下着泥棒と呼ばれて
これは私が小学5年生か6年生の頃に実際に起きた事件の話だ。なかなかある事件ではないので、これを読んで「あ!コレうちの学校じゃね?」と想った方がいたら恐らくその人は私のかつての同級生であろう。
それは、とある夏の日のクソ暑い午後に起きた。私の学校の教室には冷房など付いていなかった。田舎の学校だったし、対して勉強もしていないのだから与える必要もなかろうと自分でも想う。私は昼休みになっても校庭に遊びに行かず、教室で本を読んでいた。なるたけ涼を取るをことが可能なジャンルの本を読んでいた。
給食前の4時間目の授業は体育だった。夏なのでプールで水泳の授業を行った。私は陸でも水中でもフットワークが効いたので体育の授業で困ることは特になかった。そんな私の元に困った顔をした女子と怒った顔をした男子がやって来た。名前は覚えていないので以後A子とA男と表記しよう。
「おい」と言ってA男は私に声をかけた。聴力優れる私がその声を聞き取れないはずがないのだが、面倒なので無視した。その後、彼がまた大きな声で「おい」と言うので、私は本から目線を離さず用があるなら言えと返した。
「お前が盗んだのか?」と彼は言う。何を?肝心なそれが抜けていた。
「お前が下着泥棒か」と彼は言った。私はそういった肩書と使命を持たないので「違う」とだけ返してまた読書に集中し始めた。すると彼は私の本を掴んで閉じると私の机に置いた。
A男が言うことはこうだ。4時間目が終わってA子が水着から着替えると、なんと彼女のパンティがない。もちろん彼女は裸族ではなく、家から学校までちゃんとパンティを穿いて来ていた。それがない。つまりは盗まれた。彼女とA男は仲良しだったので、A男はそれに激怒した。犯人を探すことにしたのだった。
そこで犯人として疑われた第一号が私。答えを明かしておくともちろん私ではない。
A男はそれについて「動かぬ証拠がある」と言ってみせた。
しかし、A男が私を疑った理由は、推理が全く伴わない勘だった。察するに、彼から見て私は多くの生徒とは違う、つまり常人でない何かだったのだ。そういう奴なら、こういう陰湿なことをするかもしれない。しても不思議はないと想ったらしい。それから、男子の中では私が一番最初にプールから教室に帰ったからというのもあった。なにせ腹が減って速く給食を食べたかったからだ。
そんな訳で、押さえも接着も全く効いていない彼の言う「動かぬ証拠」は簡単に動くものだった。
私は関わり合いになると面倒と想ったけど、考えてみるとこんな特殊な事態は初めて。野次馬的な血が騒いだのか、ちょっと興味が出てきた。だから付き合うことにした。
私はまず身の潔白を証明してやろうと想った。そこで私は、私がA子のパンティを盗む理由がないことを伝えた。
「なんで僕にA子のパンティを盗む理由があるの?」
当時の私は一人称に「僕」、二人称には主に「お前」を用いていた。
「それは……」A男はそれだけ言うと何か気まずい様子になって黙った。A子はこの時顔が赤くなっていた。
「それをして僕に何の得がある?」
もちろんないのだから二人は答えられない。
「そんな嫌がらせを受けるくらい、A子は僕と仲が悪いの?」
私はA子のことをそれこそ同級生女子Aというくらいにしか認識していない。しかし、もしかすると向こうは私にものすごく恨まれているとか嫌われていると想っているかもしれない。彼女は分からないという顔をしていたのでその線はないようだ。
「僕は男だから女のパンティなんていらない。それとも、お前のパンティにはそんなに高いな価値があるのか?」
少し意地の悪い質問だが、身の潔白を証明するには仕方ない。
「あのなぁ、男だから……お前、そういう本読んでるし……」と言ってA男は机の上の私の本を指した。私が涼を取るために手にとった本、それはグラビアアイドル「フカキョン」の水着ショット満載のものだった。
「こうして水着の女子を見ているから下着泥棒かもと……」とA男が言った。
これにはさすがの私も怒だった。私の美的感覚とA子とでは、あまりにも美のレベルがかけ離れている。というか、小学校低学年の彼女とフカキョンではものが違う前に年齢が離れすぎている。私はロリコンではない。
「A子のパンティにフカキョンの水着姿程の価値があると?」
