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星が降る、雨が降る、猫が降る  作者: 文月ゆり
それは突然に
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 急にスマホが鳴り出した。着信音だ。――誰だろう。瞬はスマホをポケットから取り出す。画面には長谷 灯琉(はせ ともる)と出ていた。――長谷だ……。長谷は出版社の頃の同僚だった。向こうも新卒で同じ営業部に就職し、同い年だった。そういうのもあり、すぐ意気投合したのだ。昼飯はよく一緒にしていたし、会社帰りも時々飲みに行った。だが、この電話は少し気まずかった。会社を辞めてから連絡は取らなくなっていたし、自ら遠ざけていたのだ。瞬は意を決して、応答をタップした。


「もしもし」


 瞬は身構える。声が小さくこもる。


『おお、出た出た! 久しぶり!』

「ああ、久しぶりだな」


 長谷の変わらない声が電話越しに聞こえる。


『最近何やってんだ? お前が会社辞めてから寂しくってさぁ』

「嘘つけ」


 瞬は膠も無く吐く。


『嘘じゃねーよ! てか、お前が辞めてもう一か月経つんだな。はえーな』


 そう、感慨深げに長谷は言う。


「まぁ、そうだな……」

『ん、大丈夫か?』

「なにが?」

『いや、何でもない……。んー、よし! 久しぶりに飲み行こうぜ!』

「飲みか……」

『よし、今日行くぞ! 今日!』

「はっ!? 今日かよ」

『ああ、今日は大体十八時には終わるから。んじゃ、前よく行ってた、新宿駅南口の近くにある居酒屋でいいか?』

「いや、えっと……」

『都合悪いのか?』


 金がなかった。あるにはあるが、電車代も惜しかった。


「金が……」

『おい、まさかニートか!?』

「な! ニートって、まだ会社辞めて一か月だぞ。厳しいな」

『ははは、わりーわりー。じゃぁ、今、実家なのか?』

「いや、墨田区なんだけど……」

『墨田区か! じゃぁ、俺がそっち行くよ! 最寄りの駅はどこだ?』

「小村井ってとこだ」

『小村井? んーと、ちょっと調べてみるわ! じゃぁ小村井駅に時間は十九時半くらいでいいか』

「わかった。でも、飲み代払えねーよ?」

「分かってる! 今日は俺のおごりだ。じゃぁあとでな」


 そうして、電話は切れてしまった。瞬は少しの間スマホを見つめていた。思わぬやつと会うことになってしまった。会社を辞めるとき、いろいろあった。人と関わることを、なんとなく避けてきた。きっと長谷もそれに気づいていたのだと思う。一か月も音沙汰なく、今になって連絡してきたのはそういうことだと思った。長谷も察して時間を置いてくれていたのだ。あれから一か月。向こうからしたら、もういい時期かと思い、連絡をしてきたのかもしれないが、瞬にとってはまだ早かった。


 瞬は小村井駅に向かっていた。十九時過ぎ、すっかり夜になり、外は冷え込んでいた。瞬は、紺のダブルコートをはおっていたが、それだけじゃ夜は寒いと思い、一度自宅に戻った後、さっき買った古本はビニール袋のままベッドに放り投げ、防寒対策に、ニット帽にマフラーと手袋をプラスした。ついでに髪型も自分なりにセットしてみた。思ったより悪くなかった。この時間のこの冷え込み。一度、戻って正解だと思った。駅には少し早く着いた。小村井駅は小さなこじんまりとした駅だった。だが、そこが良かった。ゴミゴミと人が混雑する、でかい駅よりよっぽどいい。人混みは苦手だ。それと、ここに住む理由の一つ。《文花(ぶんか)》。ここの地名が気に入ってしまったのだ。名前の由来は、簡略に説明すると、文教施設が多いことから、文をもらい。隣の地域の立花(たちばな)から、花をもらい、文花になったようだ。単純な理由かもしれないが、小説家を目指す自分にぴったりだと思った。


 長谷を待ちながら星を見る。今日も、降りそうなくらいたくさんの星が見えた。すぐ側に踏切があった。カンカンと警報音が鳴り出し、黒と黄色のシマシマの遮断棒が降りてきた。踏切警報機が赤くチカチカと瞬の顔を染め、程なくしてそこを勢いよく電車が通り過ぎていった。大きな音が耳に不快感を与え、風が瞬の身体を強烈に冷やしていった。「さみいー!」思わず声を上げる。スマホの時間を見ると、十九時二十五分だった。――次の電車に乗ってるかな。瞬は、とにかくこの寒さから逃れたかった。

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