いもいいだろう。それだけお願いな。あとは三回忌とかしなくていいから。法事をする度に家族で集まって良いものを食うだろう。僕が死んでいるのに僕きっかけで集まって、僕以外が美味しいものを食って騒ぐことを考えると癪じゃないか。分かるだろうこの気持ち。ここら辺のことは恐らく妹の仕事だからお前に頼んでいるんだよ。


 では、僕はあの世でも元気にやりますので。生きている皆様さようなら。


- - - - - - - - - - - - -


こんな紙を偶然にも蔵の中で見つけた。これは私の伯父が書いたものだ。私が誰かって言うと、この遺書にも登場した伯父に懐かない姪っ子です。もうすっかり成長しました。この遺書は随分前に書かれたものらしい。

 愉快な変人だとは思っていたけど、これまた愉快な変人たる物を残したものだ。


「お~い女の子~美味しいシュークリームがあるぞ~どこにいるの~?」


 これは伯父の声。なんと彼、まだ生きている。しかもすごく元気。

 何か知らないけど姪を呼ぶのによく「女の子」と言うのが彼の変な癖。

 あの変な伯父さんが持ってくるシュークリームは格別に美味しいので頂くことにしよう。


 この遺書は開封するには早すぎたようなので、元あった場所に戻しておこう。

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