絶対にない。二人もそれを分かっていた。だから私の問いには答えない。
「いいか。僕が好みの対象とするのはこういう女性だ!」と言って私はフカキョンの美とセクシーさを兼ねた最高の一枚の写ったページを広げて二人に見せた。
「それがどうしてこんな幼い少女のパンティを盗んで喜べるというんだ!はっきり言ってやる、お前のパンティにそんな価値はない!」
さすがに意地が悪すぎた。しかしまずは私が犯人だという線を辿る愚行を止めて欲しかった。捜査時間の無駄だからだ。そのためには必要な言葉だった。それを受けてA子は泣き出した。A男は困った顔で突っ立ったままだ。A男のA子を想う気持ちは勇ましいものだったかもしれない。しかし彼には頭がない。それがないと犯人探しなど出来はしない。
「僕が手を貸してやる」
泣かせてしまった罪悪感もあるし、乗りかかった、いや乗せられた船だから手伝うことにした。それに私はシャーロキアンだから、こういう事件に遭遇して少しだけわくわくしていた。
五時間目は学活だった。のんびり屋の担任はだいたい5分、10分くらいは教室に来るのが遅れる。この環境を利用し、昼休み後半に皆が教室に帰ってくると直ちに皆の持ち物検査をすることにした。
私とA男の二人で全員を並べさせて全員のカバンをチェックした。しかしパンティは出てこなかった。
「どうする?皆違うみたい」A男は不安そうな顔で言った。
私の学校の生徒は少なく、全ての学年は1クラスしかない。犯人を絞るには母数が少ないので楽だ。
プールの授業の着替えは男子は教室で行い、女子は少し離れたところにある机しか置いていない空き教室で行う。女子の着替えが終わると最後に着替えをした者が鍵をかけることになっている。これだと盗む隙があるのは女子だけだと思える。男子は除外して良いと考えた。怪しいのは最後に部屋を出た女子、そして授業が終わって最初に帰ってきた女子。皆が揃って出て、帰る訳ではない。さっさと着替える奴もいれば、のんびりする奴もいる。人目のない状況を作ることは難しくはないはずだ。
「分かった。次は女子のボディチェックだ」
私の推理によると、犯人はパンティをカバンになどしまわず己の身に着けている。つまり、穿いている。もうこれしかないと想った。
私にそんな趣味はないが、身の潔白のためなら自らボディチェックを行っても構わないと想っていた。しかしさすがにそれは皆に止められただろう。
A子とA子が最も信頼する委員長ぽい女子の二人が女子のボディチェックをすることにした。その間、男子は皆廊下に出ていた。
5分くらい経ってからそれは終わった。
私がどうだったとA子に尋ねると、彼女は何かそわそわしてとても言いづらそうに答えた。
「もう、いいの。このことは……その、終わりにしよう。5時間目始まったし……」
ビンゴだった。犯人は絶対に女子の中にいた。しかし女子というのは男子以上に輪の乱れに敏感だ。そういう社会性が働いてか、被害者のA子自らがこの件に触れるのはもう止そうと判断した。犯人がいて、それを吊し上げても今後のクラス生活が荒れるだけだろう。こういう事件が起こったのは悲しいことだったが、犯人を公表したらもっとクラスの平和が崩れるとも考えられる。その一人を責めることで、他の者が凶暴性を現すかもしれないからだ。攻撃対象があれば、人は理性を欠くことがある。
女子の仲間意識でもって今回のことは不問に付すこととなった。我々男子には詳しいことは告げられなかった。
私は星を挙げたお手柄者だったはずなのだが、その功績は高々と公表されず、むしろ身の潔白のための供述でA子を辱めたというそしりを受けた。これは主に彼女のお仲間の女子からだ。そして、私が供述の時に用いたアイテム「フカキョンの写真集」は、同級生の告げ口によって教師に没収された。教師が言うには学校へのいかがわしい本の持ち込みは禁ずる、本が読みたいのならば図書館内のもので済ませること、ということであった。
そんな訳で私は学校で起きた事件を一つ解決したのだが、挙げた功績に対して報酬が不当だったというか、むしろものを失っただけでそもそも得たものが何もなかった。
社会に出れば、行った仕事に対して報酬が不当だったなんてことも経験するだろう。私は義務教育を受けている内にもそこのところの辛い事情を知っていた